02話 実質光熱費0円では?
パソコンデスクで目覚めた萌美は全てのことを理解していた。
自分がダンジョンマスターになったこと、自分の部屋がマスタールームになったこと、ダンジョンが街の直下に配置されたことを。
「あー、そう来たか。異世界転生、この場合転移か? 夢ってことはないよな。あー、夢だ夢だ。夢に決まってる」
今の萌美は、どこかの裏カジノの支配人に「ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です……これが現実……!」と言われかねない。
現実を見るしかないのだ。
「ん、あれ? ていうか電気通ってる。水道はどうなんだろ」
イスから立ち上がりキッチンへ向かい、シンクの蛇口のレバーを上げる。
水は普通に出た。なんならお湯も出た。
萌美の顔がしかめっ面から悪い笑みへと変わった。
「へっへ。実質光熱費0円では? 毎月の光熱費に4万も5万も払わなくていいとか最高じゃん」
それに気が付いた萌美はダンジョンマスターになったことを前向きに捉えた。
むしろマスタールームにこもっていられるので理想の職業かもしれない。
面倒なことが嫌いで人付き合いも嫌いな生粋の引きこもりの天職であった。
そんな引きこもりこと萌美は、自分にできることを把握しようと試行錯誤していた。
まずドワーフという職業になったおかげで、金属が素手で曲げられるようになった。
スプーンやフォーク、フライパンまで粘土のようにこねくり回せたのだ。
ファンタジーを知る者からすれば「そんなのドワーフじゃねえ」と言いたくなるかもしれないが、萌美としてはドワーフだから金属をいじれるという認識だから仕方がない。
有識者がいなければ勘違いのまま物事は進んでいくのだ。
実際はダンジョンマスターだからダンジョン内の物を好きにいじれるだけなのだが。
続いて萌美はダンジョンコアと化したパソコンへと向き合った。
デスクトップ上に知らないアイコンがある。
ダンジョンと書かれているのでダンジョンの管理ツールだろう。
ダブルクリックして起動すると説明が長々と書かれていたが、萌美はほぼほぼ読み飛ばし、適当にクリックしていく。
使えばわかるっしょの精神で精密機械をいじるのは良くないことだ。
しかしそれでだいたいなんとかなってしまうのが萌美の良いところであり悪いところでもある。
深く理解しないまま後で悔やんだことは何回もあったというのに、萌美の愉快な頭からそれらは消えてしまったようだ。
嫌なことは引きずらずきっぱり忘れてしまう。人生においてそれは大事なことなのかもしれない。
しかし萌美の場合、もう少し引きずった方が良いだろう。
「なるほどね、だいたいわかった。マナを集めてマナでいろいろ足していけばいいんだ」
萌美のピンク色の脳細胞でもわかってしまったようだ。
このダンジョン内でのマナとは生命の過剰エネルギー、感情エネルギー、そういったものの総称である。
ダンジョン内で生命体が感情を大きく動かしたり、命を失えばマナが大量に手に入る。
つまりこの街に住む人間をダンジョン内に呼び込み、皆殺しにすれば良いのだ。
「街直下で良かったー。マナに困らないじゃん。金のために頑張ってたくさん人を殺していくかー。ってできるわけないじゃん」
人と関わるのが嫌いな萌美だ、人を殺すのも当然嫌いである。
なので違う方法を探す。
何かヒントは無いかと管理ツールをいじっていたとき、萌美の頭に天啓が降りる。
「人が中に居れば良いんでしょ? 殺さなくても中に居させれば良いんじゃん」
萌美の頭の中に目指すダンジョンの姿が構築されていく。
「ま、別に急ぎじゃないし、ほどほどにやろ」
食糧の備蓄は十分にあるしインフラも整っている。
酒が全て無くなるまで2週間はかかるだろう。
根っからの面倒くさがりである萌美は、それが仕事だと思うと途端にやる気を無くすのだ。
悪しき習性である。
そういえば、と思い立った萌美が玄関のドアを開けると、そこは岩肌になっていた。
ベランダの外も岩になっていて、マンションの通路にあった換気扇の出口や給湯器などはどうなっているのかと少しだけ気になったがすぐに忘れた。
細かいことを気にしない女と言えば聞こえは良いが、実際はただの適当でいい加減なだけである。
「えーと、ダンジョンの大きくする方法はマナを使うか掘るかの2択のみ、と。マナは無いし何で掘れと?」
萌美は少し考えたあと、手の平をポンと打つ。
使わなくなり粗大ごみに出さなければいけないが面倒だからと放置されていたスチールラックの存在を思い出したのだ。
「ゴミが再生されるとは、SGなんだっけ、Sなんちゃらだな」
いつ誰が何のために作ったかわからない言葉を無理に使おうとして失敗する29歳無職女の姿がここにあった。
萌美はスチールラックに触れて折りたたむようにしてこねていく。
あっという間に金属のボールができ上がった。
「ツルハシとかシャベル作ればいいのかな。こねこねしてるだけで楽しいんだけど」
ドワーフの種族特性で力も増しているため、重い鉄を持っていても萌美の細い二の腕が悲鳴をあげることはなかった。
やがてでき上がったのは全部の部位が鉄のツルハシである。
「これで壁掘るとか疲れる気がするなー。やりたくないなー」
面倒くさがりの萌美の脳にまたもや天啓が降りる。
ドワーフだから機械もいじるの得意っしょ、と。
「使ってない扇風機と掃除機と、あと何かな」
大工の元彼に影響されて買った本格的DIYグッズの中にあるインパクトドライバーとハンマードリルを主軸に、萌美の魔改造が進む。
壊れた水中ポンプ、使わなくなったジューサー、大量のモバイルバッテリー、それらをドワーフの力と信じて解体、接続、改造を繰り返していく。
そしてでき上がった禍々しい何か。萌美の顔は満足気であった。
「できた……。めっちゃ削れるドリル1号。うわー、削れそう」
ドリル部分は金属を粘土のように加工して作り出し、それに多種多様なモーターと電池をつけたものが、このめっちゃ削れるドリル1号である。
そんなへんてこな改造で動くわけが無いと誰しもが思うことだろう。
だがここはダンジョン内で萌美はダンジョンマスターだ。
ダンジョンマスターが手ずから創り出した物は、その思惑通りに動くのだ。
萌美がめっちゃ削れるドリル1号のスイッチを入れると、複数のモーター音と共にドリル部分が回転を始めた。
3段階変速機能と振動ドリル機能がついたハイテクなドリルの完成である。
萌美は満足気に笑うと、さっそく使ってみようと玄関の外へ出る。
「あ、ちょっと待てよ。闇雲に掘っても仕方ないよね。どっち掘るかな……」
萌美が思いついたマナの取得方法は、人を長時間ダンジョンに留める、だ。
そのためには何をするか。目玉となる物を用意してダンジョンに人を呼び込むのだ。
人が好きな物は何か。そう、金だ。萌美自身が金のことを大好きなんだから他の人も好きに違いないのだ。
そう結論付けた萌美は目玉となる金を得るべく、金鉱脈を探すことにした。
探し方はドワーフアンテナでビビっと感知するのだ。
そんな方法はドワーフは持ち合わせてはいないが、ダンジョンマスターの不思議パワーだということに萌美は気が付かない。
この世界のドワーフすげー便利。としか思わない。
深く考えないのが萌美の良いところ……いや、良いところではなく悪いところであった。
「えーと、鉱脈鉱脈、あっちかな。すごい遠くにあるっぽいけどまあいけるでしょ」
距離にして30キロ以上あるが、萌美には知る由も無い。
ダンジョンマスターの不思議パワーアンテナで詳しく調べればわかるはずだが、金に目が眩んでいる萌美がそんなことするはずがなかった。
「じゃあそーれ。おお、楽しいなこれ。やっぱドワーフ掘るの上手いなー」
ドリルの先端を岩肌に当てると、1辺が50センチの正方形の形で壁が崩れ去った。
どうしてそんな摩訶不思議現象が起きるのかの答えは、萌美がダンジョンマスターだから、だ。
この世界のドワーフがこの光景を見たら、引いた顔で「なんだこいつ気持ち悪い」と言うことは間違いないであろう。
「えーと、縦横3メートルくらい? 広い方が良いよね。ていうか崩れた石とか土が消えるのはなんで?」
ダンジョンの機能により、掘削した瓦礫は全て吸収されていく。
そのことに気が付いた萌美は土を出し入れして確認をする。
「これ石と土混ざってるじゃん。分解とか分離機能ないの? あ、あるんだ。お? 鉄、ナトリウム、カルシウム……」
吸収された物はダンジョンマスターの力により複雑に分解された。
ただの石から極少量だが金や銀、プラチナ、パラジウムまで取れるのだ。
現代でこの力を得たらそれこそ楽をして金稼ぎができたことだろう。
「んー、クロム、チタン、リチウム、バナジウム……。よくわかんないけど金が少し入ってるのは嬉しいね」
残念なことにこの力を扱うには萌美の脳じゃ足りなかったようだ。
大量の元素の中に、ミスリルやアダマンタイト、ヒヒイロカネなどがあっても気が付かない。
この世界にしか無いものがなんなんのかを理解していなければわからないのだ。
人はこれを宝の持ち腐れと言う。
「あ、電池切れた。なんか代わりの動力欲しいな。とりあえず今日の作業はここまでってことで」
本日の作業進捗状況、掘削距離12メートル、総掘削量216トン、得られた金0.45グラム。
少ないけれど金は金である。萌美の顔はニッコニコであった。
1時間も働いてはいないが、萌美は労働の喜びを感じていた。
わかりやすい成果が出るのはモチベーション向上に繋がる。
今日も酒が美味い、と萌美は冷蔵庫前でストロングゼロを1本飲み干した。
続けて2本目のタブに指をかけ、プシュっと小気味良い音をさせる。
ドリルの充電のことなど忘れ、ダンジョンコアであるパソコンデスクにつまみセットなどを用意していく。
服をポイポイと脱ぎ散らかし、完全にリラックスモードになった萌美がイスにダランと座る。
「えーと、マナ変換一覧で動力的な物無いかな。魔石か、これで良いな」
これをドワーフの超常的技術でなんとかすれば良い。
萌美の考えることなんて所詮この程度である。
この程度なのに上手くいってしまっているのが質が悪い。
「あーでもマナ全然足らないじゃん。魔石1個8000で今あるのが6……。あれ? 増えてる?」
最初見たときは0だったマナの総量が増えていた。
なぜだろうと考えた萌美はひとつの答えに行き着く。
「あ、もしかして植物とかペットとかかな。ミルワームが共食いでもして死んだ?」
1寸の虫にも5分の魂という言葉がそのまま当てはまる現象だろう。
萌美の飼っている爬虫類や熱帯魚の餌用の、見るもおぞましい芋虫たちは共食いをする。
食われた芋虫からもマナは抽出されることを知った萌美はあることを思いつく。
「人じゃなくて生き物入れるかぁ。まずはウチの子たち繁殖させようかな」
ダンジョン大自然化計画が始動された。