またまた相談事
ふう。
お昼休みに入るやいなや、机に突っ伏した。
何とか課題を全て提出することができた。この1週間を無事に乗り越えられたのは、はやとのおかげだ。
初日にすっかり忘れていたレポートの他にも危ういものはいくつもあった。
一緒に受けていない講義も多いのに、面倒をみてくれたはやとには頭が上がらない。
「しゅんにしては珍しかったな。だいきの家に行った影響か?」
前の席に座っていたはやとが振り返って僕に声をかけてきたようだ。
まだ起き上がる元気はない。
でも、だいきに似てきたと言われるのは嫌だ。伏せたまま首を振った。
普段、課題を忘れるのはだいきだけで、僕はそうじゃない。こんなことは今回だけだ。性格が似てきたのではなくて、一緒にちょっと疲れただけ。
何か、ぬっと近づいてくる気配がして、ポスッと頭に手を乗せられた。隙ありっとばかりに撫でられる。すぐに手は耳に移り、モフモフとやられる。気持ち良くてうっかりしっぽまで動いてしまった。下を向いていた耳の内側にまで指が入ってきたので、くすぐったくなって耳をピクピクして指をはたこうとしてみたが、上手くいかずに勢いよく起き上がった。
「もうちょっと寝ててよかったのに」
はやとが残念そうな顔で言った。
「もうおしまいっ」
耳なんてそう誰にでも触らせていい場所ではないのだ。
「ちぇっ。あんだけ世話してやったのにな。もうちょっとくらいいいだろ」
「課題は本当にお世話になりました。でもだめ。コンビニで何かおごるからさ」
「うーん。いいや。それよりちょっと相談乗ってよ。昼飯食いながらさ」
「相談?」
僕は嫌だなと思った。また相談か。
「話聞いてくれるだけでいいからさ」
聞いたことのあるようなセリフにますます嫌悪感が増すが、はやとはだいきとは違う。
同じような結果になると勝手に予想して嫌な気分になっているのは、僕のきっと考えすぎだ。
それに助けてもらったから、何か返したい。
「わかったよ」
僕は気持ちと顔を明るく切り替えて、はやとと食堂に向かった。
「それで相談って?」
食堂で食券を買い、はやとはカレー、僕はラーメンを受け取り、向き合って4人席についた。
軽く手を合わせ、割りばしを割りながらはやとに尋ねる。
話を聞くならしばらく自分が話す必要はないだろうと、返事をまたずにラーメンをすすった。
「うん、ちょっと気になる子がいてさ。家の近所の定食屋でバイトしてる同い年くらいの子なんだけどさ。柴犬ぽくてさ。同じ犬の獣人として、仲良くなるアドバイスを、と思って」
はやとがカレーに手を付けずにスプーンを振り回しながら、話始める。すると僕らが座っているテーブルに影が差した。ラーメンをすすりながら、頭を傾けてそちらを見ると、だいきだった。何も言わずに僕の隣に座った。なぜ僕の隣なんだ、と一瞬思うが、顔を見るよりましかもしれない。
だいきはリュックからパンを出して食べ始め、はやとは構わず話を続けた。
「柴犬ってツンデレだろ。彼もなんかそんまんまな性格っぽくてさ。どうしたらうざがられずに、お近づきになれるかなって」
「うーん。ゆっくり近づいていけばいいんじゃない?僕よりはやとのほうが詳しいでしょ」
どこに行っても気づくと犬とはすぐに仲良くなっている。そんなはやとの様子を何度も見た。だから今回も上手くいくだろうと思う。
「えー、そんなこと言わずにさ。近づくのやめたら、後ずさりしなくなったから、長期戦でいくつもりだけどさ。なんかないの?」
そんなことを言われても困る。
「自信を持って。はやとに仲良くなれない犬はいないよ」
箸を置いて、グーサインまでしてみたが、流されてはくれないようだ。
「じゃあ、好意がある相手にどうするか教えてよ。顔舐めるとか、お腹見せるとかはさすがにしないだろ」
「うーん、つい見ちゃったり?しっぽ振ったり?僕らも人だからね?人族とそんなかわらないでしょ」
「そうか。……後ろ姿を見せてくれるようになったのは?」
「それも好意かも。しっぽは制御するの難しいし、結構心許してくれてるんじゃない?」
「よっしゃ」
安心したようで、はやとはカレーに集中し始めた。僕は麺を食べ終え、残りの具材をかき集める。
「そこまで考えてるんだから、きっと伝わるよ……」
誰かさんとは大違い。
嫌な気持ちがぴょっこり顔を出したので、追い出すためにもやしをかきこんだ。




