15話 おぞましい。種付けされるぞ
街での娼婦のあれこれを全てサキュバスのエイシェトに丸投げした萌美は、久しぶりに地下のアマゾン部屋にやってきた。
そこは観葉植物が生茂り果樹が育ち、本物のアマゾンもかくやといった様相を呈している。
動植物の様子を見に来た全裸の萌美は、そこでゴキブリとネズミを抱える全裸の悪魔と出くわした。
バフォメットのレオナである。
「げぇっ! ご主人様、なぜここに!」
「げぇってなんだよ、来ちゃ悪いのかよ。ていうか何してんだお前」
「えっと、あっちのダンジョンの魔物候補にこの子ら使おうかなーって思ってですね」
「なに? そいつら魔物化できんの?」
「できますよー。私にかかればね! どうです? すごくないですか?」
「すごいけどネズミに乳首齧られてるやつはちょっと」
「防御高いからくすぐったいだけですよ~。心配してくれたんですか?」
「いや、ネズミに乳首齧らせるプレイはちょっと」
「ご主人様知ってますよね? 眷族はご主人様の影響受けるって。つまり……」
「あたしをおまえと一緒の獣姦色ボケ女と一緒にすんじゃねえ!」
「イタイっ! ああ、ネズちゃん、ミーちゃん!」
「名前付けんな!」
レオナの乳首を齧っていたネズミは、萌美の乳ビンタに巻き込まれて吹っ飛んでいく。
そのまま池に落ち、大型の熱帯魚に飲み込まれて短い生涯に幕を閉じた。
ただただ哀れである。
「それで、魔物足らんの? 何匹か召喚しようか」
「いえ、この子とか、あと爬虫類の卵とかいただいたので大丈夫です。池の中にたくさんいたスライムも半分は連れて行きました」
「おお、そんな増えてたか。あの可愛くないスライム」
餌さえあれば無限に増殖するのがスライムである。
ましてやここは天敵がいないので増え放題であった。
スライムの天敵は植物系の魔物で、核に根を突き刺して活かさず殺さず常に養分を吸い続ける悪辣な生き物なのだ。
巨大な植物の魔物の根に、大量のスライムがいた話は冒険者の間では有名のようだ。
「スライムと、ワニちゃんの赤ちゃんたち、あとゴキブリくんたちは下水道で大繁殖してたのでその子らも連れて行っちゃいました」
「ああ、ヒデくんとネネちゃん居ないと思ったら下水道の方行っちゃってたのか。てか赤ちゃん生まれるの早過ぎない?」
「魔素の影響ですねー。ていうかご主人様だってワニに名前付けてるじゃないですか」
「ネズミみたいな餌じゃなきゃいいんだよ」
中々にひどい発言をする萌美であった。
ちなみに下水道で繁殖したゴキブリがレッドローチとコオロギで、下水道内に元々生息していたクモやネズミ、ムカデやゲジなどと日夜生存競争を繰り広げている。
レオナの胸にびっしりと張り付いているのは大人しいデュビアであるが、端から見たらゴキブリなので嫌いな人が見たら気が狂いそうな光景であった。
ダンジョン内では生物の成長や繁殖が早い傾向がある。
それは萌美がダンジョンに動植物を配置するときにそうあれかしと願ったからだ。
ダンジョンマスターの願いをダンジョンが叶えようと、魔素を注入し肉体改造を行っている。
なので既にこのダンジョンにいる動植物は、地球のものとは全くの別物となっていることを萌美は知らない。
「で、魔物化するとどうなんの?」
「体が大きくなって人を襲いますよ」
「モンスターじゃん」
「モンスターですよ?」
「そっか。ちょっとやって見せてよ」
「はい、じゃあこの子でいきますよー。それー」
レオナがデュビアを放り投げながら黒いもやを口から吐きかけると、親指サイズのものがどんどんと大きくなっていく。
そして太く発達した2本の足で立ち上がり、4本の細い腕が人のようなものに変わっていった。
ここに子供サイズのゴキブリ人間が爆誕した。
「うわ、気持ち悪っ!」
「えー? 可愛いじゃないですか。ねー、コックン」
『GICYUUU!』
「うわ、返事した! きっしょい!」
「ちょっとご主人様ー、可愛そうじゃないですか、落ち込んじゃってますよ。おーよしよし」
「お前そのまま蟲姦されそうだから裸で抱きしめるのやめろ、おぞましい。種付けされるぞ」
「えー?」
ゴキブリ人間が意外とつぶらな瞳で萌美を見上げる。
しかしその口に生え揃った、虫には絶対にないであろう牙を見て、やはり気色が悪いと直視するのをやめた。
たくさんのゴキブリを育てておいて何を今更だが、これで萌美を振った男たちの気持ちが少しはわかったかもしれない。
萌美を1段階成長させたゴキブリ人間は勲章ものである。
「こんな感じの子がもう1種類と、あと甲虫タイプの子たちもいますね」
「ああ、ミルワームが成虫になったのか。そいつらも2足歩行に?」
「はい。あとネズちゃんたちも人っぽくなります。手とかすごく人っぽいですよ、下水道のドブネズミちゃんたち」
「モンスターパニックだ。絶対にお前んところのダンジョンから出すなよ」
「もちろんですよ。ウチのダンジョンでは既に下水道の子たちと仲良く友食いしながら数増やしてますし」
「地獄じゃないか」
そんなダンジョンが人気になるのかという疑問があったが、全てをレオナに丸投げしているので何も言わない萌美であった。
「それで、ダンジョンは完成したのか?」
「はい、地下5階まで作って各階にダンジョンボスが居る作りなんですけど、だいたい完成ですねー」
「おお、ダンジョンっぽいな」
「あと今は湖のほうの水没した通路を分岐させて延ばしてる最中ですかね。地下1階に巨大地底湖作ろうかなーって」
「良いね、楽しそう。あ、ここの子らは住まわせられそう? なんかしばらく見ない間にめちゃくちゃ巨大化してるからここじゃ狭そうでさ」
「湖に放しちゃえば良いんじゃないですか? 勝手に生成される餌以外食べないから共食いもしないのでめちゃめちゃ大繁殖してますよ、あそこの子たち」
「そういえばそんな命令したな。外来種だけどまあいっか。じゃあここの池と水没した通路をつなげれば勝手に好きなところに泳いでくか。よし、レオナ任せた」
「あ、はーい。お任せください」
レオナの作ったダンジョンは総直線距離で15キロにも及ぶ巨大なものだ。
レオナのダンジョンのコンセプトとしてはこうだ。
平均1フロアで3キロは歩かないと次の層へ繋がる坂道に辿り着かない。
複雑に入り組んだ迷路状になっており、探検するのにも骨が折れる作りとなっている。
そこに生息する虫人間やネズミ人間は遭遇すればすぐに襲い掛かってくる凶暴な魔物で、ダンジョン特有の性質で倒すと溶けるようにして消えていく。
しかし他のダンジョンと違うのは、倒した後に貨幣を落とすことだった。
これは生まれた魔物の臓物の隙間に、銀貨や金貨を生成するという邪悪な技法によって可能となっている。
レオナにとって魔物は所詮ただの駒なのだ。
たとえ魔物に名前をつけようが愛着があろうが、ダンジョンマスターの望みを叶える為にそれらを切り捨てて動くのが眷族の正しい姿だ。
レオナの元々の種族が悪魔なのも相俟って、生物という物に愛着など無いのだろう。
あくまで真似事であり、偽物の感情だ。
ダンジョンマスターの望む願いを叶えるべく動く駒なのはレオナも同じなのだった。
「あ、ご主人様、ドワーフなんだから武器とか作れないですか? ダンジョンの名物にしたいなーって。宝箱に入れようと思うんですよ」
「えー、めんどくせー。できるかもだけど面倒だわ。お前作れよ」
「やですよ。私も作りたくないですもん。絶対変だし。ご主人様作ってくださいよー、作ってー、作ってくださいー」
「えー、マジかよー。めんどくせー」
萌美の願いを叶える駒、なのだろう。
たぶん、おそらく、きっと。
「1本だけ! そしたらダンジョンの生成でなんとかなるので! お願いしますよ~」
「ええぇー? しょうがないにゃあ……いいよ」
「やったー!」
萌美がレオナのお願いに屈して生成したのは1本のサーベルだった。
剣に含まれる成分は多い順に鉄、クロム、ニッケル、チタン、タングステン、コバルト、ミスリル、ヒヒイロカネ、オリハルコン、アダマンタイトだ。
そんなダンジョンが考えた最強の合金で作られたサーベルは、軽くて切れ味が良く曲がらず折れず朽ちない逸品となっている。
刃渡り89センチだが重量は600グラムという、羽根のように軽い半曲刀のサーベルである。
装飾も凝っていて、護拳部分は鳥の翼のようになっており、刀身彫刻にはルーン文字で『ᚹᚨᚱᛖᚹᛟᛏᚨᛋᚢᚲᛖᛃᛟᚺᛁᚲᚨᚱᛁᛃᛟᛃᛟᛗᛁᚷᚨᛖᚱᛖ』と掘られている。
意味は『我を助けよ、光よ蘇えれ』であることからして、萌美が生粋のジブラーだということがわかるだろう。
ルーン文字が書かれているからといって特殊能力が発動するとかは無い。
ただの見栄えである。
「ふおお、ご主人様、なんかすっごい武器ですよ、これ」
「ね、すっごいね。なんか想像したのがそのまんま作れるから楽しいわ。また作って良い?」
「是非是非! これはボス撃破で得られる報酬にして、ダウングレードを私が量産することにします」
「うん、やり方は任せるよ。とりあえずロマン武器いっぱいつくるから、よろしくー」
「はーい。ありがとうございます」
笑顔でゴキブリ人間と手を繋いで去っていくレオナを見送り、斧や槍などを作り始める萌美であった。
「うーん、爆発金槌とか、パイルハンマーとか作りたい……作ろ」
ゲーマーの元彼の影響で始めたとあるゲームの武器を大量に作り始める萌美。
裸に大砲とパイルハンマーで侵入し全てに勝っている萌美を見て、元彼は自信をなくして別れを切り出した。
この男のときだけは男のメンタルが弱すぎたのが原因で、珍しく萌美は悪くなかったのだった。
しばらくして魔物の素体となる生物を採集しに戻ったレオナは、金の三角を被った全裸の萌美が「ヒャハハッ」と笑っている姿を見て、体をブルリと震わせた。




