05話 あたしは面倒が嫌いなんだ
地下室は食糧庫のようで調味料や干し肉、かびたチーズに酒が置いてあった。
萌美は勝手知ったる他人の地下室をといった様子で、酒瓶を手に取りあおるようにして飲んだ。
「まっず!! 酸っぱいんだけど、酢になってんじゃんこれ」
酒の恨みとばかりに地下室にある物を全て吸収する萌美だが、完全に逆恨みであった。
質の悪い酔っ払いムーブをかます萌美は無敵状態のようで、階段を見つけたので警戒もせずに軽やかに登っていく。
ダンジョンの領域が上の階まで広がっているので、感知した結果、危険が無いと判断したのだろう。
「なんだここ、酒場か? 誰もいない……、いやカウンターにひとりいたわ」
「あん? なんだおめえ。どっから入った」
カウンターでひとり飲んでいた男が怪訝そうな顔で萌美を見ている。
見知らぬ女が店の奥から出てきたらそんな顔にもなる。
物取りか、変質者か。この場合は後者が答えだ。
「あたしは金田、地下に住むドワーフだ」
「はあ? ドワーフ? おめえみてえなでっけえドワーフがいるかよ」
ドワーフの男性の平均身長は140センチ前後で、女性は120センチほどだ。
しかし萌美の身長は日本人女性の平均値を大きく上回る188センチ。
この世界ならオーガと言った方がまだ通じる背丈であった。
「あー、母親の血かな。特異体質なんだよ」
もちろん嘘である。
息を吐くように口からでまかせを言えるから男に信用されずに振られるのだ。
過去の恋愛で何も学ばない萌美であった。
「そんなことよりさ、地下室の壁ぶち破っちゃった」
「なにしてんだよおめえ。どんな穴だよ」
「ちょっと一緒に来てくれよ」
「チッ、余計なことしてくれてんじゃねえよ」
悪態をつく男に萌美は内心で「だよねー」と同意していた。
いきなり部屋に大穴を開けられたらこんな態度にもなる。
「あ、おっさん」
「ヴェイグだ。まだ40だぞ。おっさんじゃねえ」
「いや40歳は普通におっさんだろ」
「うるせえ」
どこの世界もおじさんたちはお兄さんと呼ばれたいのだ。仕方が無い。
萌美はヴェイグと名乗ったおじさんを伴って地下へ降りていく。
「ほら、これだ。穴」
「おいおい、なんてことしてくれたんだよおめえ」
「金田だ」
「カネダ、おめえよお」
「サンをつけろよ、デコ助野朗ぉ!」
「ずいぶん偉そうじゃねえかコラ!」
苗字を呼び捨てされたらつい言ってしまう萌美であった。
AKIRAに悪い影響を受け過ぎている。
学生時代からの持ちネタなので、今更やめる気はない。
しかしそれはAKIRAを知っている前提なので、この世界では言うのをやめるのが無難だ。
ゴーイングマイウェイの萌美には関係の無いことだが。
「これ、下にあたしの住居があんだ。上、酒場だろ? ちょくちょく飲みに来るからこのまま開けといていいか?」
店主のヴェイグも客が増えて幸せ、萌美もマナが増えて幸せのWIN‐WINの関係になれる。
これは妙案だと自信満々に言った萌美だが、店主の反応は芳しくない。
「ちょっと待て。それよりもここにあった酒と食糧どこやった? まさかおめえ……」
「ああ、あのまずい酒か。あたしがもらったよ」
「おいおい、はあ……まぁ別にいいか。俺ぁ今月で店たたむんだ。ここも売る。穴はおめえが埋めろよ」
「どうして閉めるんだ? それなりに大きそうな店だったじゃないか」
「客が来ねえんだよ。稼ぎがねえから店を売る。当たり前の話だろうが」
萌美の顔が曇る。
ここが酒場なら大量の人が集まり、マナを量産してくれると期待していたのだ。
店をたたまれてしまっては楽して稼げない。
萌美の脳がフル回転し、解決策を編み出した。
「おい、ちょっと金持ってるか?」
「はあ? 金ねえっつってんのにさらに奪おうってか?」
「違う違う、ちょっと今持ってる全種類貸してくれ、頼むよ」
「どういうことだよ。まあ金貨なんて持ってねえけどな。ほれ」
「ちょっと借りるぞ」
渡されたのは4種類の黒みがかった銀貨だった。
大銀貨、小銀貨、小銀貨の半分に割った物、それを更に半分に割った物。
萌美は手を握りしめ一瞬でそれらを吸収し、そして再生成した。
詳しい成分などは全てダンジョンが解析し、そして生成してくれる。
ちなみに成分は銀65%、銅35%であった。
「はい、返すわ」
「おう? なんだったんだよ」
「必要なことなんだよ」
1度吸収してしまえば複製ができる。
萌美の編み出した解決策は、ダンジョンの亜空間ストレージに大量にある素材を使っての通貨新造であった。
銀貨は銀貨なので犯罪では無いのかもしれないが、かなりグレーゾーンであろう。
現代日本で大量に銀貨を作ろうが金貨を作ろうが犯罪にはならないが、ここは違う世界なので法律もまた違っている。
しかしバレなければ良いのだ、と萌美は開き直ることにした。
「じゃああたしがこの店買うわ。おっさんは酒場の店主続けろよ」
「あん? いくらで買うってんだよ?」
「んー……」
萌美は作業着のサイドポケットに手を突っ込み、布の巾着とそれに入った大量の大銀貨を生成する。
数にして300枚程度。萌美にはこの世界の大銀貨がどれほどの価値があるのかはわからないが、これだけあれば大丈夫だろうと判断した。
「これでどうだ?」
「中身全部銀貨じゃねえか。全然足りねえよ。ウチの店がスラムの隣にあるっつっても中ルロ金貨10枚にはなんだぞ」
「そうかよ。じゃあこれでどうだ?」
ポケットに手を突っ込み次々に大銀貨の入った布巾着を床へ投げる。
ポイポイと50袋ほど投げる萌美を、ヴェイグは口を大きく開けたマヌケ顔で見ていた。
明らかにそのポケットに入る量じゃないだろとか、そういった感想は出てこないようだ。
「これで足りるか?」
「お、おお、足りると思うぜ」
「じゃあ今日からここはあたしの店であんたは雇われ店主だな」
萌美はその場でヴェイグとの取り決めを行う。
店の売り上げは全額ヴェイグのもの、税金は売り上げから払う、食料や酒は仕入れたものを1度萌美が預かり支給する、料理のメニューはこちらが作る、などなど。
「これだけの大銀貨がありゃ税金も払えるし半年は仕入れに困らねえな」
「ああ、てことで野菜とか肉とか豆とか穀物とか調味料の仕入れしてきてくれ、今から」
「今からかよ。まあオーナーの言うことにゃ従うけどよ」
渋々といった様子で階段をあがっていくヴェイグを見送り、萌美は目を瞑りダンジョンの支配領域と化した店内へと感覚を伸ばした。
厨房は石のかまどがひとつ、石釜がひとつ、炭が敷かれた台は大量の鍋が1度に料理できるようだ。
かまどが中火、炭台が弱火、石釜がオーブンの役割をするのだろう。
炭台も高さが様々な置き台があるので、火加減も自在のようだ。
「ふむふむ。鍋はあるけどフライパンは無いのか」
萌美は厨房にあった全ての物をダンジョンに取り込む。
汚れが気になるし、歪んでいたりで使いずらそうだったのだ。
階段をあがり厨房までやってきた萌美は全体を見回す。
それから使いやすいように棚やかまどの位置を、吸収と生成を使って微調整していく。
満足がいったのか、萌美はひとつ頷いた。
元彼の影響で料理が趣味だった萌美は、店内の雰囲気に調和するような調理器具を厳選し生成していく。
鍋、ボール、ザル、フライパン、まな板、包丁、のし棒、トング、スキレット、多種多様な調理器具を生成し終え、それらを棚や所定の位置に配置する。
「あ、ピザ作るやつも用意しよ。やっぱ石釜あるならピザだよね~。海鮮ピザ食べたい」
頭の中は今夜の夕飯のことで埋まりかけている萌美は、ピザにあう酒はなにがいいかなと、酒瓶を中身ごと生成し棚へと並べだした。
もはやピザ作りの道具のことなど忘れている。
棚に酒瓶をぎっちり並べて満足そうに笑う萌美が「あ、ピザだった」と我に返った。
「釜から取るピールと、皿の代わりのピザパドルと、あとピザカッター」
ピールとは長い柄のついた大きなヘラのような物で、ピザパドルはまな板に取っ手がついたような物だ。
さっそく作って食べようとしたが、この厨房、シンクもなければ調理台も無い。
「あたしは面倒が嫌いなんだ」
料理は快適にできた方が良い。なのでダンジョン生成で場を整えていく。
床から調理台がせり出し、シンクが生成され、蛇口が取り付けられ、ダンジョンの環境設定で温度を低く設定された引き出しが作られた。
引き出しの中には新鮮な海産物、数種類のベーコンやサラミ、チーズなどを生成していく。
別の引き出しの中に、木のボールに入った発酵済みのピザ生地を生成し、同じく木のボールに入った小麦粉も生成する。
急にピザが食べたくなったので。
QPTに陥った萌美は本来の目的を忘れ一心不乱にピザを作り始めた。
石釜に火をつけた薪が投入され、環境設定で釜の天井付近を450度へ設定する。
ジェノバソースを塗りたくさんの海鮮とチーズをトッピングしたピザを、ピールに乗せ石釜の中心へ置き待つこと1分半。
熱々ピザの完成だ。
「んー、魚介ピザにはやっぱ白ワインかな」
萌美の大好きなチーズたっぷり海鮮ピザには白ワインが合う。
すっきり辛口の白ワインは、やはり魚介や海産物が1番合うのだ。
人それぞれ嗜好はあるが、萌美の中ではそうだった。
ワイングラスとワインを生成し、焼きあがったピザをパドルに乗せてカウンターまで運ぶ。
静かな薄暗い店内で、ひとり焼きたてのピザを食べながらの酒。言うまでもなく最高であった。
萌美がもっちゃもっちゃとピザを咀嚼していると、店のドアが開きベルがチリンと鳴った。
「なんだ? なんか良い匂いすんな」
「お、戻ってきた。おかえり」
「おう、食材買って来たぞ……って厨房が別物になってんだけど、なにした!?」
「ドワーフだからな。使いやすくしといた」
ドワーフ万能説を強く推す萌美だが、ヴェイグは厨房の様子を観察するのに忙しい様子であまり聞いていない。
手早く食糧を店内へ運び込んだヴェイグは「へぇ~」とか「ほぉ~」とか感慨深そうに厨房を見回している。
調理器具を手に取りまじまじと観察していたヴェイグが、ようやく萌美がもちゃもちゃしていることに気がついた。
「おめえ、なに食ってんだそれ。美味そうだな」
「うん、美味いよ」
「酒も透き通ってんな。そのグラスも良い」
「でしょ」
「ああ」
萌美は物欲しそうなヴェイグに気が付いているが、あえて無視をしている。
あげればいいものを、もったいぶってマウントを取ろうとするのだ。
おじさんになると素直に頼めないから察して欲しいと態度で表すヴェイグもダメだが。
「おめえ、いやカネダ、いやオーナー。頼むからそれ味見させてくれ」
「オッケー」
自分のプライドを捨てて素直に頼むことができたヴェイグの方が、萌美よりは大人だったようだ。
切り分けられたピザのひと切れを大事そうに持ったヴェイグが、ひと口齧ると目を見開いた。
「美味え! これはエビと貝か、臭くねえしプリプリだ。ソースはなんだ? 香草をすり潰してるのか? これと相俟って美味さが跳ね上がってやがる。チーズも1種類じゃねえな、2……いや3種類だ。複雑な香りと美味さが出ているし何より伸びるのが目で見て楽しい。生地も薄めだがパリッと仕上がってやがる」
「あんたグルメリポーターに向いてるね」
萌美は突然テンションが高くなったヴェイグに目を丸くし、白ワインも勧めてみたのだが、ひと口飲むとより饒舌に早口で語り出した姿に「オタクみたいで気持ち悪い」と失礼なことを考えるのであった。




