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26話 クソが……

 討伐軍がサブダンジョンのあるバル村へと到着した。

 総勢500名程度の小規模の軍隊であった。


 昼間から酒場でやさぐれて酒を飲んでいた萌美がそれを感知し「たいした数じゃねえじゃねえか」とくだを巻いていた。

 ここ数日、魔法使いである貴族令嬢をとっかえひっかえしながらのフラナングの種付けを、ダンジョン吸収で処置していたせいでだいぶ心が(すさ)んでしまったようだ。

 カウンターにレオナ以外の3人が並び座り、口々にフラナングを罵っている光景は、ヴェイグも客ももう見慣れたものであった。


「あなた様、やつが来ます」

「やつぅ? あのクソヴォケ種馬野郎が来るってかぁ~? 帰れ帰れ、んで死んじまえ」

「でしたら主様、わたくしどもで殺してしまいましょうか?」

「待てエイシェト。我らでは歯が立たなかったではないか」

「いいよいいよ、君らのこと大事だし、あの種馬にあわせたくないし、皆は帰ってて~」

「かしこまりました」

「何かあればすぐに駆けつけますゆえ」


 眷族たちが地下へと帰っていく。

 謎の美女たちが出入りをしている地下に何があるのか、それを探るのは客である冒険者たちの間では、決して触れてはならない暗黙の禁忌となっていた。

 それに触れさえしなければ恩恵を享受(きょうじゅ)できるのだから、誰も触れることはしないのだ。

 萌美とその眷族たちはパンドラの箱のようなものなのだ。

 好奇心は猫を殺す。冒険者もまた好奇心から命を落とす者が多い。

 なので興味はあろうとも触れないのが1流の冒険者というものなのである。


 それにひとりの好奇心のせいでこの酒場が失われたら、他の客に殺されることは必至だろう。

 時間制限はあるが飲み放題の美味い酒、未だかつて食べたことのない美味い飯、清潔なベッドに貴族様も気に入るほどの風呂、さらには高級娼婦もかくやといった女たち。

 このような店、国で1番栄えている王都にすら存在しない。


 金さえ払えばこれらが手に入るのだから、ろくでなしと言われている冒険者たちも毎日懸命に働くというものだ。

 最近はダンジョンの1層より下が危険地帯と化しているので、地底湖で漁しかできていないがそれでも1日大銀貨3枚の稼ぎにはなっている。


 サブダンジョン全域を殺意高めのものにしてしまうと、娼館や酒場のメイン客層である冒険者たちの懐が寂しくなってしまうため、萌美は1層だけは今までと変わらないものとした。

 萌美は2層以降に潜る者は容赦なく殺しにかかっているので、現在までに21名が命を落とし、162名が部位欠損の重傷を負っている。

 フラナングが救出に間に合ったとしても、執拗に冒険者だけを狙う魔物のせいで大ケガする者や命を失う者が後を絶たない。

 なので2層への入り口はフラナングの指示で衛兵や兵士が見張りに立ち、進入禁止ということになった。


 ちなみに命を落とした冒険者たちは死体をダンジョンに吸収され、ソウルキャッチャーとクローン生成により新しい肉体を得て蘇っている。

 探査の魔法があるのでそのままサブダンジョンの最下層に監禁し、エイシェトの部下であるエンプサに甲斐甲斐しい世話をさせ、セックス三昧な生活を味わわせている。

 解放されたあとに文句も言われないし娼館の常連客になってくれるだろうし、良いこと尽くめなのである。

 冒険者も天国のような生活ができて嬉しい、萌美もマナが貯まって嬉しい、エンプサも人間の男とセックスしまくれて嬉しい、WIN-WIN-WINな誰もが得をする素晴らしい関係であった。


 やはり人間を飼い殺すべきなのか、と萌美の考えが危険な方向へシフトしかけたときだった。

 フラナングが「やあ」と萌美に声をかけたのは。


「モエミ、久しぶりだな。仲間が到着したので紹介しに来たぞ。美味い飯も食わせてやりたいからな」

「ああ、久しぶり」


 魔法使いの貴族令嬢たちにはイケメンスマイルを振りまいているのに、何で自分と接するときは常に真顔なんだコイツ、と萌美はムカついていた。

 しかしフラナングの仲間がいるとのことで、イラつきを表に出してはまずいと平静を装っている。

 それだけの分別はあるらしい。

 酔っ払いのふりもやめ、おすまし顔でフラナングを見ている。

 時折発動する人見知りのような何かが、勇者パーティーがいることで出てしまったらしい。

 面倒ごとになると嫌なので、人と極力関わりたくないのが萌美なのだ。


「紹介しよう。ルート、ユシヤ、スカヴィズだ。皆、こちらは酒場のオーナーのモエミ・カネダ嬢だ。失礼のないようにな」

「どもー、ルートでーす。お姉さん可愛いねー。こいつに失礼なことされてない? 節操なしの色ボケで困っちゃうよねー」


 萌美に話しかけた男は長身痩躯(ちょうしんそうく)の軽薄そうな男であった。

 胡散臭そうな笑みを顔に張り付けているのが気に食わなかったので、萌美は頭を軽く下げるだけで挨拶を返した。

 いきなり馴れ馴れしくする男は嫌いなようだ。


「ユシヤで~す! いきなしだけどここで働かせてください!」

「……え、いいよ? てかマジで娼婦やるの?」

「全然やるよ~!! やった~!」


 突然の申し出をすぐさま許可する萌美。

 来る者は拒まないのだ。


 程よく筋肉のついた肉感的な体は、男の情欲がそそられそうだ。

 英雄とヤれる娼館と銘打てば、とんでもない人気が出るかもしれない。


「いや、ダメだ。お前はダンジョンマスター討伐のために呼んだんだ」

「でもさ~、ここで働けば毎日お風呂入れて美味しいご飯食べられるんでしょ? セックスも嫌いじゃないし働きたいな~、ダメ~?」

「討伐終わりゃ良いんじゃねー? てか俺も俺も。なんか王国内がキナ臭くてさー。戦争に駆り出されるかもしんないからここで働かせてよー」

「おー、そういうことなら歓迎するよ。新店舗の店主でもやる?」

「やるやるー! いいねー、夢のスローライフだぜ」


 英雄の仲間もまた英雄である。

 それがふたりも獲得できるのなら、願ったり叶ったりであった。


「駄目だ。貴様らは王国の爵位を授かっているのだ。務めを果たせ」

「なりたくてなったわけじゃねえしー? 俺らは自由が恋人なんだぜー?」

「ホントホント。名前だけの子爵とかいらね~。邪魔なもん押し付けんな~って感じ」

「不敬である。全く、これらが罰せられぬとは嘆かわしいことだ」

「モエミ、こいつはスカヴィズだ。王国の聖騎士をしている。前に話した堅物がこいつだ」

「あ、どうも。金田です」

「……ああ」


 男は名乗る気も言葉を交わす気もないようだった。

 萌美を見る目には警戒の色が浮かんでいる。

 酒場や宿に使われているオーバーテクノロジーやオーパーツの類を見て、それを作り出した張本人を前にしたらこれが一般的な反応なのかもしれない。

 まだ萌美が何者かわかっていない段階で馴れ馴れしくできるルートとユシヤは、冒険者特有の図太さがあるのだろう。


「明日ダンジョンマスターの討伐に行こうと思うんだが、その前にここで美味いものを皆に食わせてやりたくてな。何か英気を養えるものはないか」

「んー、ならちょうどいいのがあるかな。生牡蠣、ウナギの蒲焼、ホタテのガーリックソテー、レバニラ炒めだ」


 精力の増加する効能を最大限まで高めた食材で作る料理は、即効性と持久性を兼ね備えた素晴らしいものとなっている。

 これらの料理を作るきっかけとなったのは、フラナングと行為をした娼婦から『体が持たない』と相談を受けたからだ。

 ひと晩で平均10発は発射する超絶倫のフラナングを相手にするには、娼婦の体力と精力がとてもじゃないが足りていなかった。

 そのために体力と精力にブーストを掛ける料理を作る必要があったのだ。


 しかしこの料理を食べた普通の冒険者もフラナング並の絶倫になってしまったので、娼婦たちは行為をする前には必ずこの食事を取るようにしていた。

 精力が上がれば快感も上がるようで、客ひとり当たりのマナ単価が平均して5倍ほどに跳ね上がったのは嬉しい誤算であった。

 ひと晩で1回しかヤらない客が10回も致せば、発生するマナが増えるのは当然の帰結と言えよう。


「よー、英雄殿。それ以外にも新メニューはあるぞ。マーボードウフ、カイセンドン、フライドチキン、アイスクリームパフェ、マッチャアンミツだ」

「むっ、なんだそれは。全部食べよう。作ってくれ」

「あいよ、ちょっと待ってな」


 萌美が渡した料理本を読み、ヴェイグがひとりで作り上げた料理の数々であった。

 ハンドミキサーや高火力のコンロや中華鍋などは、萌美がヴェイグの情熱に負けて生成した。

 この男、料理に関してだけは蛇のような執念深さがあるのだ。

 あまりのしつこさに萌美が根を上げるのが常であった。


 ちなみにカイセンドンやホタテソテーで使われる海産物は、ダンジョンの地底湖から取れたものである。

 湖なのにウニやホタテ、鯛などがいるのだ。

 ダンジョンマスターである萌美が『そうあれかし』と願ってしまったので、ダンジョンが新種の生物を作り出してしまった。

 地底湖には味も良く身もたっぷりに品種改良された海産物が豊富なのだ。


 中でも、もの凄い速さで泳ぎまくる弾丸マグロは、漁をする冒険者たちの一攫千金の夢の魚であった。

 最大で全長3メートルにもなるマグロは、漁をする者たちの間で『湖のアダマンタイト』と呼ばれていた。

 もはや海産物ではなく湖産物である。

 なので正確にはカイセンドンではなくコセンドンという名前になる。


「とりあえずおめえら全員飲み放題でいいんだろ? ほらジョッキやるから酒注いでこいや。英雄殿は金払え。全部で、あー……」

「飲み放題4人前と料理が9皿で全部で大銀貨2枚と小銀貨1枚だよ」

「おお、ヴィルマ計算速いね。やるじゃん」

「そ、そうでもないですよ……」


 ヴェイグの妻であるヴィルマの意外な特技に萌美が拍手を送ると、照れてはにかんだ笑顔をしていた。

 萌美に足りていない恥じらいや謙虚さを持っているようだ。

 見習うべきである。


 ジョッキを渡された勇者パーティーの面々は、飲み放題の酒樽の前で呆然としていた。


「こ、これ全部違うお酒なのかー……」

「ドワーフのオーナーだからお酒に対する情熱がすごいんだね~……」

「ふむ……」


 壁に並ぶ200個もの樽の前には常に客がいて、好きな酒を楽しげに選んでいる。

 最近は絞りたてジュースの樽やカクテルの作り方の説明が追加されており、自分好みのカクテルを追及する客が増えていた。

 酒は楽しく飲めるのが1番なのだ。


 勇者パーティーの3人が酒を選んで席に戻ると、カウンターの上に所狭しと見たこともないであろう料理が並べられていた。

 最近ではヴェイグの料理の早さが達人級になっている。


「ヴェイグよー、普通パフェは食後だろ。一緒に出してどうすんのよ」

「そうか? しょっぱいのと甘いのを交互に食うとたまんねえぞ?」

「あー、一理あるかも。おしることお雑煮を交互に食う感じか」

「オシルコ? オゾウニ? なんだそりゃ、本にも載ってなかったぜ?」

「あー、また今度教えるから」

「ぜってえだからな」


 料理キチのヴェイグに知らない料理名を迂闊に聞かせてはならないのである。

 そんなふたりのやりとりをよそに、勇者パーティーの3人は食事を開始していた。

 フラナングはひとり酒樽の前でカクテルを作っては味見を繰り返している。

 かなりハマっている様子なので戻ってくるのには相当かかりそうだ。


「うんまっ! この生の、なんだ、この、なんかちゅるもきゅってするやつうめー!」


 トールが食べているのは生牡蠣である。

 レモンやタバスコ、チリソースや花椒辣油(ホアジャオラーユ)をかけて食べるのがトールのお気に入りのようだ。

 ひとりで20個近くをペロリと食べ、ヴェイグにおかわりを要求している。


「生で言ったらこっちの魚の切り身が乗ったやつも美味しいよ~。緑のと黒いのつけると変なにおいと味だけど癖になる~。生魚ってお腹痛くなる悪い虫いるけど、1匹ずつ浄化の魔法かけてるんですか~?」

「ああ、まあそんなところだ。製法は秘密だが腹痛を起こすことはぜってえねえから安心して食ってくれや」

「わ~い! じゃあこれもう1杯くださ~い!」


 ユシヤは海鮮丼ならぬ湖鮮丼を気に入ったようだ。

 ウニ、イクラ、大トロ、中トロ、サワラ、ブリ、タイ、イカ、ホタテ、生タコ、カニ、カツオ、エビが乗った贅沢な1杯である。

 魚の身はダンジョンが最適に熟成させているのでうま味も豊富である。

 北海道で食べれば5千円は軽く超えてくるだろう。


「つーか、スカヴィズのやつめっちゃ食っててウケんだけど」

「ほんとだ~。ねえそれ美味しい? 美味しいの~?」

「……ああ」


 強面の巨漢が小さなスプーンでパフェを黙々と口に運んでいた。

 甘いものが好きなようだ。

 この世界の甘味の種類は少ないので、パフェは娼婦や女冒険者の間でも人気であった。


「これほどとはな……」

「むっ、スカヴィズ、なんだそれは。初めて見たぞ。少しくれ」

「やらん。自分で頼むが良い」

「そうか。マスター、すまないがこれをもうひとつくれないか」

「あいよ」


 満足のいくできのカクテルを作り終えたフラナングがスカヴィズの隣に座り、カウンターの上の料理に手をつけては頷いていた。

 喧喧囂囂(けんけんごうごう)と食事をするトールとユシヤのふたりとは裏腹に、スカヴィズとフラナングは時折「美味いな」「ああ……」といった短い会話を交わすだけであった。


 勇者パーティーの全員が健啖家らしく、用意された料理が次々となくなっていき、新しく注文された料理が出されるも、それもすぐに空き皿へと変わる。

 美味しそうに食べる勇者パーティーを見て、ヴェイグは忙しいながらも嬉しそうに笑っていた。

 作った料理を美味しいと笑って食べてもらえることが、ヴェイグにとっては1番のご褒美なのだろう。

 萌美もまた4人の気持ち良い食べっぷりに、悶々としていた心が少しだけ晴れた気がした。


 フラナングの性欲をひとりで受けきるのは無茶が過ぎるのだ。

 魔法使いの貴族令嬢たちは、フラナングとの行為が終わると白目を剥いて気絶し、ガクガクと痙攣している。

 そのまま朝まで目覚めないので死んだのではないかと萌美も何度か心配したほどだ。


 百戦錬磨のプロの娼婦たちですら、フラナングを相手にすると同じような惨状になっているのだから、行為をした回数が数えるほどしかない萌美ではまず歯が立たない。

そのことを萌美も気がついてはいるので、他の女に手を出すフラナングにイラつきつつも何も言えないでいるのだ。

 もし注意をして『ならお前が相手しろ』と言われても困ってしまうから、黙って行為を見守り悶々とするムッツリ女が萌美であった。


 そもそも恋人でもないのに他の女とヤるなと注意するなど、いったい何様なのかという話であるが。


 萌美は自身の経験の少なさも相俟(あいま)って、フラナングとの性交渉に腰が引けているのだ。ビビッているのである。

 女を抱え込んで持ち上げ、物のように激しく揺さぶって出し入れする様子は、まるで海外のハード系アダルトビデオのようであった。

 萌美も188センチと身長は高いがフラナングはそれよりも高い211センチほどあるので、他の女と同じように持ち上げられて揺さぶられてしまうだろう。

 205センチあるオーガのハンナですら持ち上げられて気絶させられてしまったのだ。


 夜の勇者は伊達ではない。

 勇者のセクスカリ棒は反りヨシ、長さヨシ、硬さヨシ、お前にヨシなのである。


「で、いつダンジョンマスター討伐しに行くんだっけ?」

「むっ? 明日に行くと言ったが」

「そうか、ま、頑張れよ」


 ここで言う『頑張れよ』とは、『あたしの残り火がガチでお前らを殺しにかかるから、せいぜい長持ちするように頑張れよ』の略である。

 勇者パーティーに残り火を討伐させた方が平穏が早く訪れるというのに、短絡的な萌美には理解できないようであった。


 ムカつくから殺す。他の女とヤるから殺す。

 欲望に忠実で自由に生きる萌美らしい考えであった。


 自由には責任がついてまわるものだが、いつかそれで痛い目にあいそうである。

 自己責任で死ぬのならそれもひとつの生き方だ。

 誰にも止める権利などないのである。


「モエミ、ひとつ頼みがある」

「ん? なんだ?」


 フラナングが少しばかり逡巡(しゅんじゅん)したあとに、萌美の目をしっかりと見て口を開いた。


「この戦いが終わったらでいいのだが、この宿に俺が住む部屋を作ってほしい」

「金があるんだから宿に泊まれば良いだろうがよ。何言ってんだ?」

「それだとモエミが困ると思ったが、違ったか?」

「は? どういうことだよ?」


 フラナングは辺りを見て誰もふたりの会話に意識を向けていないことを確認すると、顔を寄せて萌美にしか聞こえないくらいの声量で「俺と寝たいんじゃないのか?」と言った。


「女と寝るたびに毎回ネットリとした視線を感じていたが、モエミが盗み見ていたんだろ? 出し入れが良く見えるようにしたが気に入ったか?」

「バッ……! お前……!」

「視線の中に情欲らしき感情が混じっていたが、俺の勘違いではないはずだ」


 実際に萌美は行為を見て興奮し、幾度か自涜(じとく)行為に(ふけ)ったことがある。

 覗きをしながら全裸で励む萌美はまごうことなき変態だ。

 それがわかっているからこそ、フラナングに図星を突かれても顔を真っ赤にして「クソが……」と小さな声で呟くことしかできないのであった。

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