11.何点でした?
その後、馬車はとある店の前で止まった。
オリヴァーは先に馬車を降りると、さり気なくヴィオラをエスコートする。
「どうぞ」
「……ありがとう」
差し出された手を取ると、その角張った感触に心臓がドクンと脈打つ。やはりまだこういうやり取りは慣れない。なにせ独り身生活が長かった。男性の手に触れるなんてこと、ここ数年ずっとなかったのだから仕方ない。
ヴィオラが馬車を降りて店を見上げると、そこには「トロイの魔道具店」という看板が掲げられていた。その文字だけで、胸が高鳴る。
「こんな店あったか?」
「つい最近出来たばかりなんですよ。さあ、行きましょう」
オリヴァーに促され店に入った途端、ヴィオラは驚いて大きく目を見開いた。
「なんだ……ここは……!」
ヴィオラはその空色の瞳を、年甲斐もなく少女のようにキラキラと輝かせる。
「夢のような店じゃないか!!」
店内には極めて珍しい魔術関連の品々が並べられていた。純度の高そうな魔石から魔術に使用する珍しい材料、さらには滅多にお目にかかれない高級魔道具まで。
ヴィオラももちろん研究のために魔石や魔術関連の道具を購入することはあるが、いつもは大学に売りに来てくれる業者任せだ。こうして店舗に来るのはあまりない機会だった。
普段見ない珍しい品の数々に、ヴィオラは興奮せずにはいられなかった。
「これはドラゴンの爪じゃないか! この魔結晶はまた見事な……」
店の中を物色するヴィオラに、オリヴァーはくすりと笑いかける。
「こういうところ好きですか?」
「ああ、すごく!」
その答えに、オリヴァーは幸せそうに微笑んでいた。そこらの令嬢が今の彼の表情を見ていたら、恐らく皆が卒倒していただろう。しかし、品物に夢中なヴィオラは、彼がどんな顔をしているか見ていなかった。
「欲しいものがあれば、何でも言ってくださいね」
「いや、研究費で落とすから問題ない」
ヴィオラはこれまでにそれなりの成果を上げているので、研究費もそこそこ潤沢に持っている。この店の品々はどれも高級品だが、購入に困るということはなかった。
欲しいものをたんまりと買ったヴィオラは、ほくほくとした気持ちで店を出た。その後もオリヴァーが魔術関連の店にいくつか連れて行ってくれたが、その度にヴィオラは自分の荷物を増やしていった。
そして、気づけばすっかり日が傾いていた。二人は中央広場のベンチに腰掛け、しばし休憩を取っているところだ。
(一時間に一回でも楽しいと思えなかったら本当に帰ろうと思っていたが、今回は完全に敗北したな)
そう思いながらも、ヴィオラは大変満足していた。実験に使えそうな物を沢山買い込めたので、今後の研究が楽しみで仕方ないのだ。
「ヴィオラ、これ、良かったらもらってくれませんか?」
隣に座っているオリヴァーが、綺麗に包装された小包を渡してくる。リボンが掛けられているし、見るからに贈答用だ。物を贈られる覚えのないヴィオラは、訝しげな表情で尋ねた。
「これは?」
「お誕生日おめでとうございます、ヴィオラ。今日誕生日でしょう?」
「あ。忘れてた」
まさに今日、ヴィオラの誕生日だった。毎年祝うこともなく過ぎていくこの日は、ヴィオラにとってはなんでもない普通の日に成り下がっていたので、すっかり忘れていた。
リボンを解き小包を開けると、そこには空色の魔石がはめ込まれた耳飾りが入っていた。宝石ではなく魔石を贈ってくるあたり、彼はこちらの好みをよくわかっている。
「……すごく綺麗だ。付けてみても?」
「もちろん」
耳につけると、シャラリと綺麗な音が鳴った。鏡で自分の姿を確かめたかったが、あいにく今は手元にない。しかし、オリヴァーが「とても似合っています」と言って幸せそうに笑っているので、その必要もなくなった。比較的シンプルな意匠なので、これなら仕事中でもつけられそうだ。
「この魔石には加護の術が施してあります。研究熱心なのもいいですが、たまには自分のことも大切にしてあげてくださいね」
「ありがとう。誕生日を祝われるなんて、いつぶりかな。すごく嬉しいよ」
その何気ない一言に一瞬オリヴァーの顔が陰った気がしたが、ヴィオラはあえて気づかないふりをした。彼のことだから、こちらの過去のことは全て調べ尽くしているのだろう。しかし、別に同情などは不要だった。あの家でのことはどうでもいいし、気にしていない。
それを察してか、オリヴァーはこちらの過去には触れてこず、にこりと笑って会話を続けた。
「今日は楽しんでいただけましたか?」
「ああ。控えめに言ってすごく良い一日だった。たまには外に出て見聞を広めないとだめだな。色々と連れて行ってくれてありがとう」
「今日のデート、何点でした?」
そう問うオリヴァーは、少し挑戦的な目をしている。勝利を確信しているようにも見えた。
個人的には可愛い教え子に百点満点をあげたいところだが、今日はある点が欠けていた。
「うーん、そうだな……六十点」
やはり予期した回答と違ったのか、彼は眉を跳ね上げた。
「あれ、もう少し高いと思っていました」
オリヴァーは結果に納得できないというように不満顔でそう言った。少しむくれたその表情は、いつもより幾分幼く見える。そんな彼に、ヴィオラは微笑みを向けた。
「今日は私ばかりが楽しんでしまった。次に二人で出かける時は、二人で楽しめる場所に行こう」
「…………」
彼は珍しく驚いた様子で沈黙していた。しかし、程なくして真顔でとんでもないことを言い出す。
「抱きしめてもいいですか」
「……こんな往来で何を言い出すんだ。いいわけないだろう」
ヴィオラは呆れ顔ですぐさまそう返した。するとオリヴァーはその返しにフフッと笑い出す。
普通の女なら頬を赤らめるところだろうが、ヴィオラは一貫して塩対応だ。しかし、こんな反応をするヴィオラに対して、オリヴァーはとても満足そうに笑っていた。本当に好みが変わっている。
「でも、ヴィオラは少し思い違いをしてますね。今日は僕もとても楽しかったんですよ。あなたの笑顔をたくさん見れたので」
(笑っていた? 私が?)
ヴィオラは基本笑わない。いつも机に向かって難しい顔をしているか、真剣な顔で議論を交わしているか、笑うとしても愛想笑いくらいだ。昔はもう少し笑っていたような気もするが、正直よく覚えていない。
ヴィオラは自分の頬をムニムニと触りながら、「そうか……笑っていたのか……」と独りごちた。
「どうですか? 僕に対する印象、少しは変わりましたか?」
良い答えを期待するように待ち構えるオリヴァーが何とも可愛らしくて、ヴィオラはフッと微笑を漏らす。ここは彼に要らぬ期待を持たせないためにもキッパリ否定すべきなんだろう。だが、一生懸命もてなしてくれた教え子のために、少々甘い回答をした。
「ほんの少しな」
「どんな風に?」
前のめりに聞いてくるオリヴァーは、期待に目を輝かせている。そして、ヴィオラは正直な感想を伝えた。
「一緒にいて退屈な人間ではないということがわかった」
「…………」
オリヴァーが子供みたいに不満そうな顔をしていたので、そんな彼にヴィオラはまたフフッと笑うのだった。