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妹に婚約者を取られたので独り身を謳歌していたら、年下の教え子に溺愛されて困っています  作者: 雨野 雫


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19.問題発生


 この日ヴィオラは、事務局員のハリー・レッドメインに呼び出されていた。


 授業と実験の合間を縫って事務局へ赴くと、なぜか局員たちから冷ややかな視線を浴びせられ、ヴィオラは困惑した。何かあったのかと戸惑っていると、少し疲れた顔のハリーが声をかけてくる。


「リーヴス先生。ここでは話しにくいので、こちらへ」


 小声でそう言われ、ヴィオラは奥の小部屋へと通された。そこは壁の棚一面に書類が並べられた狭苦しい部屋で、簡易なデスクと椅子が無造作に置かれている。二人はその椅子に適当に腰掛けると、まずはヴィオラから問いかけた。


「一体何事ですか?」


 眉根を寄せてそう問うと、ハリーは苦々しい表情で驚くべきことを告げてくる。


「先生。非常に申し上げにくいのですが、先生が先日ご提出された論文についてです。論文の査読を行っていただいているマクガヴァン教授から『実験データがまとめられた資料が見当たらない』と連絡がありまして」

「……はい?」


 論文とは書いて終わりではなく、審査のようなものがある。それが査読だ。その分野の専門家数人が論文の内容を確認し、受理するに値するかを判断する。


 先日ヴィオラは最新の研究を論文にまとめ、事務局に提出したところだった。資料は完璧に仕上げたつもりだったが、今の話によれば提出資料に不備があったと突き返されている状態だ。端的に言えば、審査に必要な資料が見当たらないから、実験をやり直して一回からデータを取り直せ、と言われている。


「私、確かに提出しましたよね?」


 事務局の管理体制はどうなってるんだと言わんばかりの表情で、ヴィオラはハリーを問い詰めた。すると彼はこちらの表情を読み取ったのか、非常に申し訳無さそうに言葉を返してくる。


「ええ、私が受け取って確認しましたので。私も確かに封筒に入れて、マクガヴァン教授の元へお送りしたはずなんです」


 彼の答えにヴィオラは一層眉根を寄せる。嫌な予感が胸の中に渦巻いていた。


「……どこかで盗まれた、と?」

「それか、隠されたか」


 ハリーも同じことを考えていたようだ。明らかに第三者の介入がある。それも、とびきりの悪意が込められた。


 ヴィオラは苦々しい表情で溜息をつく。


「一体誰が……」

「心当たりはありませんか? スピード出世した先生は、羨望の対象であると同時に妬まれる対象でもありますから」


 好かれていないという意味では、査読をしてくれているマクガヴァン教授がそうだ。ヴィオラは以前学会で彼を盛大に論破してしまったため、あまり好印象を持たれていないはずだ。しかし、真っ先に疑われそうな人物がわざわざ事を起こすとは思えない。


「マクガヴァン教授本人がそんな事をするとは思えませんし……」

「あの方はそんなセコいことはしないでしょう。気に入らない相手には議論で勝負を挑む方です」


 それにはヴィオラも同意見だった。

 他に誰かいないかと考えを巡らす。一瞬キャロルの顔が頭に浮かんだが、大学に忍び込んで何かを盗むなんてリスクの高い真似をあの女がするとは思えない。


「すみません、パッと思い当たる人物はいませんね」

「わかりました。犯人探しはこちらに任せて、先生は資料作成に移られたほうがよろしいかと。マクガヴァン先生から、いつまでに用意できるかと聞かれています」


(実験を一からやり直してまとめるとなると……睡眠時間を最大限削っても……)


「……二週間以内にご用意します、とお伝えください」


 正直それがギリギリだった。しかし、いい加減な論文を書き上げたというレッテルを貼られるのは研究者として最悪だ。何としても早々に仕上げて提出しなければならない。


 幸い、今回の研究は魔力量の少ないヴィオラ一人でもこなせる実験だったので、オリヴァーに頼ったり、バイトを急いで雇う必要もない。自分が頑張れば済む話だ。


 ヴィオラが鈍い頭痛を感じていると、ハリーがまた重々しく口を開いた。


「それと、もう一つ困ったことが」

「まだあるんですか?」


 嫌な予感がして、ヴィオラは思わず顔を引き攣らせる。ハリーが口にしたのは、もっとタチの悪い悪意だった。


「つい先日、過去にあなたが論文のデータを改ざんしたというタレコミがありまして……念の為、いま事務局で先生の過去論文を精査しているところなんです」

「……はい?」


 流石にこれには怒りで(はらわた)が煮えくり返った。偽のデータで論文をでっち上げた、と言われているのだ。それは、研究者としての矜持を大いに傷つけられる言葉だった。

 

 そしてヴィオラは、先程事務局に入ってきた時に、局員たちから冷ややかな視線を向けられた理由を理解した。自分は今、疑いの目をかけられている。


 その事実に苛立ち、ヴィオラは奥歯をギリリと噛み締めながら苦々しく吐き出した。


「誰ですか、そんなデマを流した輩は」

「匿名でしたのでなんとも……。もちろん、私は信じておりませんが、しかし疑いが晴れるまではしばらく監視の目が付きそうです。私がしばらくの間、先生の実験を観察することになっています」


 火のないところに煙は立たないと言うが、何もしていないのに火種を持ってこられてはたまったものではない。しかし、今の状態でいくら弁明したところで何の解決にもならないだろう。これは大人しく事務局の指示に従うしかなさそうだ。


「わかりました。いくらでも、お好きにどうぞ」


 不機嫌を隠すこともせず事務局を後にしたヴィオラは、研究室に戻ってからオリヴァーに「二週間は帰れない」と連絡した。そして、溜まった事務仕事を全て後回しにし、実験台へと向かうのだった。


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