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06話 お前もっとプルンとしてろよ、クソ

 自分の部屋で考えをまとめたいという理由で萌美はマスタールームに帰ってきた。

 大量の食糧は地下に運ぶのが面倒だったため、その場で吸収したところヴェイグが「アイテムボックス持ちかよ」と勘違いしていたのでそのままにしてある。

 そんなヴェイグは厨房に残してあるピザの材料で自分で焼いて食べているのだろう。

 萌美が今後作ることになるから、と作り方を教えたところ「練習していいか」と目をキラキラさせて聞いてきたのだ。

 きっと彼は料理が心の底から好きなのだろう、一過性の萌美とは違って。


「えーと、店の看板メニューは、簡単なのがいいな」


 部屋に帰ってきた瞬間に全裸になった萌美が、パソコンでエクセルに文字を打ち込んでいく。

 店で出す料理を決めるのだ。

 候補は味と匂いが強くて調理が簡単なもの。


「まずカレーだな。で、シチュー、ビーフのほう。クラムチャウダーも。あっさりポトフも欲しいか」


 煮込み料理は手軽に大量に作れるし残っても次の日に出してしまえば良い。

 秘伝のタレも継ぎ足しなのだから、何も文句は言われまい。

 数日すれば成分は総入れ替えされるから大丈夫なのだ。

 萌美の謎理論で料理が決まっていく。


「メインはピザ、パスタ、あとパン、ナン。米はいらない」


 萌美は米を食べない日本人だった。非国民である。

 しかしカレーライスと寿司のときは普通に食べる。

 日常的に食べない理由は『研いで炊くのが面倒くさい』に尽きる。


「あとはアヒージョとハンバーグ、ポテトフライでいっか。メニュー完成っと」


 野菜? 何それ美味しいの? と言わんばかりの献立である。


「アヒージョ用のスキレットいっぱい用意しよ。あとハンバーグの鉄板も」


 遠隔で厨房の棚にスキレットと鉄板を生成する。

 ヴェイグは石釜の中でピザのチーズが溶けてクツクツいっている姿を見るのに夢中なので気が付かない。

 彼がこの料理の数々を知ったらどうなってしまうのだろう。

 この萌美の下で、ヴェイグは何を思い何を成すのか……。


「オッケー、プリントアウト。あ、酒も補充しとこう」


 上の酒場の壁1面に、棚を5段ほど生成。

 その棚へ10リットル程度のコック付きのミニ樽を生成していく。

 総勢200個ほどの樽の中には、ワインやビールなど、様々な種類の酒を生成する。

 ウォッカ、ウイスキー、バーボン、ジン、日本酒、ラム、シードル、ブランデー、テキーラなどなど。

 酒カス萌美が今まで飲んで美味しいと感じた酒を厳選して樽に詰めたのだ。

 彼女の人生や夢がそこに集約されているといっても過言ではない。


「マジで毎日飲みに行こう」


 口内に直接アルコールを生成するのも悪くは無いが、やはりお酒を飲むのには雰囲気も大事だ。

 良く言えばヴィンテージ感のあるあの店なら、ゆっくりしんみりとお酒が飲めそうであった。


 あの酒場が栄えればマナが大量に得られる。

 男の好きなものは美味い飯、美味い酒、エロい女だ。

 酒と飯はなんとかなった。ならばあとは女である。


「見た感じ、2階は宿っぽいんだよな」


 1階が酒場で、2階が宿という、オーソドックスな作りの酒場だった。

 ダンジョンの領域は2階も含まれているようで、感知してみるとひと部屋6畳程の広さがあった。

 ベッドが置いてあるだけなので、おそらく売春部屋だろう。


 売春婦がいるのならピルが必要だ。

 妊娠したくない女に飲ませてやればいい。

 ついでに生理痛が緩和される方も量産し、無償で配ってあげよう。

 ダンジョン内では強い感情エネルギーが放出されるとマナに変換されるので、娼婦と男の情事はマナを得る上でとても大事な物なのだ。


 直接2階の部屋に行って色々整えようとイスから立ち上がった萌美の背中に、ぞわりと悪寒が走った。


「え、なになに。なんだこれ。……侵入者? なんか入ってきた!」


 ダンジョン内に敵意や害意を持つ者が入ると、ダンジョンマスターに警告が何かしらの形で来る。萌美の場合は悪寒のようだ。

 これはダンジョンコアで設定をいじれば変えられるので、世のダンジョンマスターたちが常にブルッとしているわけではない。


「えっと、あ、掘削マシーンたちが応戦してる? あ、殺した。おお、マナ美味しい」


 侵入者は不定形のいわゆるスライムで、掘削マシーンに取り付いて溺れさせようとしたが失敗に終わり、そのドリルでコアを削り殺されたようだ。

 これが掘削マシーンではなく萌美ならスライムが勝てていただろうに、残念ながらそうではなかった。


「ん、吸収できた。あー、なるほど、マナでモンスターとして召喚できるようになるんだ。安っ」


 パソコンで必要なマナの量を確認すると、殺したときと同量の200ほどで1匹召喚できるようだった。

 こちらの言うことも聞くようになるらしいので、試しに1匹召喚する。

 やり方は「スライム1匹召喚」と言うだけである。


「おー、出てきた。君は何ができるんだ?」

『ZAAAPPPPP!!』

「鳴き声怖い」


 スライムから送られてきた思念を日本語に訳すと『有機物を溶かして栄養が高まる溢れる水を作り出し世界を循環させます』だった。

 なんだインテリかこいつ、と萌美は思った。


「じゃあ君にはあたしの箱庭掃除やってもらおうかな。死骸と糞を吸収して分解してよ」

『PGGYYAAAAA!!』

「お、元気じゃーん。よろしく~」


 金切り声を上げるスライムを引き連れてジャングルと砂漠にやってきた。

 くれぐれも生命は吸収しないことを厳命し、萌美は様子を見る。

 スライムはゆっくりとジャングルを歩き……這い進み、レッドローチの巣へ襲いかかった。


「おいおい、食べちゃダメだって」

『GGJJJYYRRRRR……』


 見れば器用に巣の中の糞尿や抜け殻だけを体に取り込んでいた。

 レッドローチと意思の疎通ができるのか、スムーズに掃除は進んでいる。


 やがて掃除を終わらせたスライムは沼の方へと向かった。

 淀んで汚いと思ったのだろう。意外ときれい好きだな、と萌美は感心した。


「そこはね、そのままでお願い。微生物繁殖させるから泥と落ち葉は必要なんだ」

『PGGGYUUU……』


 どこか力無い鳴き声は、失敗してしまったと言いたげであったので、萌美はスライムのそばまで行くと(かが)んで体を撫でてやった。

 感触はベチャっとして手に粘りつき、とても不愉快であった。


「きったね。お前もっとプルンとしてろよ、クソ」

『PYU……』


 ただただ哀れである。理不尽の権化が形になったらきっと萌美の形をしている。

 途端に不機嫌になった萌美が「水中は死骸とアンモニアだけだ。余計なことはするなよ」と厳しめに言いつけ、部屋を出て行った。

 残されたスライムは少しの間その場で震えていた。


 マスタールームに戻った萌美は、目を瞑りダンジョンの知覚を広げていく。

 感知した掘削マシーンたちに、1キロおきに地上への通路を作るように指示出しをした。

 遠隔で念じるだけでプログラムを書き換えることなど、ドワーフにとっては当たり前のことらしい。

 この世界のドワーフが聞いたらいよいよ怒り出すだろう。


 地上に開いた穴は1メートル角で、偽装のため周囲を背の高い草を生やしておいた。

 金鉱脈まで伸ばしている地下通路は、人里から遠ざかるように伸びているので、人間が侵入してくることはまずなさそうだ。

 小動物や虫、魔物などが侵入してきて、地下通路に住み着いても良し、掘削マシーンに襲い掛かって返り討ちで死んでも良しだ。

 掘削マシーンたちにはこちらから手を出さないように指示を出してある。

 しかし手を出された瞬間、何よりも排除を優先し、全員で囲んで殺せ、とも指示してあるので安心だ。

 6台の掘削マシーン、計12本のドリルに削られれば、どんな生き物も簡単に死ぬだろう。


「お、さっそく侵入者だ。でかいイタチと、でかいアライグマ。即効殺されてら」


 森に開いた穴からは気性の荒い動物が次々と侵入してくる。

 理由は地下通路に充満している魔素を求めてなのだが、萌美が知ることは無い。


 岩や土の中に含まれる魔素は、1度ダンジョンに吸収されるが、ダンジョンの判断で再び吐き出される。

 それはダンジョンマスターである萌美の望みを叶える為に必要だからだ。

 萌美がドワーフだからで片付けるあれこれも、このダンジョンの涙ぐましい努力があってこそなのだ。


 ダンジョンの魔素が濃くなれば、それを求めて動物や魔物が増える。

 そして住み着いた動物と魔物の間で生存競争が繰り広げられ、生態系が完成して安定する。

 これがダンジョンマスターのいないダンジョンの、自然な成り立ちだった。


 人間たちはそんな野良ダンジョンを攻略し、ダンジョンコアを手に入れてマナを使い巨万の富を得るため、日夜(にちや)冒険や探索に精を出しているのだ。

 一攫千金を求めるのは、どこの世界でも一緒である。


「これ動物も魔物もオスとメスぶっ殺してマナで召喚して、繁殖するように指示出せば勝ちじゃん」


 考えとしてはそれが正しいが、人としてはどうかな、と問いたくなる発想である。

 そのうち「人を誘拐して殺して召喚してひたすら子作りさせれば良いじゃん」とか言い出しかねない。


 萌美は「そうだ」と何かを思いついて立ち上がると、今は爬虫類しかいないペット部屋へと向かった。

 買っている中で1番でかい爬虫類、1歳のメガネカイマンのオス、ヒデヨシの前へとやってきた。


「ヒデくん、起きてる?」

『グッ、グッ』


 萌美の問いかけに、頭を上げ鳴き声をあげて答えるヒデヨシ。

 意思の疎通ができることを確認するため、萌美はもう1匹のワニへも声を掛ける。


「ネネちゃん、頭横に振って」


 2歳のメガネカイマンのメス、ネネが首を大きく横に振った。


「私の言ってることわかる?」


 2匹が縦に首を振る。

 萌美は感動のあまり震えていた。

 爬虫類と意思の疎通が取れるなんて、さすがはドワーフだと萌美は思った。


「ヒデくん、ネネちゃん。ケージ開けるから出てこれる?」


 頭を縦に振る2匹を見て、萌美が頑丈な鉄の柵を開けた。

 2匹は順番に柵を抜けると、萌美の前でピシッと横に並ぶ。


「右手あげて、おー。じゃあ左足。すごいすごい。偉いね~」


 萌美は言うことを聞くワニたちが可愛くて仕方がない様子だったが、自分が何のためにここに来たかを思い出した。


「あのね、ふたりは他の子たちを攻撃しないとかできる?」


 2匹が即座に頭を縦に振った。


「もっと広いところで暮らせるんだけど、そこには別の子がいっぱいいてさ、仲良くできるかな?」

『グッ』

『グッグ』


 できると言わんばかりの返事に、萌美が安堵のため息を吐く。


「じゃあついておいで。新しい住処に案内するよ」


 萌美が部屋を出ると、2匹が置いてかれまいと必死にその後を着いて行く。

 その様子が楽しくて、萌美はニコニコと笑顔になっていた。


「ここで暮らしてもらうよ。ご飯は池の真ん中にネズミいっぱいいるから、その子たち食べてね」


 飼っているペットは餌用も含めて全て萌美の言うことを聞く。

 なので餌用の生き物たちも皆、萌美の「産めよ増やせよ」の指示に従って繁殖しているのだ。

 ハツカネズミも虫たちも、自分が餌だと理解しながらそれでも懸命に生きて死んでいく。


 しばらくして萌美がそのことに気が付いたが「サークルオブライフだな!」と嬉しそうにしていた。

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