おまけ
休日の朝。神社の境内から町の景色が一望できる。まだ田植えのはじまっていない田んぼと、都市部へ繋がる道路中心に広がる少し栄えた町並みが溶け合っていた。
「和紀くん、手が止まっているわよ」
声をかけてきたのは蓮那であった。神社で仕事をしているからといって巫女服を着ているわけでもなく、パンツ姿の見るからに動きやすい服装だ。
「あ、はーい」
蓮那に指摘されて、和紀は放棄を持っていた手を再びせかせかと動かしはじめる。
「君はどうしてそうなのかしら? 好奇心旺盛なのは決して悪いことではないけど、無邪気すぎると悪いモノも引き寄せるわよ」
「そういえば戦巫女って幽鬼以外にも相手にしているんですか?」
「ほら、そうやってすぐ興味を持つ」
和紀はめっと可愛く怒られる。
「でも、そうね。この神社には代々戦巫女がいるの。なんでかわかる?」
聞いたのは自分のはずなのにと和紀は不満そうな顔を見せる。
「わかりません」
「この町はね。繋ぎ目の町なのよ。本来なら境界線上であるところに町を作ってしまったのね」
「するとどうなるんですか?」
「境界には歪みがあって、そういうところでは不思議な現象が起こりやすいの。幽鬼が現れるのも、その一つね」
「そんなものがあるようには見えませんけど」
「それは見ないようにしてるだけ。よく物事を正しく見通すなんて言うけど、そんなことできる人なんていやしないわ」
和紀はどうもしっくりこないのか首をかしげる。
「何で見ないようにしているんしょう?」
「境界のひずみは案外近いってことに目を逸らすためかもね。たとえば、きっちりと将来の見通しができていたとするでしょ」
蓮那は箒とちりとりを一旦置いて話をはじめる。
「でも、それにはやっぱり前提条件があるのよ。自分がずっと健康であることとかね。ということは、その前提が崩れれば全部が崩れるのよ。いま五体満足だからといて、明日そのままでいられる保証なんてないのよ」
「あたりは真っ暗なのに私が歩くのはいつだって薄氷の上……ですか?」
いつだったかこんなことを書いていた本を読んだことがあるのを思い出した。
「歪みはいつだって傍にいる。でも、それを気にしていたら生きてはいけないわ」
一昨日の晩も中年のサラリーマンが幽鬼になって家族を全員殺してしまう事件があった。それから、しばらくして名織に退治はされて、それ以外の被害は出ていない。
「そろそろ休憩しましょうか」
二人は掃除道具を納屋に返して、本殿の前を横切ろうとして和紀が立ち止まる。
「どうしたの?」
「この神社って何の神様を奉っているんですか?」
本殿の中をじっと睨むが、中は真っ暗で何も見えてこない。
「和紀くんは神様を信じてるの?」
「信じてないんですか? 巫女さんなのに」
「信じてるわよ。でも、都合のいい神様は信じられないかな」
「都合のいい、ですか?」
「いまある宗教の規範作ったのだって結局は人間だし、勝手に解釈したのも人間じゃない。それって見たくないモノからは目を背けるためだろうしねぇ」
「戦巫女が秘匿されてるって、自分たちのやっていることが規範から外れたものだから、ですか?」
「名織ちゃんが殺した幽鬼だって、神様みたいなものだしね。神様を殺すなんてあってはいけないことだろうから」
「でも、やらないといけない。でないと、俺たちの生存領域が犯される」
「禁忌のなかにはそういうものも含まれてるってことね」
本殿を抜けるとそこには二人が寝泊まりする宿舎が見える。蓮那のあとについていくと縁側のほうでエプロン姿の名織が待っていた。
「裸じゃないわよ」
「わかってますよ……」
蓮那がからかってくるのを辟易とした態度で返す。
「姉さん、おにぎりでよかった?」
「助かるわ~。和紀くんも朝食まだみたいだし、ちょうどよかわったわ」
名織もパンツ姿の動きやすい服装をしており、その上からエプロンをかけていた。普段、あまり見ない格好に新鮮な気分だ。
「名織ちゃん、和紀くんも掃除頑張ったんだし褒めてあげて」
蓮那は和紀の頬を突きながら、名織に催促をする。
「ん。ああ、ご苦労」
だが、名織は淡々とそう言うだけだった。見たかぎり、照れ隠しとかはない。
「名織ちゃん、冷たいわねぇ」
「労えと言われたから労っただけ」
和紀は何を思ったのかふっと微笑する。
「名織ちゃんったら」
蓮那も「うふふ」と笑いはじめる。
縁側を朝日が心地よく照らされる。こんな休日の朝もいいものだと和紀は感じるのだった。
2015年の作品でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
ホラーというより伝奇かなと思っています。
夏なのでということで投稿しました。せっかくなので、夏の間にもう一作くらい伝奇かホラーのアーカイブを投稿できればと考えています。
評価や感想などもぜひお願いします。
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。