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09話 タダ働きなんてクソ

 金貨の両替から帰ってきたヴェイグに萌美がかけた言葉は「娼婦が足りないんだけど」だった。


「いきなり何の話だよ。頭大丈夫か? まさかお前、そっちだったか?」

「そっちじゃねえし。前に話したろ? 2階で娼館やるって」

「いや、聞いてねえが?」

「じゃあ今聞いたな。2階で住み込みの娼婦雇いたい、てか商売させたいから連れてきて」


 上司にしたらいけない人間ベストスリーに入るくらいの理不尽である。

 ダンジョンは黙って言うことを聞くがヴェイグは人間だ、文句のひとつくらいも出るだろう。


「おお、そういうことか。良いぜ、知り合いに声かけてくらあ」

「頼んだ」


 ヴェイグの物わかりの良さに驚くことも無く、萌美は酒を飲んでいた。

 そう、この女、朝から酒をかっくらっているのである。

 褒められる点は服を着ていることくらいだろう。


「あ、ヴェイグちょい待ち。これ娼婦たちにやる金。昼と夜はウェイトレスとかさせたいからその賃金」

「気前よすぎんだろ。でも預かっとくぜ」


 萌美から渡された巾着袋を懐にしまい、ヴェイグは店を出て行った。


 1人残された萌美はまず金貨を吸収し、そして生成した。

 ヴェイグが持ってきた金貨は、色や形が悪く金本来の輝きも無い。

 純金で作ったコインは眩い輝きがしていたのに、と萌美は少しだけ不満に思った。


 しかし少ない金の量で金貨が量産できるのは、歓迎すべきことであった。

 侵入者も金貨が手に入って嬉しい、萌美も安く餌ができて嬉しい。


「まあ餌用意しても肝心のダンジョン作ってないんですけど」


 もう面倒くさいので作らなくて良いのでは? と萌美は考えた。

 この酒場の人気が出て、人が増えればそれでマナは足りそうだ。

 人の感情エネルギーなんて『酒! 肉! セックス!』を提供すればいくらでも湧き出すものだ。

 店を大きくしてダンジョンに続く穴を開けまくり、地上の支配領域を広げてマナを稼いだ方が簡単だろう。

 この金貨は周辺の土地を買う金にしよう、そう萌美は決意した。


「まずは娼婦さんたちの衣装とか用意しようかな」


 酒場といえばビール、ビールといえばオクトバーフェスト、という萌美の安直な考えから、娼婦が着る衣装は決まった。

 膝丈のスカートに胸元が大きく開いた半袖シャツ、胸を強調するコルセットにエプロンという組み合わせの、ディアンドルという民族衣装が生成された。

 細かいサイズや色は娼婦が来てから決めることにして、生成した衣装は萌美が見本として着る。


「あとはやっぱセクシー下着よな。いっぱい用意しよ」


 セクシーの基準は萌美がエロいと思うかどうかである。

 萌美の嗜好(しこう)傾向は『シースルー』、『ローライズ』、『ベビードール』。

 素っ裸より透けてチラチラ見える方がエロい、と裸族の萌美のお墨付きなのだ。

 シースルーローライズショーツに、シースルーベビードールの組み合わせはとても扇情的(せんじょうてき)である。


 これは色やレースなど様々な種類をひとりあたり20種類は用意してある。

 ドワーフならできるだろう、という萌美からの謎の信頼により、装着者にフィットするセクシー下着が完成した。


 衣装もこれで作れば良いのでは? と人数分の衣装も生成してしまう。

 ひとり5着、色はそれぞれ同じ系統のものだがデザインが微妙に違う。

 萌美が色で人を覚えようとしたためである。

 赤の人、青の人、と区別しようという魂胆なのだ。

 たしかに覚えやすいだろうが、とても失礼な女であった。


 酒場のテーブルが8台あったので、それぞれの色別に衣装と下着を置いていく。

 娼婦たちに好きな色を選ばせるために、衣装のひとつはわかりやすいように広げてある。

 色は赤、青、黄、紫、緑、白、水色、ピンクである。

 ちなみに萌美が着ているのは茶色だった。


 萌美が準備を終わらせ、さて次は何をしようかと思っていたところに、ちょうど良くヴェイグが帰ってきたことを知らせるドアベルが鳴った。

 ドアを開けて入ってきたヴェイグが萌美の姿を見て、目を丸くする。


「オーナー、なんだその服は」

「これ? ここで働く女たちの制服だよ」

「オーナーも働くのかよ?」

「あたしはただの見本だよ。働くわけ無いじゃん?」


 奉仕、接客、労働。萌美の嫌いな言葉だ。

 ヴェイグの後ろにいた女たちが萌美の言葉を聞いて我先にと入ってきた。


「あんたがオーナーかい?」

「ウチもこの服着れるの?」

「わあ、きれいだね」

「お腹空いた」

「はぁ~、美人さんね、あなた」

「めっちゃ良い匂いするんだけど!?」

「なにこれー、きれいな服」

「素敵ですね」


 女3人寄れば姦しいとは言ったもので、8人も寄れば聖徳太子でもなければ全員の話を聞くことなど不可能なのである。

 なので萌美は最初から女たちの話を聞いていなかった。

 しかし、全員が亜人や獣人と呼ばれる種族のため、ジッと観察はしていた。

 初めて見る生異世界種族なのだ、思う存分凝視もする。


「はいはい、聞いてねー。あたしがこの店のオーナーである金田です。あんたらにはこの2階での住み込みでの娼婦と、酒場での給仕をお願いするよ」


 さっきまでうるさくしていた女たちは全員黙り、真剣な顔で話を聞いている。

 前金で大量の銀貨をもらい、住居と服を支給されるのだ。オーナーである萌美の反感は買いたくないのであろう。


「酒場で給仕しながら客を探すのも良いし、ひたすら給仕だけしても良い。食事は朝昼晩ついて、休みは交代で週に2日。娼婦としての売り上げは全額そちらの取り分で、給仕は1日につき、えーと、ヴェイグ、相場は?」

「……こんなに良くしてんだからタダで良いんじゃねえか?」

「働いたら報酬が貰えるのは当然の権利だ。タダ働きなんてクソみたいなこと言ってんなよ」


 労働が嫌いな萌美は、タダ働きやサービス残業に並々ならぬ憎しみを抱いている。

 過去にブラック企業で働いた経験が、萌美を歪ませてしまったのだ。

 1人の人間を捻じ曲げる、ブラック企業はまさに社会のゴミである。


「わかったよ、オーナーがそれで良いってんなら俺は何も言わねえ。相場は1日半銀貨じゃねえか?」

「その銀貨で何が食える?」

「あー、パンが1個買えるぞ」

「安すぎんだろ。パン1個500円だとしたらその10倍は必要だ」

「おいおい、そりゃ……いや、俺は何も言わねえんだった。じゃあ1日に、えーと半銀貨10枚で、小銀貨5枚だな」


 この世界のエリート職である衛兵の日当が大銀貨1枚ほど。

 小銀貨は12枚で大銀貨1枚となるので、酒場の給仕だけで小銀貨5枚は破格の給料と言えた。

 現代日本の円に換算すれば、エリート衛兵が日当1万2千円、酒場の給仕が日当5千円である。


「娼婦として客から貰う金も高めに設定すること。うちは高級娼館を目指してるんでね。ヴェイグ、相場は?」

「あー、安くて小銀貨3枚、高くて大銀貨1枚ってとこだな」

「じゃあウチは大銀貨2枚だ」

「おいおい、そいつは無茶……いや、オーナーがそれで良いなら良いんだった」


 萌美の言葉に女たちは息を呑んだ。

 なにせその日を生きるために小銀貨1枚で身売りをしたこともある人間だ。

 この街では根無し草の路上生活者など、その程度の価値しかないのだ。

 毎日男を掴まえて連れ込み宿に泊まらなければ、安眠できる場所も無い。

 生きるか死ぬかの毎日を繰り返していた自分に大銀貨2枚も払う価値などあるのだろうか?

 女たちの内心はそんな不安でいっぱいになっていた。


「はいはい、そんな心配そうな顔しなさんな。これからあんたらには存分に女を磨いてもらうから。あたしのスペシャルエステを受ければ、どんな醜女(しこめ)でも別嬪(べっぴん)になるから心配いらないよ」


 萌美が「それにあんたら素材は悪くなさそうだし」と続けると、女の何人かが顔を赤らめた。

 傍目(はため)に見れば美人な部類の萌美からそう言われれば、そうなのかもという気になってしまうというものだ。

 萌美と別れたたくさんの男たち同様、中身のダメさに気が付いて幻滅しなければいいが。


「はい、ということでまずは制服選びから。好きな色のを選んでね。喧嘩はしないこと」


 萌美がテーブルの上に乗った衣装を手で示すと、女たちがおずおずといった様子でそれに近づいていった。

 女たちが時折萌美の方へ伺うようにして視線を送るので、安心させるようにして頷いて返す。

 途端に元気になった女たちは、店に入ったばかりの姦しさを取り戻し、きゃいきゃいと服を選んでいく。


「あたいはこの色が良いなあ」

「透けてるのは何かな?」

「さらさらしてる」

「触り心地良いね」

「白は汚れちゃうかな」

「ウチ白がいい!」

「私は水色でも良いですか?」

「奥の鍋からめっちゃいい匂いするんだけど」


 女たちの様子を観察する萌美はひとつのことに気が付く。

 子供がおる、と。


「もしかして小さい子は子供じゃなくてハーフリングか? てか全員が違う種族なのな」

「この町は亜人が下に見られる傾向が強くてな。中でも高級住宅街のヤツラからはオーガやオーク、ゴブリンなんかは人扱いすらされねえよ。小さいのはハーフリングとドワーフとゴブリンだ」

「ゴブリン可愛いな、おい」


 成人でも子供ほどの背丈しかなく、肌は褐色で瞳孔が縦に割れた金の瞳と金の髪を持ち、尖った耳と額に小さな角を2本持つのがゴブリンだ。

 オークは青白い肌に黒髪、側頭部から2本の角を生やして、長身でムチムチしている。

 オーガは赤みがかった肌に赤髪、額に1本の角を持ち長身でムキムキである。


 ちなみに、この世界で珍しい長身でスタイルの良い萌美は、黒髪なのもあってオークの仲間だと女たちに思われている。

 ドワーフだと言っても誰も信じることはなさそうだ。


「亜人の娼婦が大銀貨2枚なんて無理だと思うがなぁ」

「別に無理じゃないだろ。まあ見てろって。あたしが魔法をかけてやるから。それにヴェイグもなんとかしてやりたいからここに連れてきたんだろ?」

「まあな。つうかなんとかできるのか、オーナー。連れてきた後で言うのもなんだが、こんなことまで任せちまって良いのか」

「任せとけっての」


 まずは風呂に入れて身奇麗にさせることからだ。

 萌美は未だに服の前できゃあきゃあ騒ぐ女たちへ「まだかー」と声を掛けた。

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