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16話 あたしは平穏に生きたいのでね

 地上に作ったサブダンジョンの入り口を発見されて2週間が経った。

 魔物が貨幣を落とすダンジョンとして冒険者たちからの人気は上々である。

 常時100人以上がダンジョン内にいるので、マナの収入も安定してたくさん得られている。

 多いときで最大1000人以上いたりもする。


 地下1階にある巨大地底湖では美味しい魚が獲れると噂になり、冒険者の半分は漁師のようなものになっていた。

 一般人の漁師じゃ湖に生息する魔物に返り討ちにあってしまうので、冒険者たちがやっているのだ。

 今じゃ村の特産品にまでなった冒険者の持ち込む魚介類は、行商人にも人気で萌美のいる街にも流れてくるようになった。

 新鮮な魚がすぐそばの村で獲れるようになったおかげで、新しい商売を始める者も出るようになる。


 冒険者が魔物との戦いで怪我をして装備を破損するようになり、薬師と鍛冶屋にも利益が増えた。

 その薬師と鍛冶屋に材料を卸す商人も取引が増え資産が増し、違う商品を扱うようになる。

 そうして色々な産業が活性化し、街周辺の経済は順調に回り始めていた。


「ほんで、エイシェトは何件の娼館を押さえたの? めっちゃマナ入ってくるけど」

「ちょうど400軒です。主に貧困層の住む地域とスラム全域で娼館を支配しております」

「ほえー。すごいね」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 萌美の眷族であるサキュバスのエイシェトは、娼婦たちを取りまとめ育成をしている。

 接客技術や実技などいくらでも磨くことがあるようで、毎日楽しそうに萌美に報告しにきていた。

 それはこの酒場で当たり前に見る光景になったらしく、萌美とエイシェトがふたりで飲んでいても絡んでくる冒険者はいなくなった。

 厨房前のカウンターは、もはや萌美とエイシェトの指定席になっている。


 エイシェトの管理する娼館には1軒につき1体の魔物が護衛として召喚されていた。

 萌美のではなくエイシェトの眷族で、全員が美女に化けられるエンプサという種族の魔物だ。

 人の男が好きなようで、娼婦に混じり客を取って毎日快楽に身を任せ情事にふけっている。

 それでも護衛はできているようなので、エイシェトからの叱責は無いようだ。


「在籍する娼婦は1132名ですね。調べたところこの貧困層地域とスラム街に住む娼婦は全部で5589名でして、ようやく2割ほどを確保できました」

「ほー、そう聞くとやっぱすごいや。エイシェトに任せて正解だったね」

「いえ、そんな、ありがとうございます」


 花の咲いたような笑顔を見せるエイシェトに、やり取りを見守っていた客の冒険者の何人かが見惚れていた。

 客たちから見たエイシェトは、最近頻繁に酒場に現れる謎の美女で、妖艶な魅力を振りまく魔性の女だった。

 その姿を見ているだけで客たちの陰茎がイライラするようで、酒場で働く娼婦たちが良く買われていた。

 それは萌美に褒められて嬉しくなったエイシェトが、無意識にサキュバスのフェロモンを垂れ流すせいなのだが、客たちが知る由は無かった。


 エイシェトを見て何を思いナニを娼婦と成すのか。

 冒険者たちの熱い夜が今始まる。


「娼婦たちに払う金はここと同じ大銀貨2枚だったよな?」

「はい。短時間は大銀貨1枚で泊まりは2枚ですね」

「あー、短時間システム導入したから、今も(さか)ってんのか。なるほどな」


 ダンジョン感知で毎日情事を盗み見ている萌美は最初の頃は興奮していたが、もはや動物の交尾を見ているようにしか感じなくなっていた。

 現に今もこの店内で15人の娼婦が客と性交をしているのを感知しているが、むしろそれを肴にして酒を飲んでいる始末である。

 萌美はひとつ上の存在へと進化したようだ。


「そういや娼婦たちって稼いだ金、何に使ってんの? 毎日結構な額稼いでるはずでしょ」

「申し訳ございません。わたくしもそこまで詳しくはありませんので、今度きちんと調べてからお知らせいたしますね」

「ああ、別にいいよ。ちょっと気になっだけだから」


 萌美たちの会話に「オーナー、ちょっといいか」とヴェイグが割り込んできた。


「うん、どうしたの、珍しい。急用?」

「いや、そういうわけじゃねえんだが、娼婦の金の使い道って聞こえたからよ」

「ああ、うん。それがどうかした?」

「ウチの娼婦は何人かで金を出し合ってスラムのガキを養ってんだよ」

「ほうほう、偉いね」

「ああ。スラムから女がごっそりいなくなっちまったから、ガキに手が伸びるようになるやつが多いらしくてよ。それで保護も兼ねて養ってんだと」

「あー、なるほど。割とあたしらのせいだね、それ」

「だけど限度があるから救えねえやつらも出てきちまうんだと」

「つまり?」

「オーナー、何とかできたりしねえか? もちろんやれることは協力するけどよ」

「んー、そうだね。あたしらにも責任があるから、このエイシェトが何とかしてくれると思うよ」

「お任せくださいませ」

「本当か、ありがてえ」


 面倒そうなことは全て部下にお任せである。

 萌美が方向性を決めるだけで、優秀な部下が全て何とかしてくれるのだ。

 眷族召喚して良かったと心から思う萌美であった。


「じゃあヴェイグ、エイシェトと協力して土地確保して。そしたら孤児院作ってスラムの子供全員保護するから」

「わかったぜ」

「承知いたしました」

「あとは更生院だな。ろくでもない男でもチャンスは与えよう。衣食足りて礼節を知るってやつ。住までつけてやればまともになるだろ」

「仕事の斡旋もしねえとか。俺ぁ商人や職人に声を掛けてみるわ」

「頼んだ。ただし、自分の快楽のためだけに犯罪を犯したやつはいらない。生活に窮した末の犯罪ならまだ許されるけど、快楽のためは更生の余地なしだ。切り捨てよう」

「まあ仕方ねえか。現にガキが犯されて殺されたりしてるからな。そういった選別もしねえとか」

「わたくし、そういったことは得意ですので、是非お任せくださいませ」


 エイシェトの担当する業務の多さがとんでもない量になっているが、本人含めて誰も気にしていなかった。

 サキュバスの特性であるフェロモンによる誘導と、サブコアの権限を使えばそれほど苦でもないらしい。

 萌美に信頼されていることが1番の報酬なのだろう。


「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」

「お、もう行くの?」

「はい。善は急げとも聞きますので。失礼いたします」

「はいよー」


 エイシェトが店から出て行くのを見届けて、萌美も地下へと帰ることにした。

 客も娼婦も数人しかいなかったので、もう閉店時間だと判断したのだ。

 あまり遅くまで飲んでいると、ヴェイグが隣に座ってきてあーだこーだと料理と酒のうんちくを語り出すので、そうなる前に逃げたのである。

 萌美の代わりにヴェイグの餌食となるのは、主に厨房内で働くウェアタイガーのヴィルマが多かった。

 彼女も食べるのも飲むのも好きなようで、ほぼ毎晩ヴェイグと晩酌をしているようだ。


 部屋に帰った萌美は服を脱ぎ捨て、パソコンデスクで本日の収入を確認する。

 酒を飲みながら増える数字を眺めるのが、萌美の楽しみのひとつだった。

 眷族召喚で200万マナを使ってしまったが、すでにその10倍以上の額が貯まっている。

 マナとお金は貯まれば貯まるほど安心感が得られるので、今後も萌美は無意味な貯蓄を生き甲斐として生きるのだろう。


 そんな萌美の感知に、ひとりの男が引っかかった。

 通常の人間が1時間ダンジョンの支配領域内にいた場合、100から500マナを産出する。

 しかしこの男から湧き出るマナはその10倍以上はあった。

 そんな人間を初めて見つけた萌美は、感知の焦点を男へと合わせた。


『むっ。見られている……? 気のせいか?』


 キョロキョロと辺りを見渡す男は、ダンジョンのあるバル村の酒場に居た。

 ヴェイグの弟のイアリとその仲間が切り盛りする店は連日、冒険者たちで溢れかえるほど大繁盛をしている。

 その酒場で、男は客の冒険者と話をしていた。


「クソ、めっちゃイケメンだこいつ。なんかムカつくな……」


 性格の捻くれている萌美らしい感想だった。

 ムカつくのは、少し良いなと思ってしまったがそれを素直に認めたくないからだろう。

 面倒くさがる本人が1番面倒くさい女なのだ。


『それで、英雄フラナングさんがなんでこんな辺境に来たんで?』

『ダンジョンができたと聞いたのでな。儲けるそうじゃないか』

『ああ、魔物が銀貨や金貨を落とすんですよ。ま、俺らはもっぱら漁ばっかりやってますけど』

『フラナングさんの食ってるそのカニ、俺らが獲ったんですよ』

『ダンジョンで漁……。面白いな』


 フラナングと呼ばれた男は知らない人がいない英雄だった。

 ここから遠い王都が悪魔とその配下に襲われたとき、大量の魔物をたったの4人で打ち倒して悪魔を撃退し、勇者として祭り上げられたのだ。

 今も酒場内で吟遊詩人が『勇者フラナングと悪魔の王』という物語を声高らかに歌いあげていた。


「勇者ねえ。まさか、討伐に来た……? いや、でもダンジョン内で人死に出てないし、大丈夫のはず」


 魔物たちは侵入者に対して致命傷を与える攻撃をしないように命令を受けている。

 なので脛や膝、肘や背中ばかりを狙って攻撃してくるのだ。

 棍棒を持った子供くらいの背丈のネズミ人間とゴキブリ人間が、集団で全方位から脛を狙ってくるのは普通に嫌な攻撃のやり方だろう。


 ひとりでダンジョンに侵入した冒険者は、誰かに助け出されるまでひたすら棍棒で叩かれ続けることになる。

 いよいよ死にそうとなったらむりやりポーションで回復され、また袋叩きにあうのだ。

 装備も精神もボロボロになる攻撃だが、死なないだけマシなのか金に目が眩んでいるのか、袋叩きにされても再びダンジョンへ挑む冒険者は多かった。


 人をいたぶるのが好きな悪辣(あくらつ)なダンジョンマスターが支配するダンジョン、という認識を冒険者たちはしているが、おおむね正しいといえよう。


「ご、ご主人様、なんかヤバいやつ来ましたー!」

「今見てた。レオナでも勝てない感じ?」

「無理ですよー。殺されちゃいます」


 バフォメットのレオナが慌てた様子で萌美のいるマスタールームへとやってきた。

 このふたりが揃うと部屋の肌色率が途端に跳ね上がる。

 悪魔が服を着ないのは百歩譲って認めるとしても、萌美が全裸なのはやはりおかしい。

 きっと心も体も解放されたいという抑圧された感情がそうさせているのだろう。


「眷族召喚して何とかなんないの? エイシェトは眷族召喚してたよ」

「エイシェト? エイシェトいるんですか?」

「うん、あれ、話してなかったっけ」

「聞いてないですよ。うわー、あの女来てたかー。会わないようにしないと」

「どうしてよ? 嫌いなの?」

「えーとですね、たぶん私がこんな感じでご主人様と話してるだけで八つ裂きにされますね。あの女、ご主人様に偏執的な愛情向けてるでしょ」

「そうなんだ。ていうかふたり知り合いなの?」

「えーと、なんて説明したらいいんだろう。ご主人様に呼び出される前は、私たちって混ざり合ってんですよ」

「ふーん?」


 レオナの説明を要約すれば、ダンジョンマスターの眷族は世界と隔絶された空間で液体のように混ざり合っており、召喚されることでそこから切り離されひとつの個となるようだ。

 自我は常にあり、なんなら眷族同士で談笑や罵り合いなどをして日々を過ごしているらしい。

 召喚されなくても意識は萌美と繋がっており、見聞きしたものを共有できるそうだ。


「なるほどね。ていうかあたしの直属の眷族のレオナが勝てないなら、レオナの眷族も勝てないよね。誰かその混ざり合ってるあたしの眷族で勝てそうなのいる?」

「戦闘狂の全員でかかればいけるかな? いや、無理そうだなー。たぶん無理ですね」

「じゃあどうすんの? あの英雄がここに来たら死んじゃうよ」

「どうしましょうか?」


 萌美とレオナが頭を悩ませてなんとか捻り出した策は『既存の魔物を狩って魔改造しよう』だった。

 冒険者たちが酒場で話している内容を盗み聞きして集めた情報だと、北に大雪山、南に大砂漠があるらしく、そこの魔物は強力で手が出せない魔境となっているそうだ。

 急遽大型の掘削マシーンを作り出した萌美は、北と南に掘り進めるように指示を出した。

 分速20メートルというスピードで掘れる大型掘削マシーンは、今までの倍以上の効率を叩きだせる代物だ。

 幸いにも北も南も鉱脈を求めて地下通路を掘り進めていたので、もう何日かすれば大雪山と大砂漠に辿り着くことだろう。


「魔物倒すのはレオナいける?」

「うーん、たぶんギリギリだけどいけると思いますよー。あ、でも遠いと移動に時間かかるから、ダンジョン内転移の許可貰えます?」

「え? なにそれ」

「え? ご存知でない?」

「知らないけど?」


 ダンジョンコアであるパソコンに説明が書いてあるのに読まないからこういうことになる。

 ダンジョン内転移とは文字通りダンジョン内に転移するもので、1度の発動に10万マナ必要となる。

 高いマナを支払うことに萌美の眉間に皺が寄るが、必要経費と割り切ってレオナが使うことに許可をした。

 レオナが作り管理しているダンジョンは、1時間で平均5万マナほどの収入があるので、転移を頻繁に使わなければ赤字にはならないと判断したようだ。


「ご主人様、眷族増やして防衛固めた方が良いんじゃないですか?」

「あー、そうだね。じゃあ『穏健派』で『物理タイプ』の『攻撃型』と『防御型』出て来い」

「お、ご主人様、穏健派で正解ですね。強硬派は戦闘狂ばっかですし」

「やっぱりね。あたしは平穏に生きたいのでね」


 床に描かれた2つの光る魔法陣から、ふたりの悪魔がそんな話を聞いて頷きながら迫り出してきた。

 今回はふたりだったので萌美は引っこ抜かなかったようだ。


「これは我が君、ご機嫌麗しゅう。我が名はフランシスカ。お見知りおきを」

「マリー=アン・ソション、あなた様にお目通りが叶うことを願っておりました」


 片膝を付き(こうべ)を垂れる男装の麗人と深窓の令嬢。

 これを見た後だとレオナがいかにふざけているのかが良くわかる。

 エイシェトに八つ裂きにされても仕方がないのでは? 萌美は訝しんだ。

 なによりこのふたりは全裸の萌美とレオナと違い、きちんと服を着ている。

 もはやそれだけで文化レベルが違うといえるだろう。


「ん、よろしくー。フランとマリーね。あたしは金田萌美、知ってると思うけどダンジョンマスターやってる。ふたりの活躍には期待してるよ」

「はっ。勿体なきお言葉」

「この命あなた様のご自由にお使いくださいませ」


 敬われるのが気持ち良いらしく、萌美の顔はニッコニコであった。

 そんなニッコニコの萌美の横にいるレオナが腰に手を当てて1歩前へと出た。


「そして私はレオナだ。サブダンジョンのマスターをしているんだぞ」

「黙れ(けが)らわしい人非人(にんぴにん)め。臭い息を吐く口を閉じろ」

「口を慎みなさい、レオナール。お前は今、至高の御方の前にいるのですよ。(ひざまず)き頭を垂れなさい」

「私に対する当たりきつくない?」

「勘違いするなよ。決してお前が1番に召喚されたから嫉妬している訳ではない」 

「そうよ。仲の良い友人みたいに至高の御方と話すなんて羨ましいなんて思ってないわ」

「あ、なるほど」


 萌美は今のやりとりを見ただけで、ふたりの人となりを理解した。

 なのでひとつの命令をふたりへ下すことにする。


「フラン、マリー。ふたりともレオナくらいとまではいかないけど、もうちょっと砕けた感じであたしに接してくれる? これ命令ね。はい、まずは立って」

「はっ!」

「謹んで拝命致します」

「ふたりともできてなくない? 自然体で良いんだって。そうですよね、ご主人様?」

「お前はエイシェトに八つ裂きにされないように気をつけろよ」


 とりあえず仲良くなることから始めよう、と萌美はふたりの手を取り握手をした。


「ま、今後ともよろしくってことでね。あんまり堅苦しくしないでちょうだい」

「はっ……」

「て、手が……」


 眷族とはダンジョンマスターの数ある可能性のうちのひとつである。

 顔を真っ赤にしているふたりを見て、このような面が自分の中にもあるのかと疑う萌美だった。

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