24話 面倒くさいから皆殺しにしよう
「やったか……!?」
萌美の放った銃は、フラナングの胸を撃ち抜き、風穴を開けた。
フラナングはキョトンとした顔で穴の開いた自らの胸を見ている。
やがて肉が蠢くと、大きく開いた穴はきれいさっぱりなくなっていた。
「心臓吹っ飛ばしても生きてるかよ、化物め……」
「ああ、自分でもそう思う。心臓がふたつある人間は俺以外に知らない」
爆弾を作り体を吹き飛ばす?
壁を生成しプレスして粉砕する?
萌美の脳が高速で対応策を考えるも、規格外なフラナングの回復能力に、全てが徒労に終わりそうな気がして実行に移せないでいた。
幸いにもフラナングは自ら攻撃を仕掛けようとはしてこない。
ダンジョンマスターを殺すとダンジョンが消えるからだろうか。
萌美の中に嫌な考えが浮かんでいく。
生きたまま捕らわれ、金を生み出すことを強要され、ひたすらに搾取され続けるのではないか。
自分になんの利にもならない強制労働など、萌美は死んでも嫌だった。
打開策を考える。
眷族たちは傷は治したが意識が戻らないので頼ることは無理だ。
今は娼館のベッドで安らかに寝ている。
残り火は回復薬を体内へと直接生成したが、未だに項垂れて起きる気配はない。
負けて嫌になってしまったのかもしれない。
何も思いつかない萌美に、フラナングが「よく聞け」と無機質な声を投げかける。
「お前のダンジョンは王都内にも広く伝わっている。今回の大量死も報告されていることだろう」
「だからなんだってんだよ」
「国軍は血眼でお前を探しているぞ。街のすぐ下にダンジョンができたのだから当然だ」
「知るかよ!」
銃を眉間へ突きつけるもフラナングの表情は変わらない。
萌美は自らの迂闊さを悔やんでいた。
目先の楽さを優先し、深く考えることを後回しにした結果がこのフラナングの襲撃である。
眷族が傷つき倒れたのも、英雄と敵対をしたのも、全てが自分自身のやってきたことの結果だ。
もっと上手くできたんじゃないか。
楽をしようとしたのがダメだった。
萌美の胸中は後悔で染まっていた。
このままではヴェイグや娼婦たちにも迷惑がかかる。
自分でやらかしたことは自分で解決しなくてはならない。
萌美の脳が解決策を探そうと必死に回転を続ける。
『勇者フラナングは金儲けのためなら手段は選ばないっつう噂があんだ』
『お前と一緒ならばいくらでも金儲けができそうだ』
ヴェイグの言葉と、フラナング本人の言葉を思い出す。
もし萌美の考えていることが当たっているのならば、全ては好転する。
萌美が銃を下ろすと、フラナングも光剣を消して鞘へと収めた。
萌美は悪い笑みを作ると「なあ勇者よ」ともったいぶってフラナングへと話しかけた。
「あたしの仲間にならないか? もしあたしの味方になれば、ダンジョンの利益の半分をやろう」
「望むところだ」
即断即決であった。
勇者はこの問いをされたら1度は肯定をしてしまう呪いにかかっているのかもしれない。
「では契約金で金貨をやろう! 純金だ! それからフルチンじゃ困るからな、服も与えてやろう!」
「それは助かる」
萌美が作り出した下着や肌着、服などを着ていくフラナングが、元の服と全く同じ作りに驚いた顔を見せる。
ダンジョンが侵入者の持ち物を読み取って解析し、同じ物を作れるようになっていたからできたことである。
ついに吸収せずともコピー品を作り出すことに成功したダンジョンの成長がとどまることを知らない。
「よし! これで戦いは終わりだな! 上に行って酒でも飲みながらこれからの話をするぞ!」
「そもそも俺は話をしにきただけだったんだ。問答無用で襲われたので反撃はしたが」
「わあっはっはっはっ! 過ぎたことだ! 酒を飲んで流しちまえばいいんだよ!」
テンションの高い萌美がフラナングの背をバンバンと叩く。
この女、最高戦力を手中に収められたことが相当嬉しいらしい。
命を掛けて死にそうになった眷族たちのことなど、すでに頭の中から抜けてしまっているようだ。
今までは命の危険があったからフラナングが気に食わなかったが、仲間だというのなら話は別だ。
萌美は自分の手の内に入った者を気に入り可愛がり大事にする傾向が強い。
大事な眷族のことを忘れて、その仇であるフラナングと肩を組んでおいて何を言っているのだという話だが。
それにしてもこの萌美、いきなり肩を組むなど距離感の詰め方がだいぶバグっていた。
萌美の歴代彼氏たちは、皆どこかしら萌美と似た要素があった。
金に汚い、酒カス、業突く張りなど、枚挙に遑がない。
これは萌美が自分と似たような者に親近感を抱き高評価を与えてしまう類似性バイアスに引っ張られているせいであった。
そして付き合いだし、お互いが同属嫌悪に陥ることで長続きしないのだ。
付き合って半日で別れた男もいたくらいだ。
難儀な女である。
距離感のバグは、フラナングに金儲けが好きという自分との類似性を見つけ、好意的に感じてしまったために起きたのだろう。
「ほら、早く上行くぞ~」
「わかった」
腕を掴んでぐいぐい引っ張り、酒場へ続く階段を昇っていく。
階段の途中で服を生成しなおし、官憲服からゆったりとしたワンピースへと早着替えをする。
その際に一瞬だけ全裸になるのだが、フラナングは見逃すことなく萌美のプリケツを凝視していた。
英雄色を好むというやつだろう。
萌美が階段を昇り酒場へ現れると、娼婦たちとヴェイグの視線が一気に集まる。
厨房内にいたヴェイグが安心した顔で「無事だったかよ」と呟いた。
しかし萌美の後から現れたフラナングの顔を見て血相を変えた。
「てめえ! なんでここに居やがる!!」
「むっ、それは──」
「クソ男がぁ!! カネダ様に汚い手で触れるな!」
「いや──」
「離れろケダモノ! 少しセックスが上手くてチンコが大きいからって調子に乗るなよ!」
「人前でやめ──」
「例え英雄だろうと刺し違えてでもカネダさんを取り返してやるよ……!」
「話を聞い──」
「喋るな! 声を聞いてカネダ様が妊娠したらどうする!」
「そんなわけあるか」
「カネダ様が妊娠される前に去勢してやる!!」
「むっ、やめろ。やめるんだ」
興奮した娼婦の集団に取り囲まれ、顔や股間にモップやホウキを押し付けられるフラナング。
彼女たちなりに萌美を助けようと考えた結果がこれであった。
焦っていたのかもしれない。
萌美はというと、すでにカウンターに座っており、笑いながらその様子を眺めていた。
こんな女を必死に守ろうとした娼婦たちがかわいそうである。
ヴェイグはいろいろと察したらしく、呆れた目で萌美を見ていた。
フラナングが無抵抗なことと、萌美が特に何も言わないことでおかしいと感じた娼婦が、ひとりまたひとりとフラナングの顔と股間に押し付けていたモップやホウキを外していく。
ケタケタと笑う萌美を、フラナングが目を細めて見ていた。
「おい、説明しないか」
「そうだぜ、カネダ。女どもが体張ってたってのに笑って見てやがってよ」
「あー、悪い悪い。皆もかばってくれてありがとね。めっちゃ嬉しかった」
萌美の言葉に娼婦の何人かが頬を赤らめる。
こんなに萌美が娼婦に慕われているのは、底辺から救い上げてもらった恩義があるからだろう。
普通にその辺で萌美と出合ったとしたら、この性格破綻者と交友関係になろうとはまず思わないはずである。
現に萌美に友人と言える間柄の人間はいなかった。
来るもの拒まず去るもの追わず、そして自分から連絡をしない萌美にわざわざ構ってくれる奇特な人はそうそういないのだ。
もしそういった人と出会えていれば、もう少しまともな人間に萌美もなれていたのだろうか。
「あー、皆よく聞いてね。えーと、あたしがダンジョンマスターだってのは知ってると思うんだけど、それがこのフラナングにバレたわけ」
再び武器を構える娼婦たち。
モップやホウキ、包丁を突きつけられたフラナングは苦笑いをしている。
「でも安心して、敵ではないから。なんか王都の兵士とかにダンジョンがここにあるってのがバレちゃったんだけど、それもこのフラナングが解決してくれるらしいから」
「俺もこの宿の風呂や食事がなくなるのは不本意だからな。喜んで協力しよう」
「てわけで皆は安心して本来の業務の方に戻ってくれたまえ。お昼の営業に間に合わなくなるよ」
汚れたシーツや衣装の洗濯、料理の仕込みや掃除など、娼婦たちがやることはとても多い。
萌美の言葉で納得した者もそうでない者も、各々の仕事へと戻っていく。
萌美の隣に座ったフラナングの背中を、視線だけで射殺せるのではないかという眼力で見る娼婦は、ハーフリングやゴブリンなどに多かった。
萌美を母と見ているのか、女神と崇めているのかはわからないが、それだけ慕われているということだけは良くわかる。
背中に感じるチクチクとした視線と殺気に思わず苦笑を漏らしたフラナングが「カネダは慕われているんだな」と話しかけた。
「ま、人徳のなせる業ってやつ? あたしはほら、美人だし優しいし女神みたいだし? やっぱ溢れ出る母性とかわかっちゃうんじゃない?」
「たしかにな」
「……まあそれは良いとして、これからどうするんだよ」
冗談を軽くあしらわれた萌美が、照れ隠しからフラナングへと話の催促をする。
「その前にひとつ聞きたい。カネダ、お前の目的はなんだ?」
「目的か」
あまり意識していなかった生きる目的について、萌美は深く考えた。
自分は何がしたいのか、何を目指して生きているのか。
心のうちから湧きだすそういったものを、ぽつりぽつりと零すように声に出す。
「あたしはさ、やっぱ楽をして生きたいわけよ。なんにも後ろめたさがない後悔のない生き方をさ」
「うむ」
「美味しいものを食べたいし、お酒もたくさん飲みたい、助けたい人は助けたいし、やりたいことはやりたい。面倒なことはやりたくないし、皆で笑ってたい」
「そうか」
「そう、なんの憂いもない楽しい生き方がしたいんだよ。安心感のある生き方を」
「ならば俺も仲間だ。俺も楽をして生きたい。美味い食べ物、美味い酒、美人の横でこれらを味わうだけの生活がしたい。面倒なのは嫌いなんだ」
「おお! お前もこっち側だったかよ!」
萌美の言うこっち側とは、ダメ人間側ということである。
「ああ、パーティーの仲間には呆れられて怒られたりしたが、俺の生き方はこれなんだ。誰にも変えることはできない」
「そうだったか~、いやクソ野郎なんて言ってごめんね? お前ならあたしの生き方否定しなそうだよね。良かった~」
「楽に生きたいのは人類の誰しもが願うことだというのに、取り繕って恥ずべきこととする意味がわからん」
「だよね~! 人生で1番大事なのはまずお金! これがないと楽に生きられないし」
「1番ではないが最重要ではあるな。1番は……1番はなんだろう。隣で同じ生き方をしてくれる人、か?」
「そんな人がいれば大事にするよね~。だいたいの人は幻滅してくるもん。だらしねえとか言ってさ」
「自分と違う生き方をする者を否定したがるのが人間だ。だからこそ志を同じにする者と一緒に生きられたら楽しいだろうな」
「ほんとにね~」
厨房内で話を聞いていたヴェイグは内心で、もうお前ら付き合っちゃえよ、と思ったことだろう。
しかし外野がとやかく口を出してしまうと上手くいくものもいかなくなる。
ヴェイグはしばらく様子を見ることにした。
萌美の過去の男の愚痴や、フラナングの元パーティーメンバーからの小言などを言い合う会はしばらく続く。
今後のダンジョンについての話が一切出てこないので忘れられている可能性が高い。
やがて見るに見かねたヴェイグが「そんで、これからどうすんだよ?」と声をかけた。
「そうだよ、あの兵士とかどうすんの? 全部殺して吸収しちゃう?」
「殺しはダメだろう。罪なき者を殺しては罪悪感がなく暮らせなくなる」
「あー、そうだよね。喉にずっと小骨引っかかった感じがしたまま生きるのは楽しくないな」
「その通りだ」
「罪悪感がなけりゃ殺せんのかよ。怖えな、英雄様よぉ」
「いや、そういう意味ではなくてだな」
「あたしらは罪悪感がなけりゃ殺せんの。それでいいっしょ」
「ま、俺ぁまわりに被害が行かなきゃなんでもいいがよ」
「こいつが女に暴力とか、そんなことするわけないだろ~?」
「お、おう。それならいいんだよ」
フラナングをかばう萌美は、先ほどまで本気で殺そうとしていたとは思えない手の平の返しようであった。
女である眷族たちは腹や胸を貫かれて血反吐を撒き散らしていたのだが、記憶の片隅に追いやられてしまったのだろう。
仲間だと思った者はとことん大事にする性質が萌美にはある。
それがこのフラナングにも当てはまったようだ。
その性質のせいで何回か痛い目にあっているのだが、もって生まれた性質は中々変わらないらしい。
萌美を痛い目にあわせてきた男たちは全て復讐されているので、やられたらやり返せば良いという学びをしてしまったのかもしれない。
「つうか状況を教えてくれよ。俺たちぁここでのんきに酒場を営業してて大丈夫なんかよ? 女子供の命を預かってるんだぜ、こっちはよ」
ヴェイグのまともな意見に、ああではないこうではないと関係ない話を繰り広げていたふたりがようやく話し合いを始めた。
こういう進行役がいないと、好き勝手に喋るだけのふたりでは結論までに長い時間がかかってしまう。
ヴェイグの存在はダンジョンにとって、とてもありがたいものであった。
「じゃあ全員気絶させて記憶を奪うとか」
「狙った記憶だけは奪えないだろう。それに王都へはすでに連絡が行っている。大規模な討伐隊が組まれているはずだ」
「洗脳するとか?」
「洗脳を解除する奇跡を使える者がいる。無理だ」
「やっぱもう面倒くさいから皆殺しにしようよ。お前ならできんだろ?」
「殺す選択肢は最後の最後まで残しておくべきだ。今後の憂いのない生活のためにも」
「あーめんどくせえ。なんであたしがこんなことで悩まなきゃいけないんだよ。いっそのことダンジョンなくしちゃうか? ダンジョンなきゃ解決だろ」
「そんなもったいない真似……、いや、そうか。それでいこう」
「え?」
適当に言ったことを真に受けられて困惑する萌美をよそに、フラナングが口の端を上げて笑みを作った。
そういえばコイツのちゃんと笑った顔初めて見るけど悪い笑い方だな、と萌美は自分のことを棚に上げて失礼なことを考えていた。




