03話 めっちゃ削れるドリル2号
萌美はパソコンでダンジョンの説明を読み愕然とした。
「人が1時間ダンジョンにいた場合、100から500のマナを産出する、だと……?」
これを見た瞬間、虫でチマチマ稼いでる場合じゃねえ、と萌美の考えがシフトチェンジした。
どうにかして人を入れなければ、しかし説明を見るに簡単なダンジョンにした場合、このマスタールームを制圧されて乗っ取られたりもするらしい。
人を殺しまくれば討伐隊が組まれ、人を拉致監禁しても居場所探知の魔法で即バレする。
「うぐぐ、なにか考えないと……。楽して稼ぐ方法は絶対にあるはず……」
しかし萌美の頭では有効な手段など思いつくことはできなかった。
何か思いつかないかと全裸で散らかった部屋をうろつく29歳独身女の姿があった。
部屋をうろついたことで理解したが、とても汚い。
空き缶、スナック菓子の袋、脱ぎ捨てられた衣類。
どうしてこうもだらしが無いのかと萌美は自分のことだというのに辟易としていた。
「あ、これら全部ダンジョンに吸収させちゃえば良いんだ」
横着の極みたる萌美だからこそ出てくる発想である。
整理整頓なんて言葉は捨て置けと言わんばかりのその言動は、一貫してダメ人間のものであった。
ゴミを片っ端からダンジョンに吸収させた萌美は、部屋が片付いた満足感でホクホク顔でパソコンへと戻った。
「ん? マナで出せるものに空き缶とか増えてる。どゆこと?」
説明の大半を読み飛ばしたせいでダンジョンの全てを理解していない萌美は、再度説明を読み始めた。
最初に読んでも理解できる訳ないのだから、必要となったら読めば良いのだ。
「あー、ダンジョンに吸収したことあるものならマナを使って複製できるってことか」
萌美の頭では到底理解できないことだが、ダンジョンは吸収した物を元素まで分解している。
なのでだいたいの物はマナを使わずに作れてしまうのだ。
そのことに萌美は、野生的感かダンジョンマスターとしての感で気が付く。
「不用品を吸収……いや、部屋にある物を一度全部吸収させてしまえば良いのでは?」
1度吸収させても同じものを作ればマナは使わないのだ。
ダンジョンコアであるパソコン周辺の物だけは、万が一があるかもしれないので吸収しない。
水道を出しっぱなしにし、ガスコンロのつまみを回し火は付けずにガスを放出させ吸収していく。
吸収物一覧の中に酸素もあったので気体も液体もいけるだろうと判断したのだ。
バーテンの元彼の影響で始めたカクテル作りのせいで無駄に大量にあった酒。
コックの元彼の影響で始めた料理のせいで無駄に大量にあった調味料、料理道具。
農家の元彼、カフェ店員の元彼、趣味手芸の元彼、etc。
萌美の住んでいる部屋は2LDKとひとり暮らしをする分にはかなり広いのだが、彼氏の影響を受け過ぎるせいで物に溢れていた。
それらが全てきれいさっぱり吸収され無くなっていく。
「あれ、うちこんなに広かったっけ。ふふ、ビバミニマリストだ」
着ていた服すら吸収し素っ裸で何かを宣う29歳野生児の姿がそこにあった。
「あ、これ毛の処理に応用できないものか」
人様には見せられない痴態を堂々と晒す萌美。
結果だけ言えば無駄毛は全て処理でき、萌美の体は全身ツルツルとなった。
デリケートゾーンもバッチリである。引きこもりが誰に見せるというのか。
「なに吸収できたかなー。って金が12グラムになってる! なんで!?」
もはや全裸で生活することを選んだ萌美は、パソコンの前で驚愕の叫び声を上げた。
小さくは無い胸がブルンと跳ねている。
金が増えた理由は家電に少量ずつ使われていたからだ。
15台以上あった使わなくなったスマホ、多種多様のゲーム機、ゲーミングパソコンなど持て余していたパソコンや部品など。
基板に含まれる少量の金もかき集めれば相当な量になる。
ましてやダンジョンの吸収分離機能はロスがゼロである。
現代で廃品回収の仕事をすれば大金持ち待った無しな便利機能であった。
「使いたい物はその都度作って出せばいいし、マジで楽で良いわー」
フカフカのラグマットを生成し、裸で寝転がる。
全てから解放されているようで気持ちが良い。
口を大きく開けてその中に酒を生成する。
ゴクゴクと酒を飲み、たまに柿ピーを生成し食べ、自由というものを満喫する。
自堕落が体現したらこれだよ、と言われたら誰もが納得する姿がそこにあった。
「あー、これダメになるやつ。ちゃんと仕事しないと」
もはや時既に遅し。萌美は最初からダメなのだ。
しかし仕事をしようと思えたことは一歩前進と言えるだろう。
「んー、眠い。起きたらで良いか」
目を閉じ数秒で寝息を立てる萌美。
やはり性根はそうそう変わらないようだ。
彼女が真人間になれる日は来るのだろうか。
全裸生活をやめた萌美は作業着を着てドリルで掘削作業をしている。
さすがに全裸でドリルを振り回すのは危険だと判断したらしい。
「めっちゃ削れるドリル2号、めっちゃ削れるじゃん」
語彙力が皆無である。
萌美は最初に作ったドリルの効率を良くしコンパクトにしたものを創り出した。
その名もめっちゃ削れるドリル2号。
語彙力以外にもネーミングセンスも無かったようだ。
萌美は金鉱脈までの通路を掘ることはせず、わき道を掘り10メートル四方の部屋を作っている。
ここで小動物や植物、魚たちを繁殖させようと企んでいるのである。
ちゃかちゃかと忙しない動きで萌美が作業を進めていく。
高さ7メートルの広い部屋に土を生成し勾配を作り、岩壁からジワリと湧き出す水を作り、そこに苔やツタ植物などを植えていく。
部屋の四方の壁から湧き出る水は細い川を作り、合流して太くなり中心にある大きな池に流れ込む。
池の中心には天井まで伸びる岩山があり、そこにはひと筋の滝が落ちていた。
池の水は自動でダンジョンに吸収され、天井や壁から生成されて出るという寸法だ。
地面の下は全て池となっており、膨大な量の水が蓄えられている。
「まずは虫と植物とエビ、貝かな。餌も自動で出させよう。気温は一定にして、水温も。あ、沼用意しなきゃ」
沼には腐葉土を入れ少しだけ水の流れを作る。
これはミドリムシやゾウリムシなど植物性のプランクトンを繁殖させるためのものだ。
その水が流れ込む別の沼にはミジンコやヨコエビなどの動物性プランクトンや微生物が住み、そこから水草が生茂る小型の熱帯魚が住む池に流れ、中心の大型熱帯魚が潜む池へと繋がるのだ。
全てを一緒にすると全滅するのは自明の理であった。
これが上手くいくかはわからないが、萌美がひたすらサークルオブライフを歌いながら作業していたのできっと上手くいく。
ダンジョンマスターが望んだことはだいたいをダンジョンがなんとかして叶えてくれるのだ。
熱帯魚の餌用のコオロギやミルワーム、レッドローチなどを生息域が重ならないようにわけて放していく。
その際に「たくさん産んで増えるんだぞ~」と声を掛けるのも忘れない。
湿った地面には苔を植え、ベランダのミミズコンポストから採取したミミズを部屋全体にばら撒く。
虫の隠れ家として石や岩、倒木などを置いていき、枯葉の山も作る。
自動給仕システムはバナナやドッグフード、コーンフレークやオートミールをグチャグチャに混ぜたものが地面から湧き出るようになっている。
ゴキブリや芋虫、コオロギは雑食だからモリモリ食べることだろう。
「元気に育てよ~」
大事に育てた観葉植物数10種類と、小さい果樹の木も植える。
部屋の温度は26度から29度設定なので観葉植物には嬉しい環境だろう。
湿度や風は中心の大きな滝が発生させているので問題ない。
池の中心にある陸地にはマングローブの木を数種類植えてある。
マングローブ林ができないものかと萌美はワクワクしていた。
「君たちも元気でな~。いっぱい増えるんだよ~」
大型熱帯魚たちを池に放流していく。
ピラルク、アリゲーターガー、ナイフフィッシュ、ポリプテルス、スネークヘッド、アロワナ、ライギョ、ナマズ、肺魚。
雌雄で放したそれらは、最初は落ち着かない様子だがやがて悠々と泳ぎ始めた。
他種族同士ケンカすることも無く、お互い距離を測っているようにも見える。
狭い水槽よりもストレスが少なく、繁殖にも成功しそうである。
池の中心の滝が落ちる陸地には、ハツカネズミの生息地を作ってある。
数が増えたら自然と池に入り魚に食べられてくれることを萌美は期待している。
ハツカネズミたちに「いっぱい繁殖して増えるんだぞ。寿命で死にそうってなったら池に飛び込むように」と声を掛ける鬼畜が萌美である。
しかしネズミだけでは餌が足りない可能性もあるので、池には小型のフナを入れてある。
大型魚が入れない隠れ場所を作ってあるのでそうそう全滅はしないだろう。
しかし何匹かは予備で水槽で飼育することにしてある。
なにごとにも慎重な姿勢は大事だ。
「あとはー、爬虫類たちか。別の環境作らないとダメかな」
爬虫類の中には湿度を嫌うものもいる。
なので隣の部屋に砂漠を模した環境を作る。
繋がった部屋のはずなのに境目からアマゾンと砂漠に分かれているのは、ダンジョンだからこそ成せる業だろう。
同じくらい広い部屋には多肉植物やサボテンを植え、エアプラントも置いていく。
砂漠には複雑に穴の開いた岩を設置し、トカゲの隠れ家を用意しておく。
中心に土と倒木と湧水を用意し、餌の自動給仕システムを設置してデュビアを放つ。
デュビアは動きの遅いゴキブリで、トカゲたちの大好物である。
この女、ゴキブリだけで数種類飼育しているから男に振られるのだ。
「やはりダンジョン大自然化計画は楽しいね。皆元気に育って食ったり食われたりしろよー」
天井に埋めてある大量のLED電球はタイマーでオンオフされ、昼と夜の環境を作ってある。
砂漠は朝露を再現するための霧発生装置も埋め込んでおいた。
萌美はやるときはやる女なのであった。
こだわりが強くなにごとも極めようとするその姿勢は大事だ。
「カニ、ヘビ、カエルは安定してからにしようかな。カメとカニは入れちゃうか。アカヒレも入れて、あ、水面付近に水草用のライトあった方が良いかな」
この熱意を元の世界でも発揮できれば、もう少し違った人生も歩めただろうに。
やる気に満ち溢れた萌美は、自分だけのジャングルと砂漠を作っていく。
本来の目的である『人を長く居させるダンジョン作り』のことなどをすっかり忘れて。