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21話 この安っぽいアルコール感、嫌いじゃない!

 下水道にいた男たちを皆殺しにした萌美は、全身が返り血で赤く染まっていた。

 帽子のつばから、粘り気のある血がポタリポタリと垂れている。

 深く息を吸い、そして吐く。

 鉄錆のにおい、硝煙のにおい、汚物のにおい、肉の焦げたにおいで肺がいっぱいになり、萌美はしかめっ面を作った。

 耳に手を当て、電話をするような素振りをして、眷族たちに連絡をする。


『エイシェト、これでスラムにいるチンピラって全部なの? たった50人程度のわけないよね』

『はい、全体では3000人を超す悪漢がおりますが、皆殺しにされますか?』

『そうだね。あたしの尊敬する人も『この街を清潔にいたしましょう』って言ってたし、獣狩りをしようか』

(かしこ)まりました』

『あ、でも悪人だけにしとこうか。強姦、殺人、快楽のための暴力、弱者からの一方的な搾取、これをやってるやつらは獣と等しいから殺そう。エイシェトの力でなんとか分類できそう?』

『でしたら選別はマリー=アン・ソションが適任かと』


 萌美は知らない名前が出てきて頭の中に疑問符が浮かんだが、その名が眷族であるマリーの本名であることを思い出した。

 普通に失礼な女である。


『マリーにそんな力あるんだ。知らなかった』

『ご主人様~? 私たちにはそれぞれ能力備わってるんですよー。もっと関心持ってくださいよ』

『なんて口の聞き方を……! 主様、この者の処刑の許可をくださいませ』

『そうだ。獣が人の言葉を喋るな』

『レオナール、口を慎みなさい』

『私に対する当たり強すぎません?』


 オープンチャット状態の脳内通話は、眷族同士のやり取りも全て拾ってしまう。

 萌美はじゃれ合いをする眷族たちの仲のよさにニッコリであったが、レオナ以外からは本気の殺意が溢れていることに気がつかない。


『レオナはいいとして、マリーはどんな能力を持っているの?』

『因果律に基づき未来の決定をいたします』

『ごめん、もっとわかりやすく言って』

『申し訳ございません。では端的に申しますと、過去と未来がわかります』

『なるほど。え、すごいね?』

『勿体なきお言葉でございます』


 萌美の高校のときの現代文の成績は常に2だった。

 テストでは毎回赤点を取り、補修と追試でなんとか難を逃れるという青春時代であった。

 つまり何が言いたいかというと、萌美の語彙力と読解力はとても低い、ということである。


 マリーがチンピラの現在過去未来の犯罪歴を調べて、萌美の言ったことに該当するものがなければ生かす、あれば殺す、ということを噛み砕き()(つま)んで説明すると、ようやく理解を示した。


 選別した殺害対象はフランの能力で下水道へと拉致する。

 フランの能力は『特定の条件を持つものだけを通すワームホールの生成』であり、これをスラムにある家の1軒1軒に使えば、悪人だけが下水道へとスポーンされるのだ。

 特定の条件は『マリーの選別に引っかかった者』という大雑把なものでも可能なので、とても便利な能力である。


 ふたりの努力により、下水道内へ次々と男たちが転移してくる。

 ときには銃で、ときには剣で、萌美が男たちを惨殺していく。

 男たちの多くは驚くほど無抵抗であった。


 男たちからすれば、(くつろ)いで酒を飲んでいたはずなのに突然、辺り一面死体だらけの真っ赤に染まった場所へいるのだ。

 しかも目の前には狂気的な笑みをした美女が血まみれで立っている。

 情報量が多すぎて脳がキャパオーバーを起こし、思考停止に陥るのも仕方のないことだと言えよう。


 しかし突然さらわれて赤い空間にいるなど、ホラー映画でありそうな展開であった。

 題名は『下水道の狂人』だろうか。


 ようやく思考が復活して気が狂ったのかと自分を疑う者も、恐怖に叫び声をあげる者も、みな等しく萌美により命を刈り取られていく。

 萌美は恐怖に染まった男たちの顔を見ていると、体の奥深くが疼く感覚に襲われた。

 もっと殺したい、もっと残酷に甚振(いたぶ)りたい、そういった欲求が溢れてくるのを感じ、そしてそれが満たされる喜びを噛み締めていた。


 それはダンジョンマスターとしての命を奪いたいという欲求であり、本能であった。

 ダンジョン内で命を奪えば奪うほど、そのダンジョンの主は強くなる。

 萌美の目指した人を殺さないダンジョンなど、本能に逆らう愚行でしかなかったのだ。


「あははっ! 人の死体って湯気すごいんだけど! クソと血のサウナみたいだ!!」


 死体の山の中で、狂ったように萌美が笑い声を上げていた。


 朝方まで続いた血の饗宴(きょうえん)は、合計1822名の命を奪ったところで終わりを迎えた。

 大量の命を吸った萌美は、恍惚とした表情をして立ち尽していた。

 次の獲物を待っているようだったのでフランが『我が君、今ので最後です』と伝える。


『あ~終わりかぁ。じゃあ撤収しようか』

『ご主人様、死体はどうするんです?』

『んー、ダンジョンに吸収させちゃおうかと思ったけど、放っとけば虫とネズミの餌になるんじゃない? ここ下水道の奥のほうだからそう簡単に見つからないでしょ。あ、水に混じった血は吸収しとかないとバレちゃうか』

『主様、お疲れでしょうしもうお休みになられてはいかがかと』

『後処理は我らにお任せください』

『そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな~。ちょっと眠いから寝るわ』

『おやすみなさいませ』


 眷族たちに全てを任せ、萌美はマスタールームに帰っていく。

 血に塗れた服はそのままダンジョンに吸収させ、ゆっくりと風呂に浸かってから眠りについた。




 昼過ぎに目覚めた萌美は気つけの1杯としてストロングゼロを一気に飲み干した。


「かぁ~、この安っぽいアルコール感、嫌いじゃない!」


 舌が貧しいのか、はたまた長く飲み過ぎたせいでストロングゼロの味に実家のような安心感を感じているのかは不明である。


「お腹空いた。今何時だろ。おう、14時過ぎてら。寝すぎたなぁ」


 ひと晩で2000名弱の人間を殺したのだ、疲れもする。

 人をひとり殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である。

 萌美はスラム街を救った英雄になったようだ。


「上でなんか食べよ。ふぁ~あ……」


 大あくびをしながら階段をあがっていく萌美は、寝起きのせいで判断力がなくなっていた。

 普段から全裸で過ごす弊害がここで出てしまった。


「ん、おはよーアイリス。今日も大盛況だね」

「おはようござ……カ、カネダさん! 服!」

「ん? あ、やっべ」


 給仕中のハーフリングのアイリスが、慌てて手を広げて萌美の体を隠そうとする。

 そして手に持っていた料理が床にぶちまけられ、その音に釣られてたくさんの客の視線が集まる。

 アイリスとの体の大きさの差で、必然的に隠せない場所がある萌美の体が公衆の面前にさらけ出されてしまった。

 8日ぶり3度目のできごとである。

 何も学習しない萌美であった。


 パパッとワンピースを体に生成したのであまり多くの人間に見られはしなかったが、裸を見て興奮した何人かの客が昼間だというのに娼婦を買っていた。

 商売にいくらか貢献できたのだ、萌美の裸もたまには役に立つ。


「アイリスありがとー。次から気をつけるよ」

「カネダさんきれいなんだから、あんまり男の人に裸見せちゃダメですよ」

「はは、社交辞令でも嬉しいね」


 落とした料理を片付けているアイリスの頭をぽんぽんと撫でる萌美。

 ついでに割れた皿と料理をダンジョンに吸収させる。

 アイリスの目には慈愛に満ちた女神のように見えているらしく、潤んだ瞳で萌美のことを見上げていた。

 ハーフリングのアイリスやドワーフのエラ、ゴブリンのアスタなど、体の小さな娼婦たちには女の客しか取らせないようにしているので、萌美に対してもそういう感情を向けてしまうのかもしれない。

 いつかこの場所に百合の花は咲くのだろうか。


 仕事を開始したアイリスを尻目に、忙しそうにヴェイグとヴィルマのふたりが働いている厨房へずかずかと入り込む萌美。

 普通に営業妨害である。


「ヴェイグー、ちょっと厨房借りるぞー」

「おう、なんか作るのか」

「ああ、真夜中のパスタ食いたくなってな」

「真夜中? 酒飲みすぎて時間の感覚狂ってんのか? 今真昼間だぞ」

「あー、そういう名前なの。真夜中に食べても目が覚めるような辛さとか美味さがあるから真夜中のパスタ」

「おお……想像できねえぜ。早く作ってくれよ」

「ヴェイグにはやらねえよ?」

「作り方を見れば自分で作らぁ。あ、でもひと口だけ味見させてくれ。完成形は知っておきてえ」

「ほんと料理キチだねぇ」


 ちゃかちゃかと料理を進めていく萌美の一挙手一投足を、絶対に見逃すまいと血眼(ちまなこ)になったヴェイグが瞬きも忘れて見入っている。

 その間はひたすらにヴィルマが料理をしているが間に合わず、他の娼婦たちが厨房に入ったりして店を回していた。

 萌美の思いつきでまた人に迷惑がかかっているが、そんなことはどこ吹く風であった。


「なるほどな。トマトベースの海鮮スープにパスタを入れるわけか」

「そ、覚えれば簡単でしょ。味見する?」

「おお、待ってたぜ! ん……そういうことか。スープにエビや貝のうま味が溶け出し濃厚な味わいになってやがる。多すぎるかと思ったにんにくもパンチが効いてて良い。むしろこれくらい入れないと物足りねえ。唐辛子の多さで辛味も調整ができるし、たしかにこれは酒飲みが好む味だ」

「あいかわらずだなぁ。ま、あとはいろいろ作ってみて研究してみるといいよ」

「おう、わかったぜ」


 萌美がパスタの入った器をカウンターに持っていき、食べ始めたところで「そういえばよ」とヴェイグが話し始めた。


「昨日の夜から朝にかけて地下でずっとすげえ音してたろ。なにしてたんだ?」

「あれ、聞こえてた?」

「雷かと思ったけど地下から聞こえてくるから気になっちまってよ。おかげで睡眠不足だぜ」

「あ~そりゃ悪かった」


 またしても萌美の考えなしの行動で迷惑をこうむる人間が出てしまった。

 自分勝手な「銃をバカスカ撃ちたい」などという頭の悪い願望のせいである。


「で、何してたんだよ」

「ん? ん~、この前孤児院の教師役やる娼婦と何人かの子供がさらわれて酷い目にあったって話したじゃん? だからスラムの悪人一掃してやった」

「そりゃまた……。あまり無茶はしないでくれよ。ここにいる全員がおめえのことを慕ってんだからよ。何かあったらって気が気じゃねえみてだしよ」

「そっか~、それはありがたい。ちなみに全員にヴェイグは入ってんの?」

「そりゃおめえ、いなくなっちまったら新しい料理を知ることができなくなっちまうじゃねえか。おめえの損失は世界の損失だな」

「はは、料理愛がでかいことで」


 不器用な男の気遣いを嬉しく思う萌美であった。


 そんな不器用な男は妻であるヴィルマに「早く料理に戻ってよ」とおたまで頭を叩かれていた。

 夫婦関係の円満の秘訣は、夫が妻の尻に敷かれていることだ。

 良好な関係を築けているふたりを見て、萌美の心の底に(ほの)(ぐら)い感情が湧き出してきた。


 苦虫を噛み潰したような顔をして小さな声で「嫉妬やない……これだけはハッキリしてる……」と言う萌美だが、これだけはハッキリしている、嫉妬だ。

 なぜ自分には恋人ができないのか、またなぜ恋人と付き合ってもすぐに愛想を尽かされてしまうのか。

 その原因がわからない限り、萌美に結婚などは相手がよほどの男じゃなければ無理なのだろう。


「行き遅れ……無職……うっ、頭が……」


 嫌な記憶は全て頭の片隅に追いやって、萌美は美味しそうにパスタを食べ始めた。

 それと同時に、酒場全体が濃密な魔素で満たされる。

 萌美は自分から溢れ出てしまったのかと少し慌てるが、原因がわかると眉間に深い皺を寄せた。

 その原因である英雄フラナングは、萌美の横まで来るとすんすんと鼻を鳴らす。


「やあ、久しぶりだ。焦げ臭いがどうかしたのか?」

「あー、どうも。ドワーフだから焦げ臭いんじゃねえの」

「そうか」


 萌美の隣の席に座ったフラナングが、ジッと顔を覗きこむ。

 それに耐えられなくなった萌美が「チッ」と舌打ちをした。


「なんだよ? ジロジロ見てんじゃねえぞ、おい」


 発言がゴロツキである。

 しかしフラナングは何も気にしていないようで、涼しい顔をしている。


「いや、お前はダンジョンに行かないのかと思ってな。もし行くのなら俺とパーティーを組んで欲しいんだが」

「行かないわ。行く必要ないし」

「そうか。それは残念だ」


 フラナングが軽いため息をひとつ吐く。

 軽い調子のその態度に、萌美のイラつきは増していく。

 フラナングは鋭い目付きで萌美を見つめてから「そうなのならば」と声を発した。


「なぜお前からは濃厚な血のにおいがするんだ?」

「……さあ、なぜだろうね。地下にいたネズミを殺したからかな?」


 そのやり取りを見ていた者には、ふたりの間にある空間が重いものに変わり湾曲して見えたことだろう。

 重苦しい空気の中、萌美が「ちゃんと風呂には入ったんだけどねえ」と英雄へ挑発的な笑みを向ける。


「いや、お前はいい香りだ。甘い香りで俺は好きだぞ」

「ちょ、おい! 近いっての! 嗅ぐな!」

「おや、すまんな」


 慌てる萌美の姿を見て、娼婦の何人かがほんわかし、また何人かが英雄を視線だけで射殺す目付きで見ていた。

 萌美が苛立たしげに「お前なんでここ来たんだよ、ダンジョンの村にいるんじゃないのか?」と聞けば、「この店でしか食べられないものを食べにきた」と答えが返ってきた。


「む? 以前ここに来たがお前の食べているものはなかったはずだ。メニューにも載っていない。それはなんだ?」

「食いしん坊かよ。これは真夜中のパスタ。あたしが作ったの」

「そうか。マスター、同じものは作れないだろうか」

「覚えたばっかりだが任せとけや」

「はあ? お前、あたしと同じもん食うんじゃねえよ」

「別に構わんだろう」

「なんかむずむずして嫌なんだよ」


 ミラーリング効果と呼ばれるものがある。

 自分と似ていたり同じ行動をする者に対して無意識のうちに親近感を抱いてしまうというものだ。

 もしフラナングが狙ってこれをやっているのならば、萌美は術中にはまりかけている可能性が高い。

 恋の駆け引きなんかしたことのない萌美には、効果はばつぐんだろう。


「それにしてもこの宿も村の宿もいいものだな。何より風呂が良い。あんなもの王都にも存在していなかった」

「そうだろう。風呂は絶対に毎日入るべきだよ。お前はちゃんと風呂の良さがわかってて偉いな。客の男ども、臭くても平気な顔をしてやがるから」

「王族でもなければ無理だろうさ。しかしこの宿に来ればそれが味わえる。知っているか? ここの風呂目当てに公爵令嬢がお忍びで客として来たそうだぞ」

「そうなの? 組み立て式の風呂を売り出したら儲けたりして?」

「大金持ちになれるだろうな。この国の王族や貴族がこぞって買いにくるぞ」

「おー、じゃあちょっと作ってみようかな」

「それが完成した暁には、俺に販路を任せるといい。太客がいるぞ」

「そんときは頼むかな~」

「任せておけ。お前と一緒ならばいくらでも金儲けができそうだ」


 湯と水が出る給湯システムに、排水を浄化蒸発させるシステム、6枚のパネルと浴槽を作ればダンジョン製組み立て式ユニットバスの完成である。

 鏡、シャワー、灯りなど細々した物はパネルの内側についているので、組み立てて動力の魔石をはめるだけで、この宿と同じ風呂に入れる物ができてしまう。

 これを売り出せば、ひとつの世界の歴史が変わるだろう。

 それほどのオーパーツを作っているという自覚が萌美にはないのが悪質である。


 フラナングのことを毛嫌いしている割りに、自然とふたりの話は弾んでいる。

 基本的に出不精で引きこもりの萌美であるが、フラナングの話すこの街以外の話題はとても面白いようだ。


 自然体で楽しそうに話す萌美の姿は、眷族たちにダンジョン感知で見られていた。

 フラナングが来たことで警戒態勢に入り、いつでも萌美を守るために飛び出そうと様子をうかがっていたのだ。

 そして見せられたのが英雄と楽しげに話す萌美の姿だった。

 レオナ以外の3人が歯軋りをして鬼の形相になっているのはきっと嫉妬からだろう。

 エイシェトにいたっては血涙を流しているありさまである。


「おう、お待ち。真夜中のパスタできたぞ」

「おお、これは美味そうだ」


 ヴェイグが完全に再現したパスタを笑顔で食べ始めるフラナング。

 すでに食事を終えて酒を飲んでいる萌美が、カウンターに頬杖をついてそれを見守っていた。


「美味いか?」

「ああ、これは美味いな。このような味はどこの街でも食べたことはなかった」

「そうか。そりゃ良かったな?」

「美味い飯に美味い酒を美女の隣で食べること以上の幸せなどないだろう」

「ははっ、お口が上手なことで」


 口元に笑みを浮かべてそう返した萌美は、満更でもない様子だった。

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