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07話 お風呂屋さんにはお風呂がないとだし

 ペット小屋で待機していたたくさんの爬虫類たちに、餌用の虫とネズミ以外は食べないようにと言いつけ、ジャングルと砂漠へと放した。

 ニシキヘビの頭の上にイエアメガエルが乗って移動していたので、しっかり言いつけは守るようで萌美は一安心であった。

 大型の熱帯魚たちにも伝達しなければならなかったので「集まれー」と言うと池の水面にそれぞれが顔を出して整列するという現象が起きる。

 魚たちも萌美の言うことを理解している動きをしていて、ドワーフってすごい、と萌美の中のドワーフ株が連日ストップ高であった。


 ペットの問題が片付いたので階段を昇り酒場へとやって来た。

 店で出す料理をヴェイグへと教えるためである。

 そのヴェイグは壁1面にできた酒樽の棚の前でテイスティングをしている最中だった。


「おい、なんか気付いたらこれ置いてあったけど、めちゃくちゃ美味えな」

「あたし厳選だから当然だろ~?」

「ドワーフのお墨付きの酒がこんなにありゃ、客が殺到しそうだぜ……」

「来てもらわなきゃ困るからなー。つうか酒は後で好きなだけ飲んで良いから料理作るぞ」

「待ってたぜ」


 ヴェイグの目がキラリと光る。

 この男、料理に掛ける情熱が人並み以上である。

 萌美がもたらす未知なる料理に、好奇心が疼いて仕方が無い様子だ。


「まずは煮込み料理全部作るぞ。えーと、シチュー、カレー、チャウダー、ポトフの4種だ」

「おお、そんなにあんのか。腕が鳴るぜ」


 萌美も元彼の影響で料理が好きなので、ふたりで料理をするととても捗る。

 ちなみに使う材料は全て調理台の棚に分けて入れてある。

 買ってきたときと若干形の違う食材を見て、ヴェイグが(いぶか)しげな顔を作るが気にしないで調理を進めていく。

 萌美と付き合う秘訣は、色々とあまり気にしないことが大事なのだ。

 ヴェイグは直感でそれを理解したのだろう。


「オーナー、肉切ったぜ。拳くらいあるけどこれそのまま炒めるのか?」

「うん、全面に軽く焼き色つけるだけで良いよ。煮崩れないようにするだけだから」

「わかった。油は……これか」


 配置の変わった厨房に四苦八苦しつつ、ヴェイグは料理をしていく。

 萌美も薪や炭を使った料理はしたことがないので、少しだけもたついていた。


「しかし水がすぐに出るこれは便利で良いな」

「水道? キッチンには絶対必要でしょ」

「ドワーフってのは皆オーナーみたいに器用なのか?」

「ドワーフだから当然でしょ」

「すげえな、ドワーフ」


 ドワーフたちの知らないところで、ハードルがどんどんと上げられていく。

 きっとドワーフを知らない人が本物のドワーフに会ったらがっかりとした顔をしてしまうに違いない。

 萌美のやっているドワーフ布教は、誰も幸せにならない行為であった。


「肉焼けた? したら野菜と一緒に煮るよ。弱火で2日間煮るから」

「そんなにか」

「弱火で長時間煮ると、この肉がトロトロになってめちゃくちゃ柔らかくなるんだよ」

「想像したらヨダレが止まらなくなりそうだ」


 大量の塊肉を炒めていた巨大な寸胴鍋にトマト、セロリ、ニンジン、タマネギを放り込み、粉末状にしたローリエなどのスパイスも入れる。

 そこに赤ワインを5樽と水を具材がヒタヒタになるまで入れ、あとはひたすら煮込むのだ。

 ちなみに寸胴鍋のサイズは幅60センチ、深さ60センチの化物サイズである。

 約170リッターの水が入る、風呂釜とそう変わらない物だ。

 1リッターで約4人前だとすると、680人前のシチューが完成する。

 スコップのような木ベラでかき回す仕草は、もはや料理ではなく工事現場でモルタルを練っているようだ。


「炭だとずっと弱火でいけるか。なべ底が焦げ付かないようにたまに混ぜてね。あと最初は灰汁(あく)をしっかり取ること」

「わかった。水かさが減ったらどうするんだ? 焦げ付きそうだが」

「そのときは様子見しながら水を足して」


 あとは2日後に味の最終調整をすれば、『2日間煮込んだゴロッと柔らか牛モモ肉のシチュー』の完成である。


 続いて作るのは『トロトロとろける豚スペアリブのスペシャルカレー』だ。

 これは6時間ほどしか煮込まないのですぐにできる。

 シチューと比べたら全ての調理時間が短く感じることだろう。


 こちらも大量のスペアリブをヴェイグに炒めさせている間に、これまた大量の野菜を萌美が切っていく。

 タマネギだけで50キロも使う恐ろしい料理だ。

 調理は好きだが面倒が何より嫌いな萌美が、遂に禁断の(わざ)を使ってしまった。

 全ての野菜を最初から切れている状態で生成したのだ。

 最初からこれをやれば余計な苦労が無かったのでは? ヴェイグは(いぶか)しんだ。


 そして更に萌美は気が付く。

 ダンジョンの環境設定で寸胴鍋の中身の温度を一定にしてしまえば焦げないのでは、と。

 むしろ低温調理でめっちゃ美味い煮込み料理ができるのではないか、と。


「ヴェイグ、忘れてた。このでっかい方の鍋さ、ドワーフの秘伝で熱が一定以上に上がらないようになってたんだ。だから焦げないから気にしなくて大丈夫だわ」

「なんだよその夢みてえな鍋。ドワーフやば過ぎんだろ」

「ドワーフだからな」


 ドワーフだからできるのである。


 というわけで全ての鍋にそれぞれの材料を放り込み、放置するだけで完成だ。

 鍋の中身の温度は65度で均一にしてあるので、肉は箸で切れるレベルで柔らかくなることだろう。


 ちなみに残りのふたつの料理は『すりおろしポテトとホタテのやさしいクラムチャウダー』と『厚切りベーコンとソーセージとざく切り野菜の具沢山ポトフ』である。

 名前がうっとおしいのは萌美のセンスなので仕方が無い。

 メニューに書いてあったら気になるだろうというネーミングを適当に考えたのだ。


 煮込み料理を作った後は簡単なパスタの作り方を教える。

 ボロネーゼ、アラビアータ、ジェノベーゼの3種。理由は萌美の好物だから。

 それぞれのパスタの湯で加減を覚え、作り置きのソースを作れば終了である。


「これも美味え……! 世の中にはこんな料理があったんだな」

「もっと教えてやりたいところだけどもう疲れたから終わりで良い?」

「明日も教えてくれるんだろ?」

「うん、まあ教えるよ」


 好奇心を刺激されたおっさんはこうも元気になるのか、と萌美は感心していた。


「あ、ていうかさ、ひとつ聞きたいんだけどヴェイグはどこ住んでんの?」

「そこのドアの向こうだ」

「ああ、この酒場に住んでんのか」


 この酒場は地下に食糧庫、1階に酒場とヴェイグの部屋、2階に客室が8部屋、といった作りをしている。


「トイレは?」

「外の集合トイレだな」

「風呂は?」

「風呂なんて貴族様の入るもんだろ。しかし俺ぁこう見えて毎日水で拭いてるぞ」

「きったね」

「おい、今なんつったおめえ」


 萌美の常識からしたら風呂に入らないなんてあり得ない。

 どうりで加齢臭が漂うのか、と萌美は納得した。


「ちょっとさ、建物改築して良い?」

「お? まあおめえがオーナーだからな、別に構わねえよ。いつやるんだ? 料理も作っちまったしこれが無くなってからか?」

「ん? 今。ドワーフの秘術で一瞬で終わらせるから、ちょっと外出ててくんない?」

「すげえなドワーフ……。じゃあ終わったら声掛けてくれや」

「オッケー」


 なんでもドワーフのせいにすれば良いのだ。

 萌美はこの世界でひとつのことを学んだ。


 ヴェイグが店の外に出たのを確認すると、萌美は感覚を店内へと広げていく。


「えーと、ゴミホコリ、壁床天井の汚れ染みを吸収……。テーブル、イスは新しいものに新調して……」


 店内と調和をするような色調の、ヴィンテージ風のテーブルとイスが生成される。

 萌美に美的センスはあまり無いが、ダンジョンの意思がなんとかいい感じにまとめてくれたのだろう。


「明かりが無くて暗いんだよなぁ。えーと、なんか吊り下げられた照明……」


 アバウトな萌美の指示にダンジョンが選んだ答えは、真鍮でできたアンティーク調の灯油ランタン。

 これを各テーブルの天井から伸びた鎖に引っ掛ければ、途端にオシャレになるという寸法だ。


「よし、次はトイレ。洗浄機能がハイテクなやつにしよう。あと手洗い場も。客には手洗いを徹底させよう」


 日本人特有のきれい好きが出てしまったせいで、この世界にまたひとつオーパーツが持ち込まれてしまった。

 温水洗浄便座を1度知ってしまった者は、その快適性を忘れられなくなる呪いがあるというのに。

 これ目当てで客が来る可能性が高いので、結果的には良いのかもしれない。


 トイレはガラクタが詰まっていた物置の場所に3部屋用意された。

 女性用、男性用、男女兼用である。


 ヴェイグの部屋はプライベートなのでいじらないが、1畳ほどのシャワーユニットを設置する。

 加齢臭対策に毎日風呂に入らせるためだ。

 萌美は加齢臭が嫌いなのだ。

 なのでシャンプーやボディーソープも臭いが消え良い香りがするものを置いてある。


「2階も高級宿にしちゃおうか。やっぱ床や壁は声が気になるし防音にしないとだよなぁ」


 家具は全て取っ払い、新調する。

 娼婦に住んでもらうために、仕事道具のベッド以外にもソファやドレッサーになるサイドテーブルなども置く。

 6畳の部屋にダブルベッドを置くと少々手狭にはなるが、まだ余裕はあった。

 収納付きベッドのおかげでタンスを用意しなくていいのが効いている。


「あー、でもやっぱ6畳じゃ足りないか。お風呂屋さんにはお風呂がないとだし」


 萌美のピンク色の脳細胞が活性化していく。

 そしてひとつの妙案を思いついた。


「壁を1ミリにすれば広くなる!」


 お前は何を言っているんだ、と問いかけたくなるが、ここはダンジョンの支配領域で萌美はダンジョンマスターだ。

 薄くても強固で防音性、断熱性に優れている壁ができ上がった。


「よしよし、お風呂は2畳ぐらいで寝て入れる浴槽付きで……うん、いけた」


 風呂にはゴムマットとヌルヌルする液体の入ったボトルの他に、シャンプーやコンディショナーなど女性が喜ぶ製品を置いてある。

 萌美愛用の品を、成分を少しいじったものになっている。

 体に悪いものを極力排除した、スーパーオーガニック製品なのだ。


 部屋は4畳半ほどの広さになってしまったが、狭さは感じない。

 高級マットレスやシルクのシーツに羽毛布団を用意すれば、スイートルームもどきの完成である。

 ただの売春宿が、こんなにも高級で高機能なものが揃っているなど誰が信じるだろうか。


 全てはあらゆる物を元素まで分解して吸収し、好きな割合で生成できるダンジョンのおかげである。


 その日の晩、喜んでシャワーを浴びるヴェイグの姿を思い切り感知で見てしまい、オエーとなる萌美であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 高級娼館じゃないですか! 女性目線から生まれたわけですね!
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