婚約破棄をしたい王太子と婚約破棄をされたくないヤンデレ婚約者
(*´Д`*)頭からっぽにしてどうぞ〜
*全年齢対象のため、ヤンデレ表現はマイルドになっております。あらかじめご了承ください。
煌びやかな王宮の舞踏会で、それは突然に行われた。
「アリアンヌ侯爵令嬢!君との婚約は破棄させてもらう!」
「ラプラーズ様……!」
2人は幼い頃から婚約を結んでいた。
王国中の誰もがこの2人はきっと添い遂げるだろうと思っていた。
しかし、王太子であるラプラーズはこの夜、長年の婚約者であるアリアンヌへ婚約破棄を叩きつけたのだった。
「……なぜ、なぜですか。ラプラーズ様。
わたくしは、あなたに相応しくあろうと、15の年から王宮で学び、あなたに尽くしてまいりましたわ……!」
「そなたの献身は、痛いほどこの身に伝わっている。だからこそ、婚約を破棄する」
美しい顔を歪ませながら、ラプラーズが告げる。
気がつけば楽団の音楽も止まり、周囲の貴族たちも踊るのをやめて、息を呑んで2人の会話に耳をそばだてた。
「……嫌。嫌ですわ。
わたくし、ラプラーズ様をお慕い申し上げております!」
突然の婚約破棄に動揺したアリアンヌは、紅潮させた頬に大粒の涙をこぼした。
その涙が足元に落ちる。
周囲からはアリアンヌを擁護するような声が囁かれた。
「あれほど尽くされているのに……」
「アリアンヌ様がお可哀想だわ……」
はっとしたように、アリアンヌが顔を上げた。
「ラプラーズ様!まさか、あのルイーゼなどという男爵令嬢を妃に迎えるつもりですか?」
「なぜアリアンヌが彼女のことを知っているんだ……?!」
「そんな……!あぁ、ラプラーズ様を信じておりましたのに……!」
はらはらと泣き崩れるアリアンヌ。
その頼りない肩をそっと抱き寄せて、隣に並び立ったのは、侯爵家に養子として迎え入れられたファルガーだった。
「殿下。義姉は精一杯に殿下に尽くしてまいりました。
どうか一時の気の迷いで、婚約破棄などなさらないでください」
「……ファルガー」
「義姉さん、僕はいつだって義姉さんの味方だよ」
肩を抱き寄せたまま、アリアンヌを励ますように優しい声で話しかけるファルガーを見て、ラプラーズは苦いものを噛んだように顔をしかめた。
その時、ひとりの令嬢が取り囲む人々の輪からゆっくりと歩み出た。
すっと腰を落として、礼をとる。
「……ルイーゼ男爵令嬢、許す。こちらへ」
「はい、ラプラーズ殿下」
「そんな、ラプラーズ様を信じておりましたのに……」
さめざめと泣くアリアンヌに、ラプラーズは冷たい声で答えた。
「はっ!そなたがそれを言うのか。裏切られたのは私の方ではないか!」
「いいえ!いいえ!わたくしはラプラーズ様だけを思ってまいりました!裏切ってなどおりません!
朝起きる前から、就寝された後まで……すべてのラプラーズ様を見つめておりましたもの!」
「語るに落ちたな!アリアンヌ!嘘を吐くようなら婚約破棄をされても仕方がないと賢いそなたなら、分かるであろう!」
ラプラーズは勝ち誇ったようにアリアンヌに人差し指を向け、会場全体に響き渡るような大声で言い放った。
「睡眠時間は毎日7時間はとると約束したであろう!
約束を破ったから婚約破棄だ!」
「そ、そんな!ラプラーズ様!」
成り行きを見守っていた周囲の貴族たちから、疑問の声が漏れ始めた。
「え?アリアンヌ様、毎日7時間眠る生活じゃないですよね?」
「むしろ寝てないんじゃないか?」
ざわざわとした声を聞いたラプラーズは、さらにアリアンヌを責めたてた。
「ほらみろ!王宮に出入りしているだけでもアリアンヌの行動時間の長さは知れ渡っているではないか!」
「いいえ!ラプラーズ様の寝顔を見られれば2時間の睡眠でも4倍の効果がもたらされるので、実質8時間ですわ!」
「2時間は実質2時間だ!
そもそもなぜ毎朝私の寝顔をじっと見ているんだ!」
「え?!お気づきでしたの?!」
「朝の暗がりの中で、まばたきせずに私を見つめている人影がいれば気がつくに決まっておろう!
寝起きからの恐怖体験だったぞ!」
「だって、ラプラーズ様を見つめていられる時間は、まばたきする一瞬でも惜しいのですもの」
「それにわざわざ男装をして侍従に紛れ込み、毎朝私の脱いだ夜着を持ち帰っていたであろう!」
「だって、日中はご政務などがありますでしょう?ラプラーズ様に会えない時間を埋めるためには、一晩かけて染み込んだラプラーズ様の体臭を嗅がせていただかないと……」
「それは変態行為にあたると思うのだが」
「愛ゆえですわ……」
「頬を染めないでくれ。やめてくれと言っているんだ。本当に困るからやめてくれ」
頭が痛むのか、ラプラーズは額に片手をあてると、さらなる被害状況を語り出した。
「それに同じ王宮にいるからと、そなたが私の食事とお茶のすべてを用意しなくてもいいと何度も言っただろう」
「いえ、ラプラーズ様のお体を構成するものは、わたくしにご用意させてくださいませ」
「それに妃になるための教育と博士たちとの勉強会と、事業内容の会議と、多忙なスケジュールの中、私のところまで毎回走って来なくてもいいのだぞ?」
「大丈夫ですわ。王宮に来たばかりの頃よりも、早く走れるようになりましたもの!」
「かかとの高い靴で、裾を持ち上げながら全力疾走で護衛騎士たちより早く走らないでくれ!転んだら危ないし、護衛騎士たちの護衛の意味がない!」
「わたくしのラプラーズ様への愛は、誰にも負けませんわ!」
「それに私が眠ってから、部屋に忍びこんで時々30分ほど添い寝をしてくるだろう……。
あれ、本当にやめてくれないか」
「そんな……。わたくしが添い寝をしていたこともご存知だったなんて……!
もしや……わたくしに添い寝をされてご不快な気持ちにさせてしまったのですか……?
それは、申し訳」
「違う!真夜中にいい匂いがすると思って目を開けたら、そなたが無防備な姿で隣にいて……触ってしまいたい衝動を堪えるのが地獄のようで……」
「ラ、ラプラーズ様……!」
ぽっと頬を染めたアリアンヌに、ラプラーズは慌てたように言い返した。
「ほ、ほら!その顔!さっきも私が婚約破棄を突きつけた時にしてた!」
「『婚約破棄を告げるいつもと違う雰囲気のラプラーズ様萌える』と思っておりましたの。申し訳ありませんわ」
「そ、そんなことはどうでもいいから!
王宮に来てから、2年も経っているのに、ぜんぜん体調管理ができていないじゃないか!このままだとアリアンヌが倒れてしまう!婚約破棄をするから侯爵家に帰って、妃教育など忘れて、よく眠ってよく食べて、ゆっくり休んでくれ!」
すると、今まで黙ってアリアンヌの隣りに立っていたファルガーが、すっと片手を挙げた。
「ラプラーズ殿下。申し訳ありませんが、義姉を殿下から物理的に離してしまうと発狂する可能性が高いので、お断りいたします」
「あぁ、ファルガー。さすがわたくしの義弟。わかってくれるのね」
親愛の笑みを浮かべたアリアンヌが頼もしそうにファルガーを見上げた。
ファルガーはアリアンヌと目を合わせながらにっこりと笑うと、こう言った。
「義姉さんのことは誰よりも分かっているよ。
『ラプラーズ様と離れるくらいなら、ラプラーズ様を殺してわたくしも死にますわ』ってよく言っていたものね」
「ちょっと待て。私は知らぬところでアリアンヌに殺害予告をされていたのか?」
恐れ慄くラプラーズの額から、一筋の汗が流れた。
「それにそもそも殿下だって、義姉の体を心配するくらいに好意をお持ちであるのなら、婚約破棄はされない方がよろしいかと。
あと、僕もそろそろ婚約者を見つけて結婚の準備をしたいので、こんな病的な小姑が家にいても困ります」
「それが本音か」
「はい」
呆れたようにファルガーを見たラプラーズは、控えていたルイーゼ男爵令嬢を振り返って言った。
「なぁ、私の婚約者がヤンデレすぎて怖いんだが」
「いえ、まだまだ序の口でございます。わたくしめの調査内容をここで申し上げてよろしいでしょうか」
「それはアリアンヌの働きすぎを指摘するものか?」
「はい」
「許す。述べよ」
「では、失礼いたしまして」
そう言うと、ルイーゼ男爵令嬢は胸元からおもむろに書類を取り出した。
「偽装乳の正体でございます」
「……そういうのいいから」
「はい。では申し上げます。
まず朝は殿下が起床される前に身支度を整え、料理の指示をした後は、侍従になりすまして寝室に忍びこまれておりました。
そして、殿下の着替えをガン見されてから、夜着を回収してすーはーすーはーした後、殿下と共に朝食をとられております。
その後、殿下のお手洗いの様子を窺い、健康状態を把握したのち、ダッシュで妃教育に向かい、お茶の時間に合わせて王宮内を風のように移動し、殿下の元へ向かいます。その間に昼食の指示を出し、殿下のために立ち上げた商会との打ち合わせを」
「ちょっと待て。商会?聞いていないぞ」
「はい。以前申し上げましたが、信じてくださいませんでしたよね。殿下。
アリアンヌ様は、殿下が口にされる食べ物すべてと、食器、衣服、家具、寝具、宝飾品など、殿下に関わる品物すべてを取り扱えるように様々な商会を立ち上げられております。その数は今朝の時点で23。
下請けなども含めますと、王国内の就業人口の約8割が関わっており、一大アリアンヌ産業となっております」
「説明が面倒になってないか?ルイーゼ男爵令嬢よ」
「それとわたくしめの正体にも気がついておられます」
「何だと?!」
驚いたラプラーズはアリアンヌを見た。
アリアンヌは、「ラプラーズ様、わたくし、信じておりましたのに」と、はらはらと泣き始めた。
アリアンヌ産業の影響力の大きさをすでに知っていた貴族たちは、囁き声で話し始めた。
「今の王国内の経済がこれほどまでに豊かであるのは、アリアンヌ令嬢の力だというのに、殿下は他の女を妃に据えるなど世迷いごとを」
「アリアンヌ様のプロデュースされた商品がどれほどの輸出額を叩き出しているのかをご存知ないのだろうか」
ざわざわとラプラーズを非難する声が満ちていく中、アリアンヌが涙ながらに叫んだ。
「まさかラプラーズ様が、男性の方を望まれるなんて……!」
「違うぞ!アリアンヌ!」
「はい、わたくしめはラプラーズ様直属の隠密で、ルイーゼ男爵令嬢は仮の姿で本当は男の子です」
4人を取り囲んでいる人垣の中から、女性たちの声で「女装男子萌える……!」と堪えきれないように呻くような声がいくつか漏れ聞こえた。
「隠密女装男子とラプラーズ様のラブロマンスは、薄い本でなら喜ばしいことですが、まさか現実のことになるだなんて……!ラプラーズ様は生粋の女好きだと信じておりましたのに!」
「誤解を生みそうな言葉を使うでない!
それと、なぜ隠密女装男子と知っているのに、私の相手だと思い込むのだ!アリアンヌ!」
「……違うのですか?」
ファルガーの差し出した手巾で涙をそっとおさえたアリアンヌは、ラプラーズを見つめた。
「違うに決まっている!
そもそもアリアンヌが体を労る生活をしないから、心配になってルイーゼに見張らせたのだ!」
「……だって、わたくしのラプラーズ様中心の生活は変えようがないのですもの。ラプラーズ様に関わることはすべてわたくしが用意して差し上げたいし、同じ王宮にいるのなら、会いたくて仕方ありませんもの……」
「アリアンヌ……だが、それでそなたの体が壊れてしまうようでは、私は婚約を続けていくことはできそうにもない。国王陛下もこの婚約破棄には賛成をしてくれた」
「そんな、ラプラーズ様……」
ほろほろと涙を流すアリアンヌの肩に、ラプラーズはそっと手を置いた。
「それならばこれからは毎日、7時間は眠る生活を送るのであろうな?」
「それは無理ですわ。ラプラーズ様の寝顔を朝晩と見守らなければ、もう生きてはいけませんもの」
きっぱりと答えたアリアンヌに、ラプラーズは口元を引き攣らせて固まった。
その時、それまで沈黙を守っていた国王が壇上から厳かに声をかけた。
「ラプラーズよ。余は婚約破棄に賛成をしたわけではないぞ」
ラプラーズは壇上を見上げて言った。
「そんな!父上はおっしゃったではありませんか!婚約破棄をするつもりだと伝えた時に」
「いいや。やってみればよいと言っただけだ。どちらにしろお互いに好き合うているのに、婚約破棄になるわけがあるまい。のう?ルイーゼ隠密女装男子よ」
「はい。アリアンヌ様はラプラーズ様を唯一の方として愛されております。そしてラプラーズ様も同じように愛されているかと」
「か、勝手なことを言うな!ルイース!」
「おや、わたくしの男爵令嬢での名を忘れるほどに動揺されるとは。大当たりでございますね」
「よい、ルイース。ルイーゼとして得た情報の中で一番威力のあるものを言うがよい」
「はい。それならば、消毒について述べさせていただきます。
ラプラーズ様が夜会のたびに、社交の一環として他の令嬢方と踊られるのですが、その後に行われる2人だけの秘密の作業があります。まず、必ずアリアンヌ様がラプラーズ様の手袋を奪い取り、すぐに手を洗わせております」
「ルイース!やめろ!それ以上は」
慌てたように隠密女装男子の口を手で押さえようとしたラプラーズは、一瞬で近づいたアリアンヌに手を取られて止められてしまった。
「……女装であっても、必要もなく他の女に触ろうとしないでくださる?」
光の消えた瞳で、アリアンヌが言うと、ラプラーズは黙った。
その隙に、隠密女装男子は続けて言った。
「そして、アリアンヌ様がラプラーズ様の手を拭かれた後に、消毒と称して他の令嬢が触れたところすべてに口付けを落とされていきます。
両手指の一本一本すみずみはもちろんのこと他にも」
「それ以上は言うなぁ!!」
「と、まあ、こんなふうに毎回真っ赤な顔をして、ラプラーズ様はアリアンヌ様の消毒を受けておられます」
表情を変えないまま、隠密女装男子ルイースは淡々と国王に答えた。
それを聞いた貴族たちは、「まあ、なんと仲の良い」「やはりラプアリではなく、アリラプですわね」「素敵……わたくしも見てみたいわぁ」と、微笑ましく囁き合った。
その貴族たちの反応を見た国王は、満足気に頷いた。
「それくらいで照れるな、ラプラーズよ」
「簡単に言わないでくださいませんか?!婚約者といえども手を出さないように自制する生殺しの辛さがどれほどのことか……!」
羞恥心で真っ赤になったラプラーズが言い返すと、国王は重々しい口調で言った。
「ふむ……。ならば、アリアンヌと寝所を同じにすれば良いではないか」
「は?」
「まぁ……!」
目を点にするラプラーズと、頬を染めるアリアンヌ。
「さすれば、アリアンヌは毎日朝晩とラプラーズの寝顔を見るために睡眠時間を削る必要もないだろう。
それにアリアンヌの睡眠時間はラプラーズが管理して、隣りで見張ればよい。
なぁに、子が出来たとしても生まれる前に婚姻の儀を済ませれば良いのだ。他国へのお披露目も含めての披露会に無理やり日付けを合わせる必要もあるまい。
どうだ?名案であろう」
にやりと笑う国王に、隣りで静かにことの成り行きを見守っていた王妃が口を添えた。
「さようでございますね。遅かれ早かれ子はできるでしょうから。
ラプラーズ、アリアンヌ、励みなさい」
「はい……!頑張りますわ……!」
「やめてくれ……!恥ずか死ぬ……!」
使命感に満ちた顔をするアリアンヌと、首元まで真っ赤になって俯くラプラーズ。
国王と王妃は、正反対の反応をする2人を見ながらにこにこと楽しそうに笑った。見守っていた貴族たちも生暖かい目で、2人を見て微笑んでいる。
こうして婚約破棄はその場で破棄された。
そして、和やかに舞踏会は再開され、言祝ぎの言葉で夜は満ちていった。
その後、つつがなく婚姻が結ばれ、ラプラーズは末永くアリアンヌの重めの愛に包まれながら、幸せな一生を送ったのだった。
ラプラーズ「そなたはなぜ、ルイーゼ男爵令嬢が隠密女装男子のルイースと気がついたのだ?」
アリアンヌ「王宮内を疾走するわたくしについてこられる人物は、ルイースしか知りませんもの」
ラプラーズ「そもそも……なぜ、隠密のルイースを知っているのだ?」
アリアンヌ「王宮内にいるすべての人を把握しております(ラプラーズ様に害をなす輩は即排除しております)から」
ラプラーズ「そ、そうか……」
アリアンヌ「はい(にっこり)」