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1〜2

   ■一■


 深夜の牛丼屋にフードを深々とかぶった小柄な客が入ってくる。客が少女であるとわかったのは「牛丼、並盛り……」という消え入りそうな声が女の子のものであったからだ。

 店員はなぜこんな時間に未成年の少女がほっつき歩いているのか(いぶか)しんだが、とりあえず注文を復唱した。


 牛丼を出された少女は緩慢な動作で箸を取って、ご飯をゆっくり口に入れる。だが、少し咀嚼(そしゃく)して呑みこむと箸を置いてしまう。

「……まずい」

「え?」

 少女の鬼気迫る雰囲気に店員は背筋が凍りそうになる。


「牛肉を噛んでも噛んでも味がしないわ。段ボールを食べてるみたい。お米は発泡スチロールにしか思えない……。何なの?」

 フードの奥でどんな表情をしているかはわからないが、不気味な笑い声だけが聞こえてくる。

「あ、あの……」


 クレーマーだろうかと恐る恐る少女に近づいていく。すると急に少女は立ちあがり、腕を伸ばして店員の首を掴み取る。

「ぐぁ……!」


「私にこんなゴミを食べさせたのだから、償いなさい。あなたの命でね」

 少女はカウンター越しにいた店員の首を掴んだまま、ゆっくりと持ちあげていく。ほどこうにも信じられない力で締めつけてくる。


「不思議。ちょっと前までは人間を食べたいなんて思いもしなかったのに……。いまはあなたのほうが美味しそうに思えてくるの」

 少女は狂気を瞳に宿して、舌なめずりをした。


 店員は床に背中を叩きつけられる。

「いただきます」

 店員は絞首(こうしゅ)されたまま、かすれた声で叫ぼうとする。だが、その声は少女の耳にだけ心地よく響くのみだった。

 腹を裂かれて臓物の消失した遺体が見つかったのはそれから夜が明けてからのことである。


   ■二■


 この世には(ゆう)()(もり)と呼ばれる異界が存在する。それはふいに現れて、そこへ偶然迷いこんだ生き物たちは幽鬼に取り憑かれて、やがては現世で鬼と化すという。


 鬼となった者は現世にて生き物を喰らうと言われている。それ故に古来より幽鬼の杜への門は神社を奉る者たちによって観測され続け、杜から這いでてくる鬼たちを屠ってきた。


 そして、今宵もまた一匹の鬼が現世へとその姿を現す。

 それはちょうど深夜をまわったころ。

 外灯がわずかな範囲をぼんやりと照らす。あたりはすっかり寝静まっていて、何かが散らかるような物音はやけに耳障りだった。


 そこには犬が何かをむさぼっている姿が目に入る。その周辺は赤い水たまり。傍には猫の生首が転がっていた。

 犬が足音に反応して顔をこちらへ振り向けてくる。その瞳は赤くたぎり、殺気がよく伝わってくる。


 幽鬼と化した者は瞳が真っ赤になり、凶暴性が増す。そして、目に映る生き物の臓物を糧にするために襲いだす。

 犬は「グルル……」といううなり声をあげて威嚇をしてくる。こちらを危険な敵と認識したのだろう。だが、もう遅い。


「っ……」

 この世の者でない鬼を屠るには(れい)(とう)を用いる。鞘と柄は霊木で造られ、抜けば白銀の短刀が姿を現す。その刃は外灯の明かりでなくとも星明かりだけで白銀の輝きを放つとされている。


 その謂われは巫女が(きゆう)()の狐を自らの体に封印し、諸共を肉体ごと鉄にしてしまったという。それを鍛えて短刀にしたという話だ。

 故にその刃は鉄にあって鉄にあらず。


 よって生身の肉体を断つことは叶わぬ。

 ただ(とこ)()とその境の住人のみを切り裂く凶器。

 その刃の()()は末梢され、いつの間にか()(みよう)と呼ばれるようになった。この世に二振りとない霊刀である。


 犬はその刃を見て、威嚇するのをやめる。代わりに歯を剥きだしにした状態で姿勢をグッと低くして、いつでも襲いかかる体勢にする。どうやら相手を明確に敵と認識したようだ。

 無銘は古来より存在した。

 鬼を屠るための鋭利な刃。


 その刃を扱う者は戦巫女と呼ばれる。

 戦巫女に向かって犬が跳びかかる。口を開けて、のど笛に狙いを研ぎ澄ませる。

 だが、少女が退くことはない。


 すべては(うつし)()のため。常世との宿縁を断つため。

 彼女たちは刃を手に取るのだ。

 跳びかかってくる犬の顎を蹴りあげて、さらに回し蹴りで追撃。そのままま地面に叩きつける。


 犬の呻き声をあげたところでさらに腹に蹴りあげて宙に浮かし、首を見せた瞬間を狙って刃を振りかぶる。

 ごとりと地面に犬の首が転がる。その下の体は地面を無造作に転がっていった。

 首を切り落とされた胴の切断面からは血しぶきが花火のように噴きでていた。


 巫女の足元には犬がつけていた首輪が落ちていた。そこにはタグがついておりヨウタと書かれている。きっとこの犬が普通の犬だったときの名前であろう。

 だからといって、巫女は特に感慨も見せることなく、その首輪を見おろしていた。


お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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