幕間2ー3.オリヴァーの報復
翌日、ヴィオラの熱はまだ下がらなかった。
オリヴァーは溜まった仕事を自宅でこなしつつ、できる限り彼女の看病をした。
そして午後、目的の人物が屋敷へと尋ねてくる。
「殿下」
「妹君がいらっしゃいました」
侍女のララとリリに呼ばれ、オリヴァーは彼女たちと共に応接室へと向かった。
いつもにこやかで姦しい彼女たちの顔は珍しく無表情で、どこか冷たさを帯びている。彼女たちもまたキャロルに静かな怒りを抱いており、これからオリヴァーがやろうとしていることをわかっている様子だった。
応接室の扉の前には、エドワードが待っていた。
「殿下、こちらです」
「「いってらっしゃいませ、旦那様」」
ララとリリに見送られ、エドワードと共に部屋に入ると、随分と着飾った女――キャロルがそこにいた。
「オリヴァー様! お姉様は大丈夫ですか?!」
その媚びるような声と視線に苛立ちを覚える。
(心配などしていないだろうに、白々しい限りだ)
オリヴァーはキャロルの言葉に答える事なく彼女の目の前まで行くと、氷のような冷たい視線で威圧的に見下ろした。
一方の彼女は、オリヴァーが腰に下げている剣を見て一瞬ギョッとした後、何とか表情を取り繕い、姉を心配するような不安げな表情を浮かべていた。
「あの、お姉様は……」
「猿芝居はいい。お前がリベラという学生を唆したことはわかっている」
オリヴァーの低く鋭い声に、キャロルの表情は固まった。そして怯え始め、声を震わせて言葉を返してくる。
「な……何のことで……」
キャロルが言い切る前に、オリヴァーは剣を抜きその剣身を彼女の首元に近づけた。キャロルが少しでも動けば、首が傷つくほどの距離だ。
そして、オリヴァーは冷たく言い放つ。
「選べ。二度とヴィオラに関わらないと誓うか、ここで死ぬか」
キャロルは恐怖のあまりブルブルと打ち震えていた。オリヴァーの表情から弁明の余地がないことは明らかで、謝罪したとしてもそれが受け入れられる様子は一欠片もない。しかし、こんな昼間に屋敷で殺人を犯すなど、気が狂っているとしか思えない。いくら王族とはいえ、伯爵家夫人を殺害するなんて許されるのだろうか。キャロルも流石に殺されはしないと高を括っていた。
「ご……ご冗談……でしょう……?」
絞り出したキャロルの声は震えていた。自分の立場がわかっていない女の反応にオリヴァーは呆れ、深い溜め息をつく。
「死ぬことを選ぶか?」
すると、近くに控えていたエドワードがやれやれというように口を開いた。
「殿下。流石にここではやめてください。部屋の掃除が大変ですので」
その言葉にキャロルは凍りつき、焦ったように声を絞り出す。
「ち……誓います……二度とお姉様には関わりません……」
彼女を見下ろすオリヴァーの瞳は、冷たい侮蔑の色を帯びていた。
「その誓い、ゆめゆめ違えるなよ」
オリヴァーは剣を収めると、さっさと応接室を出ていった。そして、部屋の外で控えていたララとリリに短く命ずる。
「あの女を帰らせろ。二度と敷居を跨がせるな」
「「承知いたしました、殿下」」
もちろんこんな脅しだけで終わらせるつもりは一切なかった。オリヴァーはこの後、キャロルがこれまで行ってきた所業を社交界に明かし、彼女の評判を著しく落としたのだ。キャロルが姉の婚約者であるジョセフ・オードニーを奪ったという、彼らの結婚にまつわる醜聞も瞬く間に広がり、オードニー伯爵家の名前にも傷がつくこととなった。
***
翌日の夜には、ヴィオラの熱はすっかり下がっていた。
元気そうな彼女の顔を見て安堵すると同時に、彼女を守れなかった自分への不甲斐なさを強く感じる。
体の不調に気づけなかったばかりか、危険な男を野放しにし彼女を危険にさらしてしまった。キャロルの策略を未然に防ぐことが出来ず、彼女につらい思いをさせてしまった。
自分が情けなくて、仕方がなかった。
「あなたを愛していると散々言っておきながら、あなたの体調不良にも気づけず、守れてもいない。本当に、すみません」
俯いてただただ謝ることしかできない自分に、ヴィオラは優しく声をかけてくれた。
「オリヴァー、顔を上げなさい」
ヴィオラの表情を見て驚いた。今まで見た中で、一番穏やかで慈愛に満ちた笑顔を浮かべていたからだ。
「君が謝ることは何もない。私からの感謝の気持ちを、素直に受け取ってほしい」
彼女に頭を撫でられ、余計に驚かされた。彼女が自分からこちらに触れてきたのは、初めてのことだった。
呆けた顔で「わかりました」と答えたら、彼女がフフッと笑った。その笑顔が、後悔や怒りに苛まれていた自分の心を、温かなもので満たしてくれた。
彼女の一連の言動は、ただただ謝り続けるオリヴァーを気遣ってのものだろう。その優しさに胸を打たれた。彼女は誰よりも温かな真心を持ち、慈愛に満ち溢れている。
(ああ……俺は本当に、この人のことを愛している。狂おしいほどに)




