バサバサコート
そのあとも、だいきはなかなか僕から離れようとしなかったし、はやとは再びトイレに姿を消してなかなか戻ってこなかった。結局二人がしゃんとしたのは、僕らが出席する前の講義の終鈴がなってからだった。大学にもなってチャイムがあるなんて、と思ったこともあったが、今回ばかりは助けられた。
この時間のラウンジは確かに人が少ないが、貸し切り状態というわけではなかった。
なかなか正気に戻らない二人の背中を押しながら、男子のからかうような笑い声と、女子の呆れた話し声から逃げるように教室に向かったのだった。
講義が終わり、そのまま三人で帰宅する。
はやとは用があると言って、駅に着く前に分かれた。
「おいだいき、あんまりしゅんを困らせるなよ。しゅんも嫌なことは嫌というんだぞ」
冬の夜風に当たって頭が冷えたみたいだ。ようやく通常営業に戻ったはやとは、そんなことを言ってから人ごみの中へと消えて行った。
なぜこんなことを言われたのか。
それは教室を出てからずっと、だいきの腕が僕の肩にのっているからだ。
そういえば年が明けてからずっと肩を組んで歩くことはなかったな。
僕が避けていたから遠慮していたみたいだ。
すっかり気をよくしただいきは僕から離れようとしない。
こんなに重いものがのっかるのは久しぶりで、僕の肩はすっかりガチガチで、内臓がつぶされないよう姿勢を保つだけで精一杯だが、あったかいのはありがたい。
背中を伸ばそうと、胸を張り右手を伸ばしてだいきの背中に回す。
右手でだいきの体を前に押し、反動を利用してぐっと伸びをした。
コートの奥にがっしりとした筋肉の存在を感じた。そして思いのほかくびれていた。
だいきは背が高い。そして足も長い。背中のつもりが腰だった。
そして僕の右手の少し下の方で何かが動いている。
これはまさか、と思い顔を見上げると、にやにやしているだいきと目が合った。
思い切ってきいてみる。
「しっぽ振るの、ハマったの?」
「ああ、これ癖になるな」
「コート重くない?しっぽ痛くないの?」
「むしろ筋トレみたいで燃える」
「そっか」
冬物のコートは重たい。その中でしっぽを持ちあげるのは重労働だ。下の方で振るならともかく、だいきのしっぽはバサバサとコートをはためかせていた。
この時期、電車の中は暖房がよくきいている。上着を着たまま乗っているのが辛いほどだ。
だいきはまだ離れようとしなかったので、なんとか空いている席を見つけ、並んで座ることで引きはがすことに成功した。いや、くっついてるけどね?重いのがなくなって、ほっと一息をついた。
気分がよくてもだいきの口数は大して変わらない。
三人の中で一番おしゃべりなのは、はやとだ。
何を話すわけでもなく電車に揺られ、僕の下りる駅についた。
「じゃあ、また明日」
電車が止まるのと同時に立ち上がり、だいきに声をかけて扉へと向かう。
だいきは返事をする代わりにぬっと立ち上がり、僕の後をついてきた。デジャヴだ。
「えっ、なんで?」
ホームに降りてしまってから僕はきいた。我ながら少々どんくさい。
「そんな冷たいこというなよ。俺が出すから、デリバリーでも頼んで一杯やろうぜ」
「うわっ」
だいきが僕の背中をバンと叩くもんだから、思わずつんのめる。
そのまま人ごみに流されそうになった僕の肩をかかえてくれたのはだいきだった。
ああ、僕の肩の休憩時間はとても短かったな。
帰宅ラッシュの人ごみに流され、だいきにろくに言い返せないまま、気づいたら駅を出ていた。
「ちょっと。言っとくけど、正月のあれ、まだ許してないからね。ちゃんと説明しろ。調子にのるな」
いつかのようにだいきに背中を押されて自宅に向かう途中、僕は勇気振り絞って言ってやった。
「ああ、しゅんの部屋でな」
そんなつもりじゃなかったのに、なぜか僕が自分から部屋に招いたみたいになってしまった。
腹いせに好きなものを好きだけ買ってもらおうと、僕はだいきをスーパーに誘導するのだった。