17.うっかりやの双子
体調不良から復活して数日後、ヴィオラはとある話を耳にした。キャロルとオードニー伯爵家の評判がガタ落ちしたという話だ。
これは絶対にオリヴァーが一枚噛んでいると思い、彼に「何かしたか?」と尋ねたのだが、彼はいつものようににこりと笑って「何のことですか?」と素知らぬ顔をしていた。それ以上問いただしても何も出てこなかったので、結局事の真相を探るのは諦めたのだが、寝込んでいた間に一体何があったのだろうか。
そしてこの日、ヴィオラはオリヴァーと共に街へ出かけることになっていた。快気祝いと学会のお疲れ会を兼ねて、食事に行く予定なのだ。
「ヴィオラ様が元気になって良かったです!」
「今日は楽しんできてくださいね!」
身支度を手伝ってくれているララとリリがにこやかに言葉をかけてきた。
彼女たちはセンスが良く、流行にも敏感だ。この屋敷に来たばかりの時は遠慮して自分で身支度をしていたが、今となってはすっかり彼女たちに任せてしまっている。もちろん大学では白衣姿なので、街に出かける時に限ってのことだ。
「心配かけたね。色々とありがとう」
「いえいえ。一番看病されてたのはオリヴァー殿下ですから!」
「私たちの仕事、無くなるかと思いました!」
そう言うと、ララとリリは「ねーっ」と顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。彼女たちはとても仲が良く、見ているこっちが微笑ましくなる。
すると、妹のリリがクスクスと笑いながら言った。
「でもヴィオラ様にも見ていただきたかったなあ。すごい剣幕の殿下に怒られて怯え切ったあの――」
「リリ! それは言っちゃいけないこと!」
姉のララに怒られたリリは、ハッとしたように両手で口元を抑える。
流石のヴィオラも、今の言葉で自分が寝込んでいる間にやはり何かあったのだと確信した。
「…………」
ヴィオラがじとりとした視線を双子に送ると、ララとリリは慌てたように顔の前で手をブンブンと振った。
「な、なんでも! なんでもありません!!」
「ヴィオラ様がお気になさるようなことは何も!」
賢明に誤魔化そうとする彼女たちに、ヴィオラは質問をする。
「一つ聞くが、私が寝込んでいる間、誰か来たか?」
「「いいえ、誰も」」
二人が息ぴったりに答えるものだから、それがなんだか可笑しくてヴィオラは吹き出してしまった。
「フフッ。そうか。わかった」
笑いながら答えるヴィオラの様子に、二人はあからさまにホッとした様子だった。その隙を突き、ヴィオラはカマをかける。
「でも残念だったな。私も妹の怯えた姿を見たかったものだ」
「「何があったかご存知なのですか?!」」
驚きに声を上げた彼女たちは、「しまった」というように顔を見合わせた。こちらの策略にまんまと嵌まってしまったことに気づいたようだ。
「大丈夫。二人からは何も聞かなかったことにするから」
「「ヴィオラ様……!」」
そう言う二人は、まるで神に祈るように胸の前で手を合わせていた。
しかし、彼女たちの発言から大体のことは推測できた。恐らく寝込んでいる間にオリヴァーがキャロルを叱りつけ脅しでもしたんだろう。そして、彼女のこれまでの所業を社交界に明かし、評判を貶めた。
(別に隠すような内容でもない気がするが)
なぜ彼がひた隠しにしているのかよくわからないが、この後食事に行くときにでも聞いてみればいい。そう思い、ヴィオラは代わりにこんな質問をしてみた。
「オリヴァーは普段よく怒るのか?」
「いえ、頻度はそれほどですよ。でも本気で怒るとすごく怖いです。やられたら何倍にもしてやり返すのが殿下の――」
「ララ! それも言っちゃいけないこと!」
すると今度はララがハッとしたように両手で口元を抑える。もはや顔面蒼白になった彼女たちに、ヴィオラは穏やかに声をかけた。
「大丈夫。彼に裏の面があるのは薄々気づいてるよ」
すると、その言葉を聞いた二人は焦ったように釈明した。
「殿下は、決してヴィオラ様を騙そうとしていらっしゃるわけではないのです」
「ヴィオラ様の前での殿下も殿下なのです」
彼女たちは想像以上に取り乱していた。これも彼が隠したがっていたことの一つなのだろう。しかし、これもそこまでして隠すような内容には思えない。
ヴィオラはひとまず二人を落ち着かせようと優しく声をかけた。
「ああ、わかってるよ。誰にだって裏表くらいある。気にしてない」
「ヴィオラ様……!」
「殿下に聞かせて差し上げたい……!」
二人はなぜか感動したようにその瞳を輝かせていた。そして彼女たちは、揃って慈愛に溢れた表情を浮かべる。
「差し出がましいですが、私たちはヴィオラ様と殿下が上手くいくことを心から祈っております」
「そう願うほどに、私たちはヴィオラ様にずっとお仕えしたいと思っているのです」
思いがけない彼女たちからの言葉に、ヴィオラは面食らってしまった。随分と懐いてくれているとは感じていたが、まさかそこまで思ってくれていたとは。
「……ありがとう」
一年で契約を終わらせ、この屋敷から出て行く気満々のヴィオラは、彼女たちの思いにただ礼の言葉を返すしかできなかった。
一瞬、なんとも言えない雰囲気が漂ったが、ララとリリがその空気を吹き飛ばしてくれる。
「そう言えばヴィオラ様! 一ヶ月後、殿下のお誕生日なのですが……!」
「お仕事のご予定は……?!」
「誕生日? 何日だ?」
ヴィオラは日付を教えてもらい、手帳に記録する。
「わかった。私も祝ってもらったし、流石に何か返さないとな」
そのつぶやきに、双子は満足そうな笑みを浮かべていた。




