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■三■
季節は四月も上旬。冬の寒さが完全に抜けきってはおらず朝は少し肌寒い。
都市部から少し離れたところにあって、四方を山に囲まれているものの、それなりに栄えている光景が広がっている。悪く言うなら中途半端とでも言おうか。
その町外れにある小山の上に神社があって、最近そこに二人の姉妹が引っ越してきていた。
妹のほうは弥式名織。今年で高校一年生になったばかりで、近くの公立高校に通っている。身長は一七〇センチあって、制服の上からでもわかるくらいにふくよかな胸と女性特有の曲線美は入学当初から男子生徒たちの注目を浴びていた。肩まで伸ばした漆黒の髪にボーイッシュな顔つきが特徴の少女である。
姉のほうは弥式蓮那。おっとりした雰囲気が印象的な、腰まで黒髪を伸ばした少女である。妹に比べると若干スレンダーな体型である。
不思議なことに二人の姉妹はあまり似ていない。
「名織ちゃん、これを使って」
神社の境内の石段を降りながら蓮那が大きめの巾着袋を名織に手渡した。
「これは?」
見たところ、ただの巾着袋だ。柄は赤を基調とした和風な柄である。
「少し地味かしら?」
「いや、何を入れるのかと思って」
名織は巾着をぶらりと指から提げて、首を傾げる。
「それは無銘を入れる袋よ。剥きだしのまま持ち歩くってわけにもいかないでしょ」
名織は鞄から鞘にしまってある短刀を取りだして抜刀する。
「この刀身なら玩具だと思われるんじゃなかったの?」
その刃の見た目は安っぽい銀ラメでコーティングされたような、名織の言うとおり玩具のような刀身だ。だが、そのずっしりした重さは玩具では決してあり得ない。
やはり、この刃はれっきとした銘の刻まれた霊刀なのである。
「毎回、変な質問されるよりはいいでしょ」
短刀とは言えど、持ち歩いていれば自然と目立つというもの。こういったことには目立たないことも肝要である。
そもそも、この短刀自体が普通の代物ではないのだ。名織は常時持ち歩く必要があるとは言え、易々と一般人の目にさらしていい代物などではない。
「わかった。使わせてもらうわ」
名織はそう答えて。巾着に短刀を鞘ごとしまう。
「うん。なかなか似合っているわよ」
名織は少し戸惑ったような表情を見せると、はあとため息をついた。
二人の通う高校は徒歩で一〇分くらいの距離にある。
だから、境内を降りると同じ学校の制服をきた学生たちが登校している姿が目に入ってくる。同じ制服の名織たちもすぐにその流れに溶けこんでしまっていた。
「ねえ。聞いた? 牛丼屋の話」
名織たちの前を歩く女子の集団が談笑をしていた。その話が耳に入ってくる。
「ひどいよねぇ。被害者は内蔵をえぐられてたって話だよ」
「こわ~」
「えー! それで牛丼屋のまわりって警察の人がたくさんいたんだー」
「あんた、のんきなのも大概にしときなさいよ……」
それから少女たちは「あはは」と笑いながら、談笑をはじめる。名織はその光景を別世界のできごとのような視線で見つめていた。
「名織ちゃん、どうしたの?」
「何でもないわ、姉さん」
名織は何事もなかったようににっこりと笑みを浮かべた。
■四■
名織は教室に入ると簡単にクラスメイトと挨拶をかわして、自分の席へ向かう。
「おはよう、弥式さん」
名織が自分の席に着くと見計らったように隣の席の少女が挨拶をしてくる。彼女は此方奈緒子。メガネをかけて、長い髪を後ろで無造作に束ねている、ちょっと地味な雰囲気の少女である。
「此方さん、おはよう」
名織は柔らかい仕草で返事をする。彼女には二つの顔がある。
一つは戦巫女としての顔。そして、もう一つは普通の社会に溶けこむための顔だ。
そのための訓練も戦巫女にとっては重要なものである。というのも、決してまわりに自分の正体を気取られないようにする必要があるからだ。
でなければ、彼女のまわりにいるより多くの人たちが不幸な目にあうことになる。
「弥式さん、昨日だされた英語の課題はやってきた?」
「ええ。やったわよ」
そう言うと、此方は申し訳なさそうに両手をあわせて、頭を下げてくる。
「だったら、お願い。そのノート見せてくれない? 昨日はちょっといろいろあって手をつけられなかったの」
名織の知るかぎりでは此方が自分にこういう頼み事をしてくるのははじめてである。
「うん。いいよ」
名織は鞄からノートを取りだして、此方に手渡すと「ありがとう」と深々とお辞儀をした。
「気にしないでいいよ。それより早く写さないと、ね」
「うん」
それから名織はいつも仲良くしているグループの女の子に呼ばれる。
「ごめん。行かないと」
「早めに写して返すからね」
名織は言葉の代わりに、にこりと笑って腕を振った。
「弥式さん、聞いた? 牛丼屋の話」
グループの女の子の一人が合流するなり話題を振ってくる。
「そういえば登校中にそんな話をしている人がいたね」
よく耳を澄ませてみると、男子たちも牛丼屋の話をしていた。
「いま学校中がこの話題で持ちきりよ」
「そうみたいだね」
「そういえば、此方さんと何をしてたの?」
「英語の課題を忘れたとかで、私のノートを貸してあげたんだけど」
それを言うと数名の顔色が悪くなる。おそらく課題をやっていないのだろう。このあと誰かに泣きつくのが容易に想像できた。
「此方さんが課題をやってこないって珍しいよね。私も忘れたときとかは見せてもらうよ」
「真面目って感じだもんね」
「あ。でも、たしか此方さんが友達と話してるのをたまたま聞いたんだけどさ。可愛がっていた飼い犬が行方不明になったとか言ってたよ」
「ほんと? それが原因かな?」
「さあ、どうだろう?」
名織は相づちを打ちながら、ふと此方に視線を向けるのだった。
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