17話 ははっ、自慢かよクソボケ
萌美は心の底から焦っていた。
「美味いな、このテキーラという酒は」
「ああ、それはドンフリオ・レアルという高いやつな。甘いだろ」
「すごくなめらかで飲みやすい。すぐに酔ってしまいそうだ」
「ははは」
酒場のカウンター席で乾いた笑いをする萌美の横には、勇者で英雄のフラナングがいた。
萌美、フラナング、フラン、マリーの順でカウンターに座っている。
そのうちの3人は背中に滝のような冷や汗を流していた。
酒場の外にはエイシェトが待機し、地下にはレオナがいる。
ダンジョン組は全員が臨戦態勢だった。
「ところで、なぜお前ほどの強者がダンジョンに潜らずにいる? バル村のダンジョンの話を知らないわけではあるまい?」
「あー、興味ない。あたしはここで酒飲んでるのが楽しいの」
「俺とパーティーを組む気はないか?」
「興味ないですー」
「お前らはどうだ?」
「我が仕えるはひとりのみ。貴殿とは行かぬ」
「わたくしも」
「つれないな」
ダンジョンに潜っては村の酒場で豪遊していた英雄フラナングは、本店の方がもっとたくさんの料理と酒があると聞き、こうして萌美のいる酒場までやってきた。
そしてそこにいるやけに潜在魔力の高い女たちを見つけ、こうして横で飲んで話しかけたのだった。
つまり英雄が街に来た時点で地下に逃げなかった萌美が悪いのである。
普通に自己紹介をしてしまうし、この女には危機管理能力が欠如しているのかもしれない。
動物のナマケモノが捕食者に捕まったときに、全てを諦めて全身の力を抜くのに似ている。
「聞けばお前がこの酒場の主らしいが、村の酒場もそうなのか?」
「あー、まあ、そうだけど」
「そうか。美味い料理に美味い酒、美人と共にする時間は素晴らしいものだ」
「どうも?」
萌美はフラナングの目的がわからず内心で戦々恐々としている。
何かひとつでもミスをすれば腰に帯びた剣でひと太刀に斬り捨てられそうで、平常心ではいられなかった。
それは萌美の眷族たちも同じようで、全員が冷や汗で全身ぬるぬるであった。
萌美はフラナングの剣に目をやると、ジッと見つめてから口を開く。
「ていうか何その剣。すごくない?」
「これがわかるか。やはり大きくてもドワーフらしいな。見るか?」
「おお、見せてくれ」
萌美は気にしないが眷族たちはフラナングに対する警戒心を更に高めた。
なぜドワーフであることを知っているのか。
答えはヴェイグの弟であるイアリが、村の酒場で吹聴していたからなのだが、誰も知る由はなかったのである。
フラナングから鞘に収められた剣を受け取った萌美は、コンマ何秒かでダンジョンへ吸収し再生成をする。
一瞬怪訝そうな顔をされたが、気付いてはいないようだ。
大胆な萌美の行動に、眷族全員の心臓がバクバクと跳ねていた。
フラナングが渡してきた剣を鞘から引き抜く。
刃渡りが40センチほどしかなく、ダガーに近いものだった。
「おお、なんだこれ、すごいね。これ剣が芯の役割するんでしょ?」
「そうだ、魔力を流すことにより長さが自在の光の刀身が出る仕組みになっている。俺の宝だ」
「いいね、変形武器はロマンだよ」
意気投合をして武器について語り出した萌美についていけないようで、フランとマリーは黙って酒を飲んでいた。
キンッキンに冷えてやがるビールはフランとマリーのお気に入りで、萌美の護衛という理由で毎晩飲めることに喜びを感じていたりする。
酒の喜びを知りやがって、とレオナに悪態づかれていたが気にもしていない様子だった。
その自分さえ良ければ他は知らないという態度は、どこか萌美に似ていた。
「どうだ。ドワーフならこれと同じ物を作れそうか。北のダンジョンで見つけたものなのだが」
「うん、できるよ。なんならもっと性能のいいものを作れるかもね」
「そうか、それは楽しみだ」
「うん。うん?」
なんでこいつ貰う気になってんだ? と萌美は思った。
例え作ったとしても眷属に持たせるのであって、敵になりうる可能性のあるフラナングには渡す気はなかった。
「北の霊峰にあるダンジョンはそこに行くまでの道のりが険しく、俺たちのパーティー以外は誰もいなかったんだ」
「へー」
「霊峰から流れ出る雪解け水が作り出した泉は魔素が濃くて、飲むだけで体力を回復するものだった」
「ふーん」
「とても美しい景色だった。人を拒む魔物や自然が守っているからなのだろう」
「ほー」
フラナングの話を上の空で聞き流す萌美。
その頭の中では先ほどの剣をひたすらいじくりまわしていた。
脳内の亜空間ストレージという作業場でいじるものの、やはり現物を見て触りながらいじりたいと思う萌美だった。
ダンジョンに吸収したので製法も把握しているし、今すぐ新作の作成に移りたいとウズウズする萌美に、フラナングが「というわけで今晩どうだ?」と聞いてきた。
「は? なにがどうして今晩どうだだって?」
「お前とはいい話ができるだろう。ひと晩中語り明かさないか」
「いや、遠慮しとこうかな」
「そうか。いや、しかし驚いた。断られたのは初めてなんだ」
「ははっ、自慢かよクソボケ。やっぱムカつくな、お前」
「あ……やめて」
「それ以上いけない」
圧倒的強者である英雄に暴言を吐く萌美に、慌てたフランとマリーが諌めようと声をかけるが萌美の口は止まらない。
「そもそもお前、ここに座っていいなんてひと言も言ってないのに勝手に座りやがってよ。しまいには俺ちゃんモテるんです~ってか? 死ねよカス」
口の悪い萌美であった。
数々の男たちと別れる原因のひとつにもになったその口の悪さをなぜ直そうとしないのか。
萌美の豹変にフラナングは目を丸くしている。
「そもそもあたしは娼婦じゃねえんだよ。女を抱きたいなら他の子にしとけ。あたしと違っていい子たちが勢ぞろいだぜ~?」
「そうか。ではそうさせてもらおう。不愉快にさせたようですまなかった」
頭を深く下げるフラナングを見て、萌美は勢いを殺されたのかそれ以上言うことはなく、頭をガシガシとかきながら「あー」だの「うー」だの唸っている。
「あー、うん、あたしも悪かったかも。酔った勢いってことで流してくれると助かる」
「そうだな。わかった。それではまた会おう」
「もう会うことはないだろ、さようなら英雄さんよ」
「ふふ、また会おう」
強調するように言ってから席を立ち、娼婦と共に部屋へと消えるフラナング。
それを見送り、萌美はジョッキに入った酒をひと息にあおる。
自分でもなぜこんなにも苛立つのかがわからないようだった。
「大丈夫ですか?」
「あー、ごめんごめん。フランもマリーも悪かった。なんかムカついちゃってさ。とりあえずあいつが敵対することなさそうだし護衛はもう大丈夫かも」
「わかりました。ですがせめて近くでは待機させていただきます」
「んー、まあ大丈夫だと思うけど好きにしてていいよ」
萌美の解散命令を受けて、外で待機していたエイシェトや地下で控えていたレオナは、各自の仕事に戻っていく。
カウンターで飲んでいたフランとマリーも店を出て、街の中へと消えていった。
新しい酒を注ぎ、ひとりで酒を飲んでいる萌美にヴェイグが「よう、大丈夫かよ」と心配げな声で話しかけた。
「大丈夫だよ。ナンパな英雄様に絡まれて面倒だっただけ」
「おめえも大変なヤツに目をつけられちまったな」
「やっぱ目をつけられてるよねー」
「ああ、あいつ勇者フラナングは金儲けのためなら手段は選ばないっつう噂があんだ。この店のメシや設備を見て何かを企まないとは言えねえな」
「マジかー」
頭を抱えてカウンターに突っ伏す萌美の横に、コトンと皿が置かれる。
香ばしいにおいに釣られて萌美が顔を上げると、そこには深めの生地に大量のチーズがクツクツとしているピザがあった。
「お~、シカゴピザじゃん。ヴェイグひとりで考えたの?」
「前にオーナーが言ってるの聞いたってこいつが言っててよ。ふたりで考えて作ってみたんだ」
「どうもです、カネダ様」
「あー、たしかにヴィルマの前で言ったかも」
ヴェイグの後ろで頭をペコリと下げたのはウェアタイガーのヴィルマ。
最近は常に厨房内で働いており、娼婦業は全くやっていないとエイシェトからも聞いている。
何か病気ならばエイシェトが治すだろうし、やりたくなくなったのだな、と萌美は納得した。
「ちょっと味見してくんねえか? イメージで作ってみたけどオーナーの知ってるもんと同じかどうか知りたくてよ。これはこれで美味いから安心して食ってくれや」
「いいね、それじゃあひと口……。うん、この溢れ出すチーズとカロリーよ。ヴェイグ、めっちゃ美味いこれ。大成功だよ。これはまさにシカゴピザだ。ここシカゴじゃないけど」
「おお、マジか。やったな、ヴィルマ」
「うん、へへへ」
「お? ずいぶん仲良さそうじゃん。もしかしてふたり、そういう仲だったりしてー?」
「やっぱりわかっちまうか。俺たち今度結婚すんだ」
「え……?」
冷やかしのつもりが思わぬカウンターを食らい息が止まりかける萌美であった。
ひとり身アラサー女に結婚の話は特攻が効くのかもしれない。
萌美は口から垂れ落ちるチーズに気がつかないほど混乱していた。
まさかこんな中年の40歳のおっさんが、18歳の女の子と結婚するとは思わなかったのだ。
油断して特大ダメージを受けた萌美だが、そこは慣れたものですぐにダメージから復帰した。
「おめでとー! そっか、ヴェイグとヴィルマが結婚か。なにかお祝いしないとだね」
「おめえには世話になりっぱなしだからいらねえって」
「いやいや、お祝いだから。あたしにできることならなんでもするよ?」
「あー、じゃあひとつだけ約束してくんねーか」
「約束?」
急に真面目な顔になったヴェイグに、思わず萌美も背筋を正す。
真面目な話をするときにはそれ相応の対応のできる女なのだ。
ヴェイグが正面から萌美の目をしっかりと見る。
「俺の甥がよ、冒険者やるってんだ。イアリの子なんだけどよ。ろくでもねえ冒険者なんかやめろっつっても聞きゃしねえ」
「おん? そうなんだ。それで?」
「まだ14歳のガキだからよ、無茶しそうで心配なんだよ」
「まあそのくらいの子は無鉄砲よね」
「ああ。でだ、もしそんくらいのガキがダンジョン内で死に掛けることがあったら助けてやってくんねえか?」
「うん? あたしここにいてダンジョン行かないから無理だと思うけど?」
そもそも萌美の行動範囲は地下の自室と、この酒場くらいしかないのだ。
ダンジョンの様子を見に行くこともないし、ペットの様子もたまにしか見に行かない。
出不精の引きこもりアラサー女の金田萌美である。
「おめえじゃなくても部下に助けさせてくれや。頼むよ、ダンジョンマスター」
「……あれ、バレてた? てかいつ気付いたの?」
「んなもん最初っからだよ。こんなに家改造しといてドワーフの秘術って言い訳じゃ無理ありすぎんだろ。娼婦を治すのも物語に出てくるダンジョンの伝説の回復薬みたいな効果だしよ」
「あー……。そっか、誤魔化せてると思ってたんだけどな」
萌美以外の全員が気がついているが言わないであげただけなのだ。
客の大半もこの酒場の異常性に気がついているが、便利だから何も言わないのだ。
「おめえが何者でも俺たちぁ別にかまわねえんだよ。ましてや虐げられてる亜人の娼婦連中なんかは特にな。アスタなんかもよく話してるぞ『カネダ様が喜ぶものってなんだろう』ってな」
「あああぁぁぁ……。恥ずかしいからやめてくれ。あたしはあたしのためにしか行動してないんだっての」
「まあ何でもいいけどよ、俺たちぁ何があってもおめえの味方ってことは忘れてくれんなよ。あと甥の件もな」
「わかったよ……。はぁ、まいったね」
深く人と関わるのが面倒だと思っている萌美だが、こういうのも悪くないと少しだけ思えた夜だった。




