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9~10

   ■九■


 和紀はとりあえず学内をあらかたまわったあとに、校舎裏の森の入り口に立っていた。

(あとはここだけか……?)

 何となくの確信はあった。この森は常世と深い関係にあると蓮那が言っていたことを聞いたことがあったからだ。この森はちょど境界にある橋のような場所だという。


 名織はこういったことをあまり教えてくれないが、蓮那がかわりに教えてくれる。

 二人の姉妹にはそれぞれ役目がある。名織は戦巫女として戦うことに主眼を置かれた人材なら、蓮那は戦巫女をサポートする役割にある。


 なので蓮那の主な仕事というのは名織が社会的にうまくやれるように立ちまわったり、怪我をすれば手当をしたり、情報収集であったりと多岐にわたる。

「とりあえず蓮那さんにメールを送っておくか」


 和紀は『いまから森を調べます』という短い文を蓮那に送って、森の中へおそるおそる入っていく。

 森に一歩足を踏み入れると、そこが異界ではないかと思わされる。それほどに空気が違う。


 背筋にどろっとしたものが這い寄ってくるようにどんよりとした空気。加えて常に見られているような感覚。

(やっぱり入るんじゃなかったな……)


 後悔のほうがあきらかに大きかったが、伊藤の命が危ないとなればそうも言ってはいられない。和紀は小さな水滴ほどの勇気を必死に振り絞って前へ進みだす。

「こういうときって名前を呼ぶほうがいいのかな……」


 もちろん、そんな問いに答えてくれる者はいない。この森で大声をだすのはなぜかためらわれるのだ。

 それから道なき道をあてもなく進んでいく。帰りは迷わずに帰られるとかはとにかく考えない。いまは伊藤を探すのが第一だ。


 すると静寂に包まれる森で茂みからガサリと音がした。ひょっとして伊藤かもしれない。和紀はそう思って、警戒を強めながら先へ進んでいく。

 だが、近づいてみるとそこに物音の形跡はない。気のせいだったのだろうかと、茂みに背を向けると和紀の右肩を誰かが叩いた。


 心臓が飛び跳ねそうになるのを必死に抑えながら和紀は右肩に右手が乗っていることを確認する。右手は和紀と同じ制服を着ていた。

「伊藤か?」


 そう言って和紀は「驚かすなよ」とおどけながら左手でその右手を掴む。が、その腕は驚くほど軽い。

 そう。自分の右肩に置かれた手は腕から向こうがなかったのである。

「ひぃ!」


 思わず和紀はその右腕を投げ捨ててしまう。

「あなた、だぁれ?」

 呆れるほど無邪気な少女の問いかけ。正面に現れたのは赤い目の女の子だった。この学校の制服を着ているということは彼女が此方奈緒子だろうか。


「俺は伊藤の友達で詞種和紀っていうんだ。そういう君は此方さん?」

 和紀は彼女の赤い目に覚えがあった。ちょっと前に、同じ目をした奴に殺されかけたことがあったからだ。


「そうよ。そういえば伊藤くんから話を聞いたことがあったかもね」

 此方は薄ら笑いを浮かべて、ねっとりとした視線で和紀を見つめている。

「ちなみにあなたが投げ捨てた腕は、伊藤君のものよ」


 何が愉快なのか此方はケタケタと不気味な笑い声をあげる。

「じゃあ、伊藤はもう……」

「私がおいしくいただいちゃいました」


 何となく、こうなることを予想していた気がする。だからか、ショックは思ったよりも少ない。だが、それでも絶望感はたしかに感じていた。

 赤い瞳がこちらをずっと見ている。この瞳の前では怒りもかき消えてしまう。目の前が真っ暗になっていった。


(どうしたらいいんだ……)

 あわよくば伊藤を連れて此方から逃げようという算段がいかに甘かったというのを改めて思い知る。いや、そもそもとして幽鬼と化した此方から逃げようというのが間違いなのかも知れない。


 きっと彼女は自分を見逃さない。幽鬼は縁を喰らう化物だ。その存在を視認しただけで縁というものは発生する。ましてや和紀は伊藤の友人だ。繋がりからしても彼女に狙われる要素は過分にある。

「次は誰を食べようか考えてたんだけど、あなたはちょうどよさそうね」


 どう料理してやろうかと舌なめずりしながら、酔ったような足どりで近づいてくる。

(逃げられないよな……)

 幽鬼になったモノは身体能力も飛躍的にあがる。実際、逃げきるのはかなり困難だろう。


「生きたまま腹を裂いてやったら、どんな声で泣くのかな?」

 此方の右腕が和紀を捕まえようと伸びてくる。

「もう駄目だ」そう思ったときである。


 和紀の頭上にある木の枝が揺れたと思うと、上から名織が降りてきて、此方の腕を蹴り飛ばした。

「――っつぅ!」

 此方が腕をさすりながら名織から距離をとるように後退する。


「勝手な行動をするな、詞種。私がこなかったらどうするつもりだった?」

「生きてなかったと思いまふ」

 和紀は名織の姿を見て、安堵のあまりに気が抜けていくのを感じていた。


「弥式さん、何のつもり?」

 此方の問いかけに名織が答えることはない。かわりに左手に持っていた鞘から短刀をゆっくりと抜く。

「詞種、お前はそこにいろ」


「そんなものを私に向けて、何も答えてくれないのね」

 此方が右手を突きだして跳びかかってくる。それに対して、名織は受けて立つつもりなのか、その場を動かずに構えの姿勢をとった。


 そして突きだされた右手を名織は左手で掴む。

「何のつもり? 私と力くらべ?」

 名織はやはり何も答えない。くれてやるのは眼力で睨むことだけだ。


「いまの私と力くらべなんて馬鹿げたことをしようなんてね!」

 此方はこのまま力任せに名織の左手を握り潰してやろうとする。が、一向に名織の左手は潰れない。潰れないどころか、此方が押し返されつつあった。


 そして、ついには名織の左手が逆に此方の右手を握り潰した。

「ぐぎゃああああ!」

 此方が右手を抑えながらあたりに叫び散らす。


 和紀はその人間離れした名織の力に思わず喉を鳴らす。戦巫女として、幽鬼を討伐する名織もまた人の道を外れた存在である。戦巫女は特殊な修行を受けることで常世の者に近い存在となっているのだ。

「よくも……っ!」


 此方は怒りを露わにしながら、再び襲いかかってくる。対して、名織は姿勢を低くして右手の短刀を突き立てる。その刃の鈍い煌めきを見ても此方は怯まずに向かってくる。きっと怒りに我を失っているのだろう。


 突きだされた左手は名織の短剣によって、あっさりと切り落とされた。此方は声にならない声をあげて身悶えている。

「お前はおしゃべりが過ぎる」


 名織は此方に向かって吐きつける。右手で短刀を振り抜きながら。

「あ」

 此方が短く声をあげる。それから此方奈緒子の頭が地面に転がり、首から上をなくした胴も動かなくなった。


 幽鬼になった者は心臓を貫くか、首を切り落とせば殺せる。名織はそれを実践したまでだ。

「立てるか?」

 名織が和紀に手を差しだしてきた。


「何とかね」

 これで何度彼女に命を助けてもらっただろうかと考えながら、和紀は立ちあがる。

「とりあえず、森を出るぞ」


 和紀は名織の後ろに付きながら、森を出る。その頃にはすっかりあたりは暗くなっていた。

「和紀くんは悪運が強いのね」

 森を出たところで蓮那が待っていた。


「どうやら、そうみたいです。伊藤は助けられませんでしたけど……」

 森を無事に出られて、安堵したのも束の間。すぐに後悔の念が和紀に襲いかかってくる。

「彼はいまの此方さんにとって一番近しい人だったのよ。だから私たちでも守れたかはわからないわ」


「どういうことですか?」

 いまという言葉に和紀は引っかかりを覚える。

「彼女の家を調べたらね。やっぱり昨晩の間に家族を全員殺していたのよ」

 こともなげに蓮那が告げる。


「それは本当ですか?」

「幽鬼は縁を喰らうと言っただろう。自ずと縁の強い者が標的になる。それだけだ」

 隣で名織が答える。


「とりあえず、和紀くんは神社まで来てもらうわね。あらためて説教もしてあげないと」

 蓮那は気持ちのいい笑みを浮かべながらウインクをする。対する、和紀は苦笑いをして、がっくりうなだれるのであった。


   ■十■


 その日の夜。深夜をまわった町中の夜道はやけに静かだった。申し訳程度の外灯が頼りなくぽつぽつと点いている。

 そんな道をスーツ姿の男が歩いていた。その格好からして仕事帰りのサラリーマンというところか。顔が赤いのはお酒を呑んでいた証拠である。


 少し千鳥足になりながら家路を急いでいると、ふと目の前に何か妙な揺らぎがあった。だが、男はそんなものにきがつくこともなく、その揺らぎの中をくぐってしまう。

 その揺らぎをくぐると一瞬だけあたりが暗くなって、何かが体の中を通過するような感覚に襲われる。だが、それは一瞬のことで男には気のせいにしか思えなかった。


 それから不意に家で待つ妻や子供のことが頭をよぎる。

 なぜか家族たちが妙に愛おしかった。

 食べてやりたいと思うほどに。


 男はにたりと笑う。

 その瞳は血のように赤く染まっていた。


お読みいただきありがとうございます。

次回のおまけで最終回となります。

感想、評価、お気に入り登録も今後の励みになりますので、ぜひお願いします。

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