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幕間1ー2.オリヴァーの作戦(2)


 オリヴァーはその後も足繁くヴィオラの元に通った。


 時には彼女をじっと見つめてみたり、時には肩が触れるほど彼女に近づいてみたりと、様々な趣向を凝らして彼女の気を引こうとした。普通の令嬢ならとっくに落ちているところだが、何をしてもヴィオラがオリヴァーを男として見ることはなかった。


 どうしたものかと王城の執務室で頭を悩ませていたところ、側近のエドワードが声をかけてくる。


「随分と苦戦していらっしゃいますね。もういっそのこと、権力を縦に無理やり結婚してしまえばいいのでは? 恋愛感情などなくとも、夫婦関係は成り立ちます」

「そうしたいのは山々だが、それでは意味がない。彼女とはあくまで対等な関係でいたいんだ。でないと、二度と彼女と本気の議論ができなくなる。それは嫌だ」


 ヴィオラはどんな質問でも真剣に答えてくれるので、オリヴァーはいつしか彼女と議論するのが楽しくてたまらなくなっていた。そして、恐らく彼女も自分との議論を楽しんでくれている。その確信はあった。


 しかし、なかなか進展しない今の状況に、焦りを感じているのも事実だ。

 周囲の男どもが彼女に向ける視線は、嫉妬や羨望だけではない。ヴィオラは普段身なりに気を使わない上、男勝りな性格なので女として見られないことも多いが、あの隠された美しさに気づく者も確かに存在する。そういう輩は、決まって彼女に熱い視線を送っているのだ。もちろん当の本人は気づいてすらいないのだが。


 誰かに取られる前に、何としてでも自分のものにしなければならない。


「あくまで彼女が同意する形で結婚し、その上で彼女に振り向いてもらうためには、どうすればよいか……」

「また随分と無理難題ですね……」


 エドワードと二人して頭を(ひね)っていたところ、オリヴァーに妙案が降りてきた。


「この計画ならいけるかもしれない。エドワード、新居を建てるぞ!」


 それからオリヴァーは、計画を実行に移すその日まで、少しでも彼女に心を開いてもらおうと研究室に通い続けた。そしてヴィオラが論文執筆に追われ睡眠不足と忙しさがピークに達したあの日、オリヴァーは彼女に契約結婚の話を持ちかけたのだ。


 一向に進展のなかったあの状況を打開するには、ヴィオラに自分を男として見てもらう必要があった。生徒ではなく夫という立場であれば、彼女もこちらを男として意識せざるを得ないだろう。それに、契約結婚という大義名分があれば、苦い経験のある彼女も前向きに検討してくれるはずだ。


 少し荒っぽい手段ではあるが、これが今取れる最善策だった。婚姻関係を結んでしまえば他の男に取られる心配もなくなる。振り向いてもらうのは結婚してからでも遅くない。


「わかった。提案を飲もう」


 彼女の承諾に、オリヴァーは心の内で歓喜した。思わず笑みがこぼれそうになるのを堪えつつ、彼女に必要な書類にサインしてもらう。この時点で自分の正体を知られないよう、オリヴァーはそれとなく書類に書かれた自分の名前を隠した。



 後日、結婚の挨拶のために彼女とリーヴス伯爵家を訪れるより少し前。オリヴァーはエドワードと共に、事前に伯爵家を尋ねていた。彼女の父親とは以前王城で顔を合わせたことがあり、自分の正体を彼女に明かさないよう口止めするためだ。


 ヴィオラの両親はオリヴァーの来訪に大層驚いていたが、行き遅れ娘がなんと王族というこれ以上ない結婚相手を見つけてきたとあって、大いに喜んでいた。そんな彼らに、オリヴァーは内心舌打ちをする。


(お前たちのせいで、彼女がどれだけ見えない傷を負ってきたと思っている……!)


 オリヴァーがここ一年ほどヴィオラと接してきて、わかったことがある。

 彼女は自分が傷ついていることに無自覚だ。いや、気づかないように蓋をしている、あるいは、自分の気持ちに無関心でいようとしている、と言ったほうが正しいかもしれない。これまで彼らにされてきた仕打ちを「どうでもいいこと」と割り切ることで、自分の心を守っているのだ。


「実は一年ほど前に、ヴィオラさんの周囲で困ったことがありまして」

「な、なんでしょう……?」


 両親は不安げにオリヴァーの言葉を待つ。


「ヴィオラさんの妹君、キャロルさんがわざわざ大学に来てまで彼女の悪口を言いふらしたせいで、彼女の研究室の学生が去っていくという事件がありまして。もちろん、キャロルさんの言葉は全て虚言です」


 すると両親は揃って驚きの表情を浮かべ、あろうことか反論してきた。


「そんなことあるはずが!」

「あのキャロルが嘘をつくなんてありえませんわ!」


(耳障りだ)


 ギロリ、とオリヴァーが二人を睨みつける。そして低く険しい声で言葉を放った。


「こちらの情報が間違っているとでも?」

「い、いえ……そういうわけでは……」


 リーヴス伯爵は焦ったようにそう返してきた。二人とも顔を青くして俯いている。そんな彼らに、オリヴァーは追い打ちをかける。


「まさかとは思いますが、お二人もキャロルさんの嘘に騙され、ヴィオラさんを蔑ろにしていた、なんてことはありませんよね?」

「…………」


 二人はとんでもない過ちを犯していたことに気づいたのか、身を打ち震わせながら沈黙していた。オリヴァーは静かに問いかける。


「ありませんよね?」

「……はい……もちろんでございます……」

「……そのようなことは、決して……」


 消え入るような声で答える彼らに、オリヴァーは満足してにこりと笑った。


「もしヴィオラさんの研究生活が脅かされるようなことがあれば、教育機関を取り仕切る者として、流石に私も動かざるを得ません。彼女はこの国の宝ですから」


 彼らはオリヴァーの雰囲気が穏やかになったことに安堵し、ホッと息を漏らしていた。

 しかしオリヴァーは、一転して冷ややかな笑みを浮かべ、最後に忠告をする。


「ですので、キャロルさんがこれ以上オイタをしないように、ぜひお二人も見張っておいてください。私も愛する人の妹に手をかけるのは流石に気が引けるので。よろしくお願いしますね?」

「「は、はい……」」


 オリヴァーの凄みのある声に、彼らは再びその身を震わせていた。


(ここまで脅せば大丈夫だろう)


 ふう、と一息ついて、さっさと帰ろうと席を立った。


「ああ、それと。後日ヴィオラさんと再び訪れますが、私とは初対面という(てい)で接してください。私の正体はくれぐれも内密に」


 去り際にそう言って、オリヴァーはリーヴス家を後にした。


(さて、結婚したら、まず何をしようか)


 ヴィオラとの未来に思いを巡らせ、オリヴァーは自らの機嫌を直すのだった。


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