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妹に婚約者を取られたので独り身を謳歌していたら、年下の教え子に溺愛されて困っています  作者: 雨野 雫


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31.二人だけの結婚式


 指輪を買った日の夜、ヴィオラは寝支度を済ませた後、一度も使ったことがない夫婦の寝室へと足を運んだ。そこにはすでにオリヴァーがいて、ゆったりとソファでくつろいでいる。


「ヴィオラ」


 彼は嬉しそうに名前を呼ぶと、自分の隣をトントンと叩いた。ここに座れということだろう。


 ヴィオラは大人しく指示された場所に座ったが、隣からの視線がやけに痛い。オリヴァーが何も言わずにニコニコと笑みを浮かべながら、ただじっとこちらを見つめているのだ。


「どうかしたか?」


 たまらずに尋ねると、彼は浮かべている笑みをさらにくしゃりと崩した。


「毎日あなたと一緒に眠れる幸せを噛み締めています」


 ヴィオラは呆気に取られてすぐに言葉を返すことができなかった。しばらく口を開けて呆けた後、困ったように眉を下げる。


「君はほんとに……そういう事を恥ずかしげもなく言うね」

「態度で想いを伝えるには限度がありますから。言葉でもたくさん伝えないと」


 確かに、と思った。

 すれ違いの大抵の原因は会話不足である。言葉数が比較的少ないヴィオラは、この辺りのことをなるべく気をつけたほうがいいのだろう。


「それはそうだね。私も見習うよ」

「ほんとですか。それは嬉しい」


 彼はそう言ってにこりと微笑んだあと、ヴィオラの頬に優しく手を添えた。


「では次は態度で伝えてもいいですか?」


 少しいたずらっぽい笑みを浮かべた彼が何をしようとしているのか、すぐにわかった。

 一瞬たじろいだが、夫婦なのだからと腹を括る。多少の触れ合いくらいで動じていてはこの先もたない。慣れなければ。


「どうぞ」


 許可を出すと、オリヴァーはそっとヴィオラを抱きしめ、首元に顔を(うず)めていつものように深呼吸をした。


「ヴィオラの匂い……」

「いつも嗅いでるが、そんなにいい匂いか?」

「ええ。すごく幸せな気持ちになります」

 

 そう言う彼の声は大層嬉しそうだ。自分では自分の匂いがわからないので、少し恥ずかしい。

 

 そしてオリヴァーは首筋にちゅっと口付けをしてきた。思わず体を縮こませると、彼が優しく頭を撫でてくれる。まるで、大丈夫だよと言われているようだった。


 彼はしばらくヴィオラの首筋を堪能してから、今度は唇をはむはむと(ついば)み始めた。


「キスにはだいぶ慣れましたか?」


 ほとんど唇が触れた状態でそう言われ、なんともくすぐったかった。


「流石にこれだけしてればな」

「フフッ。これからもっとたくさんしましょうね」

 

 彼に頭を支えられ、顔が逸らせなくなる。深いところまで求められて、ひたすらに落ちていく。


 思考はとうに溶けていた。


 ひとしきり触れ合いを楽しんだあと、オリヴァーはしばらくヴィオラを抱きしめて幸せの余韻に浸っていた。そして、耳元でこんな提案をしてくる。


「ヴィオラ。せっかくですし、早速指輪つけてみませんか?」

「ああ、いいね。そうしよう」


 見上げると、オリヴァーはとても嬉しそうに笑っていた。


 ヴィオラとしても、彼と同じ指輪をつけるのは楽しみだった。彼と本当の家族になったという証だから。これまで実の家族とはあまりいい思い出がなかったけれど、彼との毎日が全てを上書きしてくれるような気がしていた。


 すると、指輪が入った小包を持ってきたオリヴァーが、少しおどけた調子で言う。


「付け合いっこします?」

「いいよ。なんだか結婚式みたいだな」

「フフッ。確かに。でも、それもいい」


 ソファに二人並んで包装紙を丁寧に開けながら、ヴィオラはふと彼に尋ねる。


「そういえば、式はしなくてよかったのか?」

「いざやろうとすると、とんでもない規模になりそうなので……お互い派手なことはそこまで好きじゃないでしょう?」

「それもそうだな」


 包装紙を剥き終わり小箱を開けると、白銀に輝く指輪が顔を見せた。シンプルながらも美しい。やはりこのデザインにして正解だったなと心の内で満足する。


 そして、お互いがお互いの指輪を手に取り、立ち上がって向き合った。


「結婚式ってどんな順番だったかな」

「ええと、誓いの言葉を言って、指輪を交換して、誓いのキス……ですかね」


 まるで、子どものままごとのようだ。でもそれがすごく楽しくて、すごく尊い時間のように思えた。


 オリヴァーはにこりと微笑むと、率先して誓いの言葉を言ってくれた。


「ヴィオラ。僕は一生涯、あなたを愛することを誓います」

「私も、君を一生かけて愛することを誓うよ、オリヴァー」


 しばらく見つめあった後、やはりままごとみたいで可笑しくて、どちらともなく吹き出した。


「真剣だったのにひどいですよ、ヴィオラ」

「先に笑ったのは君だろう」

「いえ、ヴィオラでしたよ」

 

 そんなことを言い合ってひとしきり笑ったあと、ようやく指輪交換をする。

 オリヴァーはヴィオラの左手を取って、その薬指にするりと指輪をはめた。ヴィオラも同じように、彼の左薬指に指輪を通す。


 お互い、自分と相手の薬指を見ながら顔を綻ばせた。


「とても素敵だ。ありがとう、指輪の提案をしてくれて」

「こちらこそ。つけてくれて嬉しいです」


 そして再び向き合うと、オリヴァーが真剣な表情を作った。


「ではヴィオラ。誓いのキスを」

「今度は笑うなよ」

「ヴィオラこそ」


 オリヴァーがヴィオラの両肩を優しく掴む。ヴィオラは自然と目を閉じた。

 誰も見ていない、二人だけの結婚式。それはあまりに可愛らしく、そしてかけがえのないものだった。


 この時、二人は結婚してからようやく初めて、誓いのキスを交わした。







 こうして二人の勝負はヴィオラの敗北で幕を閉じた。


 しかしそれは何とも幸せな幕引きで、この先二人は皆からの祝福に包まれながら生きていく。


 二人並んで、ずっと。




最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

皆様と別作品で再びお会いできることを願っております。


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