ぶんぶんしっぽ
「はやとのやつ、どうしたんだ?」
はやとと入れ違いになるようにして、だいきが現れた。
コンビニの袋をテーブルに置き、リュックを下して座り込んだ。袋から僕らが頼んでいたものを取り出しながら、表情で僕に返事を促してくる。僕はチキンを受け取りながら答えた。
「ありがとう。なんか柴犬くんとなかなか仲良くなれなくて、落ち込んでて、頭冷やしてくるって」
だいきのことが可愛いって言ってたよ、なんて言えない。ごまかそうとして、自分でもちょっと訳の分からないことを言ってしまったかなと思った。
しかしだいきは特別興味もないようで、ふうんと言うと、自分用のチキンにかぶりついた。
冷めないうちにと、僕も同じようにかぶりつく。
ザクザクとした食感がたまらない。食べはじめたら、なくなるのはあっという間だ。油で手を汚さないようにビニール袋に片付けて、お茶に口をつけた。
さっきのはやとの言葉が頭に残っていた。久しぶりにだいきをまともに見てみる。
だいきはソファーに半分ほど腰かけ、かがむようにして、二つ目のチキンを頬張っている。
視線を下にずらすと、確かにしっぽが揺れていた。
がっしりとした上半身に比べると本当に小さなボサボサしっぽ。それが大きな背中とソファーの背もたれの間の狭い空間でふさふさと左右に揺れていた。
しっぽが揺れているなら、はやとの言うように目も輝いているのだろうか。確認しようとして視線を上げると、チキンを食べ終えただいきと目が合ってしまった。うん、確かにいつもより眠そうではない。
「なんだ?」
だいきが顔だけこちらを向けて話しかけてきた。
「えっと、めっちゃしっぽ振ってるから、そんなに美味しかったのかなって」
「あ。いや」
気まずい。こんな短時間の間に、だいきに二回も声をかけられるのなんて久しぶりだった。
それに、いやってなんだ。チキンは関係ないのか。
「なんか他にいいことでもあったの?」
じゃあ別の事かと尋ねてみるが、だいきはなんだか照れたように頭をかいた。
「いや、あの、しゅんに俺らのやり方押し付けちゃったからな。ごめん。今度は俺がそっちに合わせようと思って……」
開いた口がふさがらなかった。だいきの声はとても小さくて、耳をぴくぴく動かしてやっと聞き取れるくらいだった。
まさか僕に合わせてくれていたなんて。
「大学来てみたら、まだ怒っているみたいだったから。はやとのやつがちょうど犬の話してたし」
「ハイエナはしっぽ振らないの?」
「うん?ああ。興奮したときに上がるくらいだな」
「そうなんだ……」
今日はびっくりすることばっかりだ。顔を見るのもなんだか恥ずかしくて、うつむく。
フサフサッ
またボサボサのしっぽが動き出した。
思わず笑みがこぼれる。
するとしっぽの動きが激しくなった。
だいきの顔を見ると、なんとうっすら赤くなってるではないか。
ぷっ、あはははっ
今日は二人の新たな一面に出会う日だな。僕は久しぶりに声を上げて笑った。
不愛想なだいきが顔を赤くしているなんて。面白すぎる。
調子に乗って笑っていると、しっぽを高速回転させているだいきが、あの甘えた顔で抱き着いてきた。一緒になってソファーに倒れてしまう。
「ちょっと、だから重いんだって」
こうなるとただ笑っているだけではいられない。だけど顔を真顔に戻そうとしても上手くいかない。
ぎゅうぎゅう締め付けてくるだいきの腕から逃れようともがいていると、はやとが戻って来た。
「はやとっ、助けて」
いつもなら僕にからんでいるだいきを見かけると、すぐに間に入って助けてくれる。今回もそれを期待したが、今日のはやとはいつもとは違った。
ソファーの背もたれごしにはやとが見えたと思ったら、すぐに消えてしまった。
なんとかだいきを押しのけて、やっとのことで体を起こすと、はやとは床に四つん這いになっていた。また何かつぶやいている。
「犬が一匹、犬が二匹……」
耳をすますと、呪いのような言葉が聞こえてきて、さっと全身が冷えた。
だいきのしっぽはまだまだ止まる様子はない。はやとには犬がじゃれているようにでも見えたのだろう。
収集がつけられそうにない。
僕は体の力を抜き、ソファーに身を沈めるのだった。




