表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹に婚約者を取られたので独り身を謳歌していたら、年下の教え子に溺愛されて困っています  作者: 雨野 雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/38

22.誕生日の贈り物(2)


「絶景ですね。やはりあなたは美しい」

 

 頬から耳へ、耳から首元へ。彼の手がスルリと撫でていく。ゾクリとした感覚がヴィオラの中に湧き上がり、思わず体を固くした。いつもはこんなに触れてくることはないのに、今日は本当に色々と珍しい。


 ヴィオラが身を縮こまらせていると、オリヴァーが驚いた様子で尋ねてきた。


「……ヴィオラ、もしかして緊張してますか?」


 彼に好きにさせていた左手で、いつの間にか脈を測られていたらしい。その事に気づいたヴィオラは、途端に不機嫌顔になる。


「……別に」

「フフッ……ハハッ」


 急に小さく笑い出した彼に、ヴィオラはますます眉根を寄せた。


「なに笑ってる」

「男として見てもらえてるんだと思うと、嬉しくて」


 その言葉にドキリとした。死角から刺された気分だ。完全に無自覚だった部分を指摘されて、ヴィオラは何かを誤魔化すように慌てて口を開く。


「日付が変わったぞ。どきなさい」


 彼が大人しく指示に従い起き上がったので、ヴィオラは早々に部屋を立ち去ろうとする。


「もう戻るよ」


 そう言ってヴィオラがソファから立ち上がろうとしたとき、オリヴァーに再び手首を掴まれた。今度は立つことすら許されず、じっと瞳の奥を見つめられる。美しくて力強い金色の瞳が、こちらの心を覗いている。


「もう少し話してたい」

「私はもう話すことはない」

「じゃあ、あなたに触れていたい」


 彼はそう言うと、掴んでいたヴィオラの手を優しく自分の口元まで持ち上げる。そして、そのままヴィオラの細い指先に口付けを落とした。


「……許してない!」


 突然のことに驚き、思わず声を上げた。心臓がさらに脈を打ち、ドクドクとうるさく鳴り響いている。ヴィオラが慌てて手を引こうとした時、オリヴァーがこちらを覗き込んできて、またあの瞳で射抜いてくる。


「嫌だったら突き放して」


 彼の低く優しい声が、胸の奥に響いた。

 言われた通り突き放せばいいのに、ヴィオラにはなぜかそれができず、ただただ彼がキスを落としていく(さま)を眺めていた。


 オリヴァーは指先から手の甲へ、ゆっくりと楽しむように口付けをしていく。対するヴィオラは、石のように固まってしまい身動きひとつ取れなかった。


 すると手への口付けに満足したのか、彼は視線を上げるとヴィオラの頬に手を添えてくる。そして、そのまま親指で唇をふにふにと押された。彼は穏やかに微笑んでいる。


「キスしていいですか?」


 口に、というのは言わずもがな理解できた。ヴィオラは顔を顰めて要求を突き返す。


「する理由がない」

「それならあります。だって僕たち、夫婦だから。したって誰も咎めない」


 そう言うオリヴァーは随分と楽しそうだ。彼の屁理屈に、ヴィオラは思わず溜息をついた。


「理由になってない」

「では、僕のわがままということで。先日、何でもひとつ聞いてくれると約束したでしょう?」


 論文騒動の件の礼として、わがままをひとつ聞くと言ったのはヴィオラだった。自分の軽はずみな言動に激しく後悔したが、一度した約束を取り下げるのは少し違う気がする。


 とは言え、彼の要求を跳ね返すことはできたはずだった。だが、なぜかそうしなかった。


「……勝手にしろッ」


 ヴィオラが苦々しく吐き捨てると、オリヴァーは嬉しそうに目を細めた。


 そして彼は、ヴィオラの腰に腕を回し、その身を自分の元へと引き寄せた。彼の体温を間近に感じ、思わず息を呑む。

 彼の左手が優しく頬を包んだかと思うと、精巧な作りの整った顔が眼前に迫り、ヴィオラは目を閉じてギュッと身を縮めた。そのまま、唇に柔らかな感触が広がる。

 息をするのも忘れ、ヴィオラはただただ彼が離れていくのを待った。まるで永遠にも思えたが、恐らく一瞬の出来事だった。


 オリヴァーは唇を離すと、意外そうな表情を浮かべて言った。


「もしかして初めてですか?」


 あまりにもぎこちなく固まっていたからだろう。その言葉にヴィオラはしかめっ面になる。元婚約者とはそういった触れ合いは一度もなかった。手を繋いだことすらない。そんなことになる前に、相手の心がさっさと離れていったからだ。


 余裕そうな彼に、なんだか腹が立ってくる。


「当たり前だろう」


 不機嫌を全面に出してそう返すと、オリヴァーはにこにこと笑顔になった。そんな彼に、ヴィオラはますます不機嫌顔になる。


「なに笑ってる」

「愛する人の初めてをもらって、嬉しくないことがありますか?」


 彼はそう言いながら、ヴィオラの頬を愛おしそうに撫でた。彼の言葉に、その表情に、ヴィオラの心がうるさく騒ぎ立てる。


「力を抜いて。何も考えず、僕に身を委ねて」


 ヴィオラは言われた通りひとつ息を吐いて力を抜き、どうにでもなれと半ばヤケクソになりながら、彼の好きにさせることにした。彼の胸の中は温かくて心地良く、ヴィオラの苛立ちも溶けていった。


 オリヴァーは何度もキスをしてきた。触れるだけだったり、(ついば)んでみたり、時には激しく(むさぼ)られたり。角度を変えて、何度も、何度も。


(喰われてるみたいだ……)


 呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、うまく息ができない。身を(よじ)って逃げようと試みるも、腰に回された腕によって体は動かせないし、頭の後ろを支える大きな手によって顔を背けることもできない。


 頭の奥が痺れて仕方がなかった。


 しばらくして、彼がキスの嵐をやめてくれた。ヴィオラはこの隙に、荒くなった呼吸を整える。


「どうでしたか? ファーストキスは」

「酸欠になるわ……馬鹿者……!」


 上目遣いで睨みつけると、彼は嬉しそうに笑っていた。そしてまた、キスの雨が降り注ぐ。唇はもちろん、額や頬、首筋にまで。キスをする毎に、オリヴァーは愛の言葉を囁いてくる。


「愛してます、ヴィオラ」

「知ってる」

「僕はあなたを絶対に裏切らない」

「もう聞いた」


 まるで洗脳だ。


 ヴィオラは依然として上手く息をすることができず、頭がぼやぼやとし始めていた。そんなぼんやりとした頭の奥底で、こんな事を考える。


 触れることを許すべきではなかった。一度許せば、付け入られるに決まっていた。

 でも、彼に触れられるのが心地いいと思っている自分がいる。触れられたいと思っている自分がいる。

 彼と離婚するつもりなのに、それはあまりにも矛盾しすぎている。



 毒が、全身を回り始めている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ