10.初デート
「デートって何着て行けばいいんだ……」
デート当日。ヴィオラは衣装棚の前で腕を組み仁王立ちしていた。
もちろん出かける用の服はある。だが、どれほど着飾ればいいのかがわからなかった。何しろ男性と出かけるなんて、五年以上ぶりだ。
質素すぎても相手に悪い。かといって着飾り過ぎても張り切っていると思われてしまう。ヴィオラがうんうん頭を悩ませていたところ、侍女のララとリリが声をかけてきた。
「ヴィオラ様! わたくし共にお任せを!!」
「とびっきり可愛くして差し上げますので!」
気合の入った彼女たちに、ヴィオラは思わず一歩身を引いた。
「いや、いい。身支度くらい自分でできるから……ほんとに……」
しかし、仕事熱心な侍女たちは諦めようとはしない。主人のために、ヴィオラを最高に仕上げる気満々だ。
「遠慮なさらず!!」
「身を委ねてくださいませ!!」
結局ヴィオラは押し切られ、二人に身支度を任せることにした。そして、彼女たちになされるがまま身を委ねていると、二人は度々興奮したように声を上げた。
「何でも似合ってしまわれるから、迷ってしまいますわ!」
「こっち! こっちのドレスにしましょう!」
「首飾りはこれがいいわ!」
「髪型はこんな感じにして……きゃあ! なんてお綺麗なの!」
キャッキャ、キャッキャと楽しそうに仕上げていくララとリリに、ヴィオラもつられて笑ってしまった。
こうして歳の近い女の子が身近にいる環境は随分と久しぶりだ。それが何とも新鮮で楽しい。加えて家の者は皆ヴィオラに好意的なので、この屋敷に来てからというもの、ヴィオラは精神的にもすこぶる健康だった。
その後、身支度が終わり玄関に向かうと、そこには既にオリヴァーの姿があった。彼はフロックコートをサラリと着こなし、その長身を惜しげもなく活かしている。
(一緒に出歩いたら絶対目立つだろうな……)
そう考えるだけでげんなりしたが、ヴィオラはオリヴァーの様子がおかしいことに気づき、怪訝そうに声を掛けた。
「オリヴァー? どうした、そんなにボサッとして」
その言葉で彼はハッと我に返ったように動き出した。
「……綺麗すぎて、息するの忘れてました」
「…………」
今日のヴィオラはそれはそれは美しく着飾っていた。濃紺のドレス。空色の瞳と同じ色の首飾り。プラチナブロンドの髪は綺麗に結い上げられている。
未だまじまじと見つめてくる彼に、ヴィオラは疲れたように溜息をつく。
「これは、ララとリリの仕業だ」
「いい仕事ですね。後で褒めておかなければ」
そう言うオリヴァーは何とも満足そうに笑っていた。
その後、二人は馬車に乗り込んだ。目的地は知らされていない。どうやら着いてからのお楽しみらしい。
「到着までの間、お仕事をなさっていてもよろしいですよ?」
「せっかく君が私を楽しませようとしてくれているんだ。そんな失礼なことはしないよ」
当たり前のようにそう返すと、オリヴァーは少し面食らったように目を見開いた。
「ヴィオラって、本当に意外とそういうところちゃんとしてますよね」
「意外とは余計だ」
じとりとした視線を送ると、彼は「すみません」と言って笑っていた。しかし、今の彼の反応にヴィオラはとある考えに行き着き、ニヤリと笑って尋ねてみる。
「こういう女は、君の好みじゃなかったか?」
「いえ、惚れ直しました」
「……ああ、そう」
思惑が外れたヴィオラは渋い顔になりながら、満面の笑みを浮かべるオリヴァーを見遣る。彼に嫌われるのはなかなかに難しいらしい。
その後も二人は雑談を続けていたが、ヴィオラは不意にあることを尋ねたくなった。前々から彼に対して少し腹を立てていることだ。
「オリヴァー。どうして身分を偽っていたんだ?」
その直球な問いに、彼の肩がピクリと跳ねる。彼は珍しく言葉を選んでいるようだった。
ヴィオラが回答を待つようにじっとオリヴァーを見つめていると、彼はしばらくしてようやく口を開いた。
「……あなたとは、対等な関係でいたかったんです」
予想外の回答に、ヴィオラは少し驚く。てっきり自分に契約結婚を承諾させるための作戦だと思っていた。身分を明かした後も変わらず接してくれと言ってきたのは、そういう理由だったのかと思い至る。
そして彼は、その顔に申し訳無さを滲ませながら言葉を続けた。
「始めから王族として近づいていたら、絶対に警戒したでしょう? それに王族から結婚を申し込まれれば、立場上あなたは断れない。無理強いはしたくなかったんです」
「対等である必要があるのか?」
ヴィオラがそう問うと、彼は少し気まずそうに、それでいて少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あなたとの議論するのが楽しくて。対等な関係じゃないと、本気の議論が出来なくなる。それはどうしても嫌だったから」
その答えに、ヴィオラはまた少し驚いて目を見開く。自分も彼との議論は楽しいと思っていた。彼も自分と同じことを思っていたのだと思うと、何とも形容しがたい気持ちが込み上げてくる。
「でも、結果的にあなたを怒らせてしまいました。完全に僕の失敗ですね。本当にすみませんでした」
少し俯きながら謝罪してくる彼は、まるで叱られた子犬のように見える。いつも余裕綽々で飄々としている彼にしては、珍しい光景だった。
そんなオリヴァーを可愛らしく思いながら、ヴィオラは優しく声をかける。
「いや、もう怒ってないよ。今の回答で気が晴れた」
その言葉を聞いた彼は、顔を上げ、ホッとしたように微笑んでいた。