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19話 あたしは面倒が嫌いなんだぞ

「うおおーん、ご主人様ー!」

「うわ、どうしたレオナ」


 チンピラのことを眷族たちに丸投げした萌美が自室で酒を飲みながらゴロゴロとしていると、突然レオナが泣きまねをしながらやってきた。

 すわなにごとか、と飛び起きた萌美にレオナが抱きつく。

 萌美の豊満な胸に顔をうずめ、頭をグリグリと動かすレオナ。

 女ふたり、密室、全裸。何も起きないはずがなく……。


「離せやコラ」

「イタイィィッ!! アアアァァァ!!」


 レオナの両乳首が千切れるくらい強くつねられる事案が発生した。

 金田萌美に百合の花は咲かないのだ。

 萌美に解放されて涙目で乳首を押さえるレオナであった。


「で、なんだよ。早く用件を言え」

「ご主人様冷たい……。えっとですね、またしても英雄に中ボスを殺されちゃいました」

「またかよ。高いマナ払って借りたのに」

「ほんとですよ。英雄死んでくんないかなぁ」

「何もしないでダンジョンの中にただいてくれるだけなら黒字なんだけどな」


 レオナの管理するサブダンジョンの各層には中ボスが存在する。

 それは北の大雪山や南の大砂漠にいる強力な魔物で、生半可な冒険者じゃ歯が立たない強さだった。

 今回やられたのは2層の中ボスであるフロストジャアイアントで、これは北の大雪山にあるダンジョンから借りた魔物だ。


 なんと萌美の掘らせていたトンネルは北にあるダンジョンへとぶつかってしまったのだ。

 緊急事態に臨戦態勢になった萌美たちだったが、あにはからんや、そこのダンマスからとても友好的な対応を取られたのであった。


 北のダンジョンの主は長くを生きた熊で、意思の疎通はレオナ以外はできなかったのであれこれは全てお任せである。

 その熊とは相互不可侵をお互いが同意したので攻めてくることはなさそうであった。

 攻めてくるにしても180キロほどトンネルを進まなければいけないので、感知してから迎撃するまでに相当の時間的余裕があるので心配はしていない。


「あいつ生成すんのにお前らと同じくらいマナ使うんだぞ。これで再生成したら大赤字だわ」

「たぶん3層の中ボスも殺されますよ?」

「クソ、どうしたらいいんだ。めんどくせえな。おい、あたしは面倒なことが嫌いなんだぞ、わかってんのか」

「私に言わないでくださいよ~」


 ダンジョンの作りとして、中ボスに挑まなくても次のフロアへ行けるようになっている。

 ではなぜ中ボスが存在するのかだが、それは宝を守護しているからだ。

 中ボスのいる部屋の奥に鎮座する豪華な宝箱は、とんでもないお宝が入ってそうだと噂になり、中ボスに挑む冒険者が多かった。

 ほぼ全てを返り討ちにして行動不能にした後は、魔物による袋叩きをさせている。

 ダンジョン内には袋叩き部屋なるものが存在していて、魔物に敗北した冒険者が詰め込まれひたすらに手足などを棒で叩かれていた。

 活かさず殺さずひたすらに叩かれることに心が折れる冒険者も何人かはいたが、助け出された冒険者のほとんどはめげずに再度ダンジョンへ挑んでいる。

 酒場で話していた冒険者の言葉を借りれば「生きてるだけで儲けもんだぜ!」ということらしい。バカなのだろう。


「2層のお宝は『露払いのマント』だったっけ。あの高性能雨がっぱ」

「あのどんな汚れもつかないチートアイテムですね。高濃度の酸や煮えた油すら弾くって人気ですよ」

「自分で作っといてなんだけどぶっ壊れ性能だよねー」


 萌美がそれを望んだのでダンジョンが叶えた結果である。

 そんな雨がっぱが現在3着だけダンジョンの外に存在している。

 中ボスのフロストジャイアントの隙をつかれ宝箱から持ち去られたのが1着、大量の魔石と等価交換で1着、そして今英雄が持ち去った1着である。

 魔石と等価交換した1着は、フロストジャイアントが喋っているのを見た萌美が冒険者に取引を持ちかけるようにと言ったからだ。

 1着100万マナ分の魔石と交換なので、とてもうまみのある商売であった。


「あ、英雄のやつ3層に行きますよ。ご主人様、どうします?」

「どうするったって、どうしようもないだろ。なんか案ないのかよ」

「んー、あいつの満足するものを用意するとかですかね」

「とりあえず武器か? あー、あいつが何で満足するとか全然わかんないんだけど」

「なんかこれ男に一生懸命プレゼント考えてるみたいですよね! ご主人様、恋に悩む乙女みたいでウケる」

「ひとりでウケてろ、このバカチンがよっ!」

「イタイッ!」


 言わなければ乳ビンタをくらわないというのに、なにも学習をしないようだ。

 それにしても余計なひと言を発しまくるこの主従、とてもよく似ている。


 英雄はまるで無人の荒野を行くが如く、遭遇する魔物を撫で斬りにしてダンジョンを進む。

 萌美とレオナが英雄の喜びそうなものをあれこれ言っている間に、3層の中ボス部屋まで到達していた。

 3層の中ボスは南の大砂漠から搬送されてきた天然魔物のエビルシザーズという大サソリだ。

 マナで生み出したわけではないので命令を聞かないが、誰もこの魔物に挑まなかったので特に問題はなかった。

 ボス部屋の入り口に『暴走中、命の保障なし』という立て看板も置いてあるので、挑んで死んでも自己責任であるというのが冒険者たちの共通認識だった。


 しかし英雄フラナングはその死地へと軽い足取りで入っていき、そして悪魔の大サソリを一太刀で斬り捨てた。

 その圧倒的な力は、英雄が英雄と呼ばれる所以(ゆえん)であった。

 英雄が持つ剣は魔力を込めると光の刀身が伸び、その気になれば13キロは平気で伸びる性能を持っていた。

 フロストジャイアントもエビルシザーズも巨体を持つ魔物だったが、この剣を持つ英雄には体の大きさなど関係ない。

 王都を襲撃した大量の魔物も、この伸びる光の剣があったからこそ殲滅ができたのだ。

 萌美のエンジョイ雑魚ダンジョンなど、ガチ勢からしたら児戯(じぎ)に等しい。


「ちょっとちょっと、アレ倒されちゃいましたよご主人様!」

「見てたよ。ていうかあの剣卑怯じゃない?」

「卑怯ですけど、それよりも宝に満足してもう帰ってもらいましょうよ。このままだとほとんどの中ボス殺されちゃいますよ」

「あー、じゃあ宝の中身入れ替えるか? ひとつだけやつが満足しそうなの持ってるぞ」

「それにしましょう。ちなみにどんなやつですか?」

「前にあいつの剣を見たときに機構を理解できたから、それを盾に応用したやつ」

「あ、ビームシールドですね!」

「そう。スモールシールドタイプで魔力流すと光の障壁出るやつ。とりあえず入れ替えるか」

「ご主人様の作る武器とかって面白いものが多いですよね」

「あ、わかる? 『つまらない武器は、それだけでよい武器ではあり得ない』。あたしの尊敬する人の言葉だよ」

「ロマン武器ってやつですね!」


 なぜレオナがビームシールドという概念を知っているのかは、萌美と一緒にVガンダムを一気見したからである。

 萌美がなにかしらのアニメを見ていると、いつの間にか部屋に来て横で一緒に見ているのだ。

 ダンジョン感知で離れたところからも見れるが、直接見たいから転移してくるらしい。

 ちなみに好きなキャラはカテジナさんというところは萌美と一緒だった。


 萌美がダンジョンの吸収と生成を使い、一瞬で宝箱の中身を入れ替える。

 宝箱を開けたフラナングがスモールシールドを手に取り、なにごとかを呟いてからビームシールドを展開した。


「なんでこいつ使い方すぐにわかんの?」

「看破の魔法を使ったんだと思いますよ。でもあんなに強力な装備を英雄なんかに渡して大丈夫だったんですか?」

「大丈夫じゃね? てか魔法使えるとか、便利なこって」

「でも満足したみたいで帰っていきますよ。良かったですね、ご主人様」

「また来る前になにかしら対策考えないとだなぁ。どうすっか、めんどくさいなー、もー」

「もーもー言ってると牛になっちゃいますよ~」

「お前のが牛だろ、このっ!」

「や~ん」


 この間に挟まりたい男がいたら殺される空間が展開されていた。

 どうやら萌美は眷族の中では1番気安く接することのできるレオナがお気に入りらしい。

 哀れエイシェト、偏執的な愛を萌美に向けていても決して報われることはないのだ。

 この光景を見たら歯を食いしばりながら血涙を流し憤死するかもしれない。


「おい、こんなことしている場合じゃないぞ。あいつが戻ってくる前に対策を練らなきゃ。ほら、なんか案出せよ」

「え~? うーん……あ、ご主人様あいつと話したことあるんですよね? なんか好きなものとか言ってなかったですか?」

「あんまり覚えてないけど、なんか『俺ってモテモテだからお前も俺と寝たいに決まってる』みたいなことは言ってたな」


 記憶の捏造である。萌美は頻繁(ひんぱん)にこれをする。

 それが嫌いな相手だと、悪意が200%くらい追加されたものになってしまうのだ。

 悪意のエッセンスは『マザコン』、『勘違い』、『できる男アピール』、『ナルシスト』など多岐にわたる。

 いっそのこと男が嫌いなんじゃないかと思えるほど辛辣なことを言う萌美は、なぜ男と付き合うことができたのだろうか。

 萌美の7不思議のひとつである。


「あと雪山がどうたらこうたら言ってた」

「フロストジャイアントを借りたダンジョンがある北の大雪山ですか?」

「うん、そう。あの剣もダンジョンで手に入れたとか言ってたな。あの熊のダンマスが作ったのか? あの手で?」

「ご主人様だってマナを使って出せるじゃないですか。手は関係ないですよ」

「そっか。でもあの手で剣をいじいじしてるの可愛くない?」

「わかります~」


 話がどんどんそれていくふたりであった。


「じゃなくて、大雪山についてなにか言ってなかったんですか?」

「あんま聞いてなかったからなー、うーん……。あ、泉の水が良かったとか言ってた」

「あ、その泉の水ありますよ。熊さんから持ってけって渡されてるんです。2層か3層の中ボス部屋にでも泉を作りますか?」

「雪山のダンマス、田舎のおばあちゃんみたいだな。あたしのおばあちゃんも顔を見せに行く度に大量の野菜持たせてくれたな~、懐かしい」

「いいおばあちゃんですね~」


 金田キヨ、89歳。

 未だにぴんしゃんとしていて毎日農業に精を出している元気なおばあさんだ。

 孫のひとりである萌美が中々結婚しないことを気にかけている。


 そんな祖母や家族と2度と会えない状況なのに萌美は何も気にしていない。

 人の心がないんじゃないかと言われかねないが、本人としては『遠い外国で暮らすのとなんも変わらんだろ』という認識だった。


「あ、じゃああたしたちも持ち帰らせればいいんじゃねーの? そういえばヴェイグが英雄は金に汚いとかなんとか言ってた気がする。雪山になんか生えてるやつで売れそうなのないのか?」

「んー、薬草の類ならありましたね。あと魔素たっぷりの果物とか」

「それだ! 中ボスを倒したら部屋の環境を変えて、雪山だったり砂漠だったりにするんだよ」

「なるほど、プチ大雪山とミニ大砂漠を作るんですね。4層以降も同じ感じにします?」

「なんか法則性ないとあの冒険者とか英雄とか文句言いそうだからそうしようか。ったく、クソどもがよ」


 言ってもいないことで勝手に株が下がっていく冒険者たちと英雄であった。


 萌美とレオナは中ボス部屋付近に人がいない隙を見計らって、環境を作り変えていく。

 レオナが担当するのは大雪山で、萌美が大砂漠だ。

 理由は『砂まいて熱くするだけのが楽だから』だった。

 文句も言わずにせっせと吸収した草木を生成して、泉を湧き出すように設定したレオナは誰かに褒められてもいい。


 萌美はやって当たり前という態度しか取らないので、現代日本じゃ嫌われまくる上司になること間違いないだろう。

 自分が楽をしようと部下に面倒を丸投げし、手柄を横取りしてミスの責任を押し付ける上司はいるだけ害悪なのだ。

 萌美が現代社会にいないことで、そういった部下の数を減らすことができたのは僥倖(ぎょうこう)と言ってもよい。

 萌美が日本で働いて出世し上司になれる確率など1%もないので、ただの杞憂(きゆう)であるが。


 中ボス部屋を模様替えした翌日、そこは珍しい鉱石や薬草などが取れると連日冒険者で賑わっていた。

 魔素をふんだんに含んだ泉の水も希少な薬草も、錬金術師や薬師が喉から手が出るほど欲しがる品で、村や冒険者の間で中ボス部屋特需が発生していた。

 経済が回るのはよいことなので、萌美は中ボス部屋を改装するきっかけをくれた英雄に感謝をしていた。

 萌美の手首は潤滑剤が豊富に塗りたくられているらしく、手の平がくるくると返っていた。

 こういう人間なのだ。


「あ、ご主人様、英雄来ましたよ」

「ほんとだ。中ボス部屋めっちゃ見るじゃん」


 マスタールームには大きなスクリーンが取り付けられていて、そこに英雄の姿が映し出されていた。

 英雄24時間監視システムと名づけられたこれは、その名の通り英雄を常に映し出す装置である。

 録画機能もついているので、英雄の全ての行動を盗撮している悪質なストーカーが萌美であった。


「泉の水飲んでますよ。あ、果物食べた」

「怪訝な顔してるな。まずかったか?」

「帰っちゃいましたね。なんなんでしょうか?」

「わからん。ただこっち見てたよな。カメラ目線でさ」

「ですね」


 顔だけ横に向け1点を凝視する英雄は、端から見れば軽くホラーであろう。

 監視システムにも常時マナを消費しているので、カメラの役割をしているマナの揺らぎを感知したのかもしれない。


「まあいっか。とりあえずこんな感じでやっといて。あたしは上で酒飲んでくるわ」

「は~い」


 部下に仕事を丸投げして、自分だけ酒を楽しむ最低上司が金田萌美である。

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