ゆらゆらはやと
それからまた数日が経って——
「はあ、俺もうだめかもしれない」
はやとが珍しくネガティブな発言をした。
いつもキビキビしていて、明るく、合理的。僕がへこんでいると、落ち込んでいる暇があったら行動しろと言われる。こんなこともあるんだなと面白くてまじまじと見てしまった。
今は午後三時過ぎ。三人そろってぽっかりとコマが空いている。履修登録のときはどうにか埋められないか試行錯誤したし、こんな時間に空きコマかよとも思った。だが今は、まったりできるこの時間を割と気に入っている。ひとつ前のコマは三人ともバラバラなので、この時間にラウンジに集まって過ごすのが習慣になっていた。
大きな窓から日の光が差し込み、テーブルや椅子もゆったりと間隔広めに配置されている。この時間は人も少ないので、数少ないソファー席にも座れる。ゆるいコの字型のソファー席が僕らの特等席だった。レポート書いたり、お菓子食べたり、昼寝したり、ぼーとするのにぴったりの場所なのだ。
近くにコンビニもある。今日はキチンでも食べようかなとつぶやいたところ、だいきが買ってきてやるというので、はやとと先にソファー席に座り込んだところだった。ここでも僕らの配置はいつも通りだ。左にはやと、僕は真ん中。
ソファーにもたれかかって、天を仰いだはやとに声をかける。
「柴犬くんと上手くいってないの?」
「うーん。まあ、あのピンとたったお耳と、くるくるしっぽに触らせてもらうには、まだまだかかりそうだけども!」
ちょっと言葉遣いが気持ち悪い。両手を手術を始める医者のように持ち上げ、指をピロピロと動かしていて、さらに気持ち悪い。柴犬くんの前では、まだ好青年を保てているのだろうか。
「俺、欲求不満なのかな」
はやとが両手を下して、真顔でこちらを向き、そんなことを言った。
ドン引きである。
ゆら~っとはやとの手が僕の耳に向かってきたので、慌てて体を後ろに引いた。ソファーの座面が広くて助かった。
はやとは僕の耳が触れない距離にあると気づくと、伸ばした腕少し曲げて肘をついた。目頭に指を当てぐりぐりしながら、うんうんとうなりだした。
「ぬいぐるみでも撫でたら?」
被害者を出してはいけないと思い提案してみる。
「いや、目がおかしいんだ。最近……がかわいい」
ひたすら目周りを触りながら、ぶつぶつと言っている。
「なんだって?」
大して聞きたくないが、放っておくのも怖いので聞き返してみた。
「だいきだよ。あいつ、最近なんか変じゃないか?」
やっとこちらを向いた。目が恐い。だいきが可愛いだって?はやとの変態度が知らない間に上がっている。ハイエナまでストライクゾーンを広げたのだろうか。
「なんかさあ……。前よりしっぽ振るようになっただろ。今まで動いているところほとんど見たなかったのにさ。ちょっと短いから余計にいじらしいというか……はあ」
ちょっと衝撃が強すぎて、言葉が耳を素通りしていく。
「今日もさ、コンビニ行くって自分から言い出したじゃん。今までこんなことなかっただろ。俺らに頼んで先に寝てるのがだいきだっただろ。目もさあ、あんなキラキラしてたか?けだるい雰囲気はどこいったんだよお。」
最近だいきを視界に入れないようにしていたので、全然気づかなかった。はやとはどうやら爆発寸前だ。だいきがはやとの餌食になるのは想像がつかないが、はやとも結構背が高い。とりあえずだいきが可愛そうになったので、合掌をする。
「あ、おい。しゅん、俺をけだものみたいな目で見るなよ。違うんだ。俺は犬が好きなんだ。あいつが犬みたいなことしてるから混乱しているだけで、俺はおかしくないんだっ」
そんなことを言われても、犬獣人の僕からしたら、怖さが増すだけだ。自分の耳がへたるのがわかった。しっぽにも力が入らない。
はやとはショックを受けた顔をして、ちょっと顔を洗ってくると言って立ち上がった。
だいきはハイエナ、俺は犬好きとぶつぶつつぶやきながら。




