08話 金、ゴールド、魔性の金属だぁ……
掘削マシーンから金鉱脈を見つけたと情報が入ってきたのは、萌美が惰眠を貪っていたときだった。
「よっしゃ、でかした! でもその先に別の鉱脈あるの見つけたから半分はそっち行って」
掘削マシーンにより採掘される金が、どんどん亜空間ストレージへと貯まっていくのがわかる。
「金、ゴールド、魔性の金属だぁ……」
恍惚とした表情で金をこねくり回して遊ぶ全裸の29歳野生児の姿がそこにあった。
全部の指にリングをはめ、ブレスレットやぶっといネックレスをジャラジャラとつける。
萌美の積年の願いが叶った瞬間であった。
「はぁ……ずっとこうしてたい。こうしてよ」
砂金に埋もれながらウトウトし始めた萌美だが、背中に激しい悪寒を感じ飛び起きた。
掘削マシーンからも緊急事態の報告が入ってくる。
「なになに!? うわ、すっごい数の侵入者……どうゆうこと?」
意識を掘削マシーンへと向けると、数台が濁流に押し流されていた。
金鉱脈も水没し、水に飲み込まれた掘削マシーンが身動きできずにいると、巨大な魚が現れガジガジと齧りはじめた。
「……あ! 湖の底に穴開けちゃったってこと? うわ、どうしたらいいのこれ。とりあえず掘削マシーンたちは皆吸収して、と」
大型の魔物や肉食魚、おぞましい見た目の蟲などを引き連れて、水が勢い良く地下通路を流れていく。
「んー、通路は勾配つけて掘ってるから水はここまで上がってこないと思うけど。てか穴でかいな。通路も水の勢いで削れたってこと?」
縦横3メートルの広さの通路が、湖の底付近は縦横10メートルくらいには広がっていた。
「水の圧力? んー、ウォーターカッターとかそういうことかな。ちょっと試してみよ」
超高圧力をかけた水を金鉱脈へ向けて射出するように生成する。
すると面白いくらい簡単に岩壁が抉れて水中に散っていく。
「これは良い! 効率が良いと楽しくなるね」
高圧水の射出口を数万ほど生成し、一気に壁を削り取っていく。
萌美がなんとなく念じるだけでダンジョンが全てやってくれるので、なんとも気楽なものである。
既に亜空間ストレージ内には純金がトン単位で貯まっている。
何の変哲も無い石からすら金を抽出するのだから、当然ともいえよう。
あらゆる物を元素単位まで分解し吸収する、ダンジョンのとても有り難い機能であるが、萌美がそれに気が付くことは無い。
「あ、次の鉱脈には水没してないところから別ルートで掘らせないとかな。この水圧ジェット機能もつけてしまおう」
亜空間ストレージ内で掘削マシーンを改造していく。
四輪駆動は8脚駆動に、2本のドリルは4本の水圧ジェットに。
ジェット用の水は常に高圧のものが生成され、電源は常に燃料が補給される小型発電機を背負っているので充電の必要は無い。
10台の掘削マシーン改たちを、水没していない通路へ生成し、鉱脈へ続く通路を掘らせる。
「ん、待てよ。違う方向になんかよくわかんない鉱脈の反応がある……?」
萌美のダンジョンから北に掘り進めた所に湖がある。
それとは逆の南側にも、金鉱脈に匹敵するくらいに勘がざわつく鉱脈があった。
「でもなー、やっぱ金が良いしなー。そっちには1台だけまわそうかな」
1台でも縦横3メートルの通路を、分速1メートルは掘れるので問題はない。
むしろ残り9台でひとつの通路を掘る方が非効率的だが、萌美がそれを知る由はなかった。
「あ、そうだ。地下通路の中の水沸騰させて1回全部殺そう」
恐ろしいことを平気で言う萌美だが、これには理由がある。
ダンジョン内で死んだものを吸収すると、マナを使い召喚ができるようになるのだ。
そうすれば自分の支配下に置くことができるので、安心なのである。
ダンジョンの環境設定による水温上昇で、地下通路から湖までの水全てが沸騰して蒸発する。
大量殺戮を成した萌美は特に何も気にした様子は無く、なんなら「マナ美味えー」とか言ってる始末である。
生き残った大型の魔物にも高圧ジェットでトドメを刺し、全てを吸収する。
湖の水を生成して戻し、今殺したのと同じ数だけ召喚していく。
持ち合わせのマナや素材は減るが、生態系を維持して暮らしてもらった方が後々得をするのである。
やり方はいたって簡単で「今殺したやつ全部召喚」と言うだけだ。
超極小の微生物から超巨大な生物まで、数京匹の生き物を萌美は特に何も考えずに召喚するが、それは全てダンジョンの能力が何とかしてくれているおかげなのである。
「トカゲ人間っぽいのとか、めっちゃでかいサメっぽいのとか、あの湖怖すぎるだろ」
他にも乗用車サイズの海サソリのようなものや、巨大な触手生物など、海洋恐怖症の人からしたら発狂物の湖だった。
水自体の魔素も濃厚なため、湖周辺にもこの水を求めて様々な動物や魔物が集まり、日夜縄張り争いを繰り広げている。
この湖の底に巨大な穴をあけたのは、結果的に大正解であった。
地上の支配領域の広さとダンジョンに通じる穴の大きさは比例するのだ。
「あとは水中タイプの掘削マシーンも作ってお任せしよ」
小型の潜水艦のような見た目で、高圧ジェットアームが10本ほど付いた掘削マシーンの完成だ。
岩や鉱脈を削った分だけ水が放出されるので、湖のかさが減ることも無い。
全てダンジョンによる微調整のおかげだった。
「はあ、ゴールドラッシュたまらん……。こんな大量の金、どうしよっかな……」
砂金の上に転がる全裸女が、「ハッ」とした顔をして起き上がった。
「これ、人を呼び込むための餌にするつもりだったんじゃん。うわー、あげたくねー」
この金は自分が苦労して集めたものだ。
それを他人にあげるのは納得がいかない。
実際は掘削マシーンとダンジョンにお任せなのだが、萌美の中ではそういうことになっている。
「でもなー、お金ないのつらいよなー。皆でハッピーが1番良いのはわかるんだけどさ」
誰もが楽をして稼ぎたいと思っている、と考えている萌美は、勝手に仲間意識を生やしてまだ見ぬ侵入者に同情を抱いていた。
そして気が付く。「あたし別に苦労してないしあげても良いか」と。
苦労しているのは掘削マシーンとダンジョンの機能であって、萌美は酒を飲み寝転がっているだけだとようやく気が付けたようだ。
「となったら金貨作って宝箱に入れるかー? 数枚を小袋に入れて魔物に持たせる? あ、ていうかこの街で使われている金貨の形知らないや。ヴェイグも持ってないしなー」
であるならばまず金貨を得ることから始めなければならない。
萌美は面倒は嫌いだが、やらないで余計に面倒になるよりは先にやってしまいたい人間である。
なのですぐさま行動に移る。まずは気を引き締めるためにも服を着ることから。
階段を酒場まであがり、4個の鍋を忙しそうに混ぜているヴェイグに「おい」と呼びつける。
「おお、オーナーか。これめっちゃ良い匂いするぜ。もう食えるんじゃねえか?」
「牛モモシチュー以外はもう食べられるよ。そんなでかい鍋温めなおすのめっちゃ大変だから保温してんの。てかこれ」
カウンターにガチャガチャと音をさせて袋を置く。
中身は大銀貨500枚だ。
「これ両替して来てよ。全部の貨幣があると良いかな」
「おお、またすげえ量だな。全部っつうとルロ金貨が大中小半の4種、イキュ金貨が大中小の3種、カルス金貨が大中小半、4分の1、10分の1の6種で良いな?」
「よくわかんないから適当でいいよ。てかそんなにいっぱい種類あんの? 両替は一般的に使われて広く普及されてるやつでいい」
「おう、わかったぜ。今どきイキュ金貨は珍しいもんな」
「そうなんだ。よくわかんないから別にその話はどうでもいいや」
「おめえが振ってきたんだろうが」
知らない単位を覚えるのは面倒なことなので、もはや萌美の頭の中に金貨の名前など残っていない。
金の含有量によって、金貨の価値が違うという説明をヴェイグが親切心から話してくれても、もちろん馬耳東風であった。
「両替商が開くにはちっと早えから飯食ってからでもいいか?」
「良いよ、てかあたしにもくれ……いや、モーニングセット用意するからやっぱいい」
「お? またなんか作るんか?」
「朝はコーヒー、トースト、ベーコンエッグ、ウインナーって決まりがあるんだよ」
「コーヒーってのは知らねえが、ベーコンもウインナーもどうせ普通じゃないんだろう?」
「まあ見てのお楽しみだね」
カフェ店員の元彼の影響でハマったコーヒー作り。
サイフォンで淹れるコーヒーは喫茶店で飲むものと相違なく、萌美にしては珍しく元彼と別れた後も続いた趣味のひとつだった。
自分でコーヒー豆を焙煎したり、数多ある種類でオリジナルブレンドを作ったり、試行錯誤の末に最高の一杯を作り出し、気が付いたときには元彼とは別れていた。
趣味に熱中すると周りが見えなくなるから、たくさんの男たちに振られてしまうのだ。
山登りが趣味の男と付き合ったときは、何日も連絡が取れないと男が心配していたら海外の山に登っていたり。
釣りが趣味の男と付き合ったときは、毎晩夜釣りに出かけては朝まで釣りをして仕事中の男に自慢したり。
そういったことをするから振られるのだ。
そんな萌美が作り出したコーヒーは、深いコクと苦味が強めの、子供がひと口飲めば嫌いになる味であった。
「なるほど、豆を煮出すのか、香りが良い。この苦味は豆を炒ったからか?」
「お、わかる? これとこの豆を7対3で混ぜてミルで中挽きにすればこの味になるよ。この酒場の目玉のひとつにするから覚えてね」
娼館に泊まった者限定でこのモーニングが食べられるようにすれば、娼館を利用するものも増えるだろう。
1日8組分とヴェイグと萌美の分で約20人前用意するだけなので、ヴェイグの負担もそこまでではないと思われる。
ジョンソンヴィルのぶっといウインナー2本に、分厚いベーコン1枚と玉子をふたつ。
味付けはシンプルに塩コショウ、もしくはケチャップマスタード、その日の気分で変えれば飽きることはない。
トーストは外はカリっと中はモチっとした5センチ厚の食パン、もちろんバターはこぼれるくらいたっぷり。
申し訳程度にレタスとミニトマトを添えれば完成である。
これが『朝からガッツリモーニングスペシャル』だ。
萌美の中では全ての料理にこういった名前がつけられてしまう。
センスを疑いたくなる名前も多いが、本人はどこ吹く風、知ったことではないのだ。
バターをたっぷり塗ったパンに齧りつきながら、萌美は幸せそうな顔をしている。
その横ではヴェイグが料理の美味さに感動して打ち震えていた。
「うおお、塩が効いてて美味え……。つかこんな料理出してたらこの街で1番の店になんぜ」
「なってくれよ。経営は任せたからな、マジで」
人の育成や店の経営など、面倒なことは極力避けたい萌美であったが、掘削マシーンから上がってきた報告にしかめっ面をする。
街の地下に走る下水道の壁に穴を開けてしまったようだ。
臭気はダンジョンが吸収分解するので大丈夫。
小型の虫や動物が侵入し繁殖するのは歓迎するべきことだ。
そのまま下水道を横断する形で通路を掘り進めれば問題ない。
「うん、なにも問題ないな」
「あるわけねえだろ、こんな美味え飯に誰が文句言うんだよ」
「そうだな」
ヴェイグに適当に相槌を返してから考える。
下水道に流れる様々なものが浮かんだ汚水も、吸収分解してしまえば素材になるのではないか、と。
有機物の備蓄は少ないので、ここで一気に回収してしまうのも良いかもしれない。
しかし汚物が食事に変わるのだけは絶対に許さない、とダンジョンマスターである萌美が強く望んでしまったため、面倒な微調整をダンジョンが強いられるのであった。