14話 あたしは面倒が嫌いなんだっての
翌朝、朝食を終えて客が帰り、各々が仕事に取り掛かったタイミングで、何もしないでいた萌美がヴェイグから声を掛けられた。
「オーナー、ちょっと相談があんだよ」
「お? どうしたの?」
「この酒場の両隣が空き家になっててよ、買っちまったんだ」
「うん? それで?」
「あー、それでな、その、オーナーの力でここみたいな設備作ってくれねえかなって」
「なるほどね。任せとけ。あ、地下室ある? 繋げちゃう」
「話が早くて助かるぜ。両方とも地下室はあったはずだ」
「オッケー。じゃ、今からやっちゃうわ。客多くて狭かったから両方とも酒場みたいにしちゃうよ。てかここと繋げようか。増築しても良い?」
「任せる。あとうちで娼婦をやりたいってのが何人もいるから、2階の娼館もあると助かる」
「任せんしゃい」
人がたくさんいればいるだけマナは増えるのだ。
店を広げることは、萌美からしても歓迎すべきことであった。
情事1回で2万マナは、とても美味しかった。
地下の元食糧庫、現空室にやってきた萌美は、久しぶりにめっちゃ削れるドリル2号を生成した。
そして隣の建物がある方の壁にドリルを当て、容赦なく掘っていく。
しばらく掘れば石の壁に当たったので、それを崩せば隣の建物に到着である。
支配領域が建物全体に広がったので改築を始める。
1階は広いホールに変えてトイレを4つ用意し、酒場方面の壁を取っ払って繋がるように壁や床を増築していく。
古い家具は全て吸収し、酒場と同じテーブルやイスを置けるだけ置く。
2階は娼婦部屋にするので、酒場のものと同じ作りで同じ物を用意していく。
増築した部分も部屋にしたので、こっちの建物は娼婦部屋が10部屋になった。
誰かが外で見ていたら、壁が伸びて隣の酒場と合体する様が見れただろう。
しかし幸いにも外で見ていた者は、店先を掃除をしていたオークのマリアと、ダークエルフのジャスミンだけだった。
ふたりはギョッとした顔をするものの、萌美が何かをしたのだろうと納得し掃除を続けた。
萌美はとても信頼されているのだ。
「あー、テーブル15台はさすがに多いから、反対は全部娼婦部屋にしちゃおう」
酒場と合わせるとテーブル席が92席、カウンター席が45席あるのだ、十分であろう。
地下を掘り進め反対側の空家へ向かう。
同じ手順で改築を進め、1階2階合わせて25部屋の娼館部屋を作り終えた。
時間にしてたった10分のでき事であった。
酒場本館に戻った萌美は、口が開いたまま増築部分を眺めるヴェイグに「終わった」と声を掛けた。
「いや、流石に早すぎんだろ……」
「ドワーフの秘術だから」
「お前それエラの前で言うんじゃねえぞ」
似非ドワーフの萌美とは違う本物のドワーフのエラが聞いたら、ドワーフとしての存在証明、アイデンティティが揺らいでしまうことだろう。
そんな残酷なことは避けたいと思うヴェイグだが、萌美は何もわからないのであまり聞いていない。
ドワーフを便利だからと言い訳に使い過ぎなのだが、そのことについて誰も萌美に追及しないので仕方が無いとも言えた。
すれ違いが生んだ悲しきモンスターが萌美である。
「えーとね、全部で25人雇えるよ、娼婦」
「そんなにか! そいつは嬉しい誤算だぜ。俺の知り合いで10人程しかいねえんだが、お前ら誰か当てあるか?」
「あたいの知り合いで何人かいるけど」
「私も。今から声掛けに行って良い?」
「助かるぜ。良いよな、オーナー」
「オッケー。来たらまずお風呂入れさせて着替えさせてよ。そしたらエステやるから」
「わかったよ」
足りない娼婦はオーガのハンナとウェアタイガーのヴィルマの知り合いで補うということで決まった。
ヴェイグもそうだが、ハンナたちもより悪環境で働く知り合いを保護するために声を掛けにいくのだろう。
萌美のエリクシルオイルを使ったエステのおかげで、長年に渡り苛まされていた病気が消え、古傷すら治ったのだ。
その恩恵に与ろうとするのは、仕方の無い事であった。
萌美の行いは、娼婦たちからすれば奇跡に等しいものなのだ。
しかし萌美本人にその自覚が全く無いのはとても質が悪い。
いともたやすく行われるえげつない奇跡である。
娼婦が増えれば洗い物も増えるだろうと、裏庭の小スペースに洗濯機を増産していく。
2層式のものを全部で10台。
雨風に当たらないように庇や壁を増築すれば完成である。
全てドワーフの秘術のおかげなので、誰からも何も言われなかった。
洗剤や柔軟剤の使い方は既にいる娼婦たちが知っているので萌美がやることはそれらを生成していくだけだ。
干すスペースも自分たちで器用に作っているので、自主性に任せて萌美は何もしていない。
そもそも洗濯もダンジョンに1度吸収させて再生成すればすぐに済む話だが、何でもかんでも萌美がやってしまうのもダメだろうと判断したようだ。
そういう機構を作り出すのが面倒だったからでは無い、と思われる。
「あ、そうだヴェイグ。この街から1番近い村ってあっちにあるよな」
「ああ、バル村だな。それがどうかしたか?」
「たぶん近いうちにそこでダンジョン見つかると思うよ」
「なんでおめえがそんなことわかんだよ」
「ドワーフの勘ってヤツ? 地下掘ってたらダンジョンっぽい雰囲気してた」
「すげえなドワーフ」
ドワーフの知らないところでドワーフの株がうなぎのぼりである。
どんな無茶なことでもドワーフのせいにすれば良いと学んでしまったのが萌美である。
「うん、だから知り合いとかいないの? 隣村」
「いや、いねえな。けど俺のろくでもねえ弟ならたぶん派遣できるぞ」
「ここと同じ感じの店作りたいんだけどさ、店長やらせられる?」
「できると思うが1度顔合わせしといた方が良いだろ。今呼んでくるか?」
「じゃあ頼んだ」
ヴェイグに呼ばれてやってきた男は、先ほどまで店内で朝食を取っていた一団のひとりだった。
要するに娼婦の客の冒険者である。
ふたりの男を引き連れて現れた男はイアリと名乗った。
偶然にも萌美の胸を揉みしだき殴り飛ばされた男だった。
「弟ってお前かよ」
「あ、どーもどーも。兄ちゃんから聞いたぜ。俺が店長になれるんだってね。めっちゃ頑張らせてもらいますけどもー」
手でゴマをすりニコニコ笑うイアリを、なぜか萌美は気に入ったようで「任せる!」と肩を思い切り叩いた。
イアリは強すぎる衝撃にたたらを踏んでいたが顔はニコニコであった。
「オーナー、俺が連れてきといてなんだが、こんなろくでなしで良いのかよ?」
「うん、良いよ。お前金儲けしたいんだもんな?」
「お金大好きですぜ! あ、こいつらも従業員にしても良いですか? 俺と同じパーティーの仲間なんです」
「お願いします! オーナーさん!」
「やれることはやります!」
「おーおー、金が好きなやつは金を与えてれば裏切らないだろうから好きだよ。てことでヴェイグ、こいつらの教育と村での店の確保任せた。最悪土地だけでも確保してくれれば、ここみたいにあたしが建てるから」
「わかったぜ」
それから村に用意する店の規模や従業員の数などをイアリや娼婦も混ぜて検討していく。
料理はここと同じような設備で作られるため、覚えることはそんなに多くない。
向こうで出す料理は、ここ酒場本店よりも少なくし差別化と効率化をしていく。
連れて行く娼婦も少なくして、娼館というよりも宿を目指す方向性に決まった。
候補地はここよりも大きい土地が必要ということになり、イアリの仲間のひとりが大量の金貨を持たされ村へ旅立った。
その金を持って逃げればどこまでも追いかけて殺す、という萌美の言葉に、頭を必死に縦に振っていたので大丈夫だろう。
萌美にはやると言ったらやるスゴ味がある。
それを男は肌で感じ取ったのだ。
「じゃあ向こう着いて家か土地買ったら合図してくれ。地面を足でドンドンドドドンってやれば気がつくから」
「あ、ああ。こうか?」
「それじゃあドンドドドンだろ。こうだよ」
「ああ、こうか」
「そうだ。それやればあたし気がつくから、そしたらここと同じ建物にするからさ」
正確には萌美ではなく、村の地下で待機させている掘削マシーンである。
地上の一定の振動を感知したら萌美に知らせるように命じてあるのだ。
「もはや何も言うまいと思ってたが、なんでそんなことできんだよ、オーナー」
「ドワーフの秘術だ。秘術だから答えられないぞ」
「ヤベえなドワーフ」
「すげえんだな、ドワーフって」
ヴェイグだけでなくイアリやその仲間ですら、萌美の虚偽の発言を信じてしまった。
このまま嘘を広めていけば、ドワーフに業務妨害で訴えられたら確実に萌美が負けるであろう。
イアリの仲間を見送った後は、新しくやってきた娼婦にエステという名の治療をしていく。
その数全部で40名。
ここ本店には25名在籍させて、残りは村へと行かせることとなった。
全員のエステを終わらせるのには丸3日掛かった。
ケガ、病気、皺やシミの無くなった娼婦たちは、全員が生き生きとするようになった。
昼はウェイトレスや料理の仕事を覚え、夜は客の相手をする生活は、彼女たちにはとても魅力的だったのだろう。
人の口に戸は立てられぬとも言うし噂は広がり、あるとき遂に萌美の元に大量の女が押しかける事態になってしまった。
酒場のカウンターでひとりで晩酌をしていた萌美のまわりを数人の女が取り囲んでいる。
「お願いだよ。私もここで働かせておくれ」
「あなたの所で働けば美貌が得られると聞いて」
「もう叩かれるのは嫌なんです。お願いします」
「あー、もう、うるせえな。あたしは誰かに強制されてやるのは嫌なの。客じゃねえなら帰りな。営業妨害だ。おら、散れ散れ」
飲んでいた酒を女たちに浴びせて冷酷なことを言い放つ萌美、その姿は完全に悪役であった。
しかし女たちはその場を動かない。
ヴェイグやウェイトレスをしている娼婦たち、さらには客たちからすらも視線が集まり、萌美は女たちを押し退けて「あたしは帰るからな」と地下室へと降りていく。
残された娼婦たちをヴェイグが諭して帰らせ、ようやくこの騒ぎは収まった。
「ったくよー、あたしは面倒が嫌いなんだっての。あーもー」
地下のマスタールームで全裸になった萌美が、ふわふわのラグマットの上でごろごろと転がって愚痴を言っている。
怒りの発散のやり方が5歳児並である。
しかし萌美は29歳児だ。5歳児と通ずるところは裸になりたがるところか。
「だいたいこの街だけで何人娼婦がいると思ってんだよ。人口20万人なら2万人くらいか? 中世ローマが人口の10%って見たことあるしそんくらいだろ」
2万人と仮定した場合、そのうちの48人を萌美は救った。
数値にして1%にも満たないたったの0,24%である。
苛酷な環境で命を削って身売りをしているのが半数だとしても、1万人以上もの人間を萌美1人でどうにかできるとは思えない。
とても現実的では無いのだ。
しかし萌美はダンジョンマスターでここはダンジョンである。
萌美が何とかしたいと思えば、ダンジョンが何とかしようとするのだ。
「あー、美味い酒を飲むためだ。偽善的なことは嫌いなのに。クソ……。いや、これはマナのため、支配領域を広げるためだ」
性病や望まない妊娠から救われる女性が増えるのは、ただの副産物である。
そう自分に言い聞かせる萌美は、要はただ照れ隠しをしているだけなのだ。
世のため人のために動くと恥ずかしいと思ってしまうらしい。
自分の力でもない便利なダンジョンの機能を使って、それで感謝をされても仕方がないと考えているようだ。
力は使いようだ。
萌美は偽善を嫌っているようだが、それで救われる人が増えるならそれで良いだろうに。
グジグジ悩んでいる萌美は、全ての行動は自分のためという理由が欲しくてしょうがないらしい。
「うん、そうだよ。この街の娼館を全部支配してダンジョン広げれば、街を手中に収めたも同然じゃん。面倒だけどやるかー。マナは……足りるな」
言い訳ができたので萌美が動き出した。
まずは人手不足というか面倒ごとを丸投げする人員を召喚する。
「えーと、『穏健派』、『魔法タイプ』、『攻撃型』の人に化けられるやつ。娼婦特化の眷族召喚」
萌美が言うと同時に床へと魔法陣が刻まれる。
それが輝くと、人の頭がゆっくりと迫り出してきた。
萌美はその頭をガシリと掴み、上へと引っこ抜く。
白金の髪を持つ美女が、キョトンとした顔で萌美を見ていた。
萌美に頭を離された美女が床に足を着き、妖しく微笑んだ。
「あら、主様、お手数をおかけいたしました」
「良いよ、2度目だし慣れたもんだ」
「そうなんですね。申し送れました。わたくしサキュバスのエイシェトと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「ああ、よろしく。いきなりだけどお前にやってほしいのは娼館運営と設備の設置。あと娼婦たちの管理な。エステとか」
「はい。お任せくださいませ」
バフォメットのレオナみたいに無駄口を叩かないエイシェトを萌美は気に入ったらしく、親切丁寧に娼館や娼婦についての説明をしていく。
土地の確保や店舗設営に娼婦のエステなど、ダンジョンの機能を使うものはサブコアを与えることにより解決する。
ダンジョンマスターやその眷族は、基本的にはダンジョンの領域から出ることができない。
その枷を高いマナを支払うことで取っ払い、エイシェトを外へと行けるようにする。
萌美は引きこもりなので外に出る必要は無いが、エイシェトはこの街全体を動き回る必要がある。
面倒ごとを一挙に押し付けられるために支払うマナは惜しくないようだった。
「てわけで、金貨とか銀貨とかある程度は好きに使っていいから土地と家の確保ね。それからここと同じ施設を作って、病気とかケガとかしてる娼婦から優先的にやって」
「承知いたしました。護衛は置くべきでしょうか? わたくしの眷族たちでよろしければ、いくらでも喚び出せますがいかが致しましょう?」
「エイシェトに任せる。あ、でも面倒ごとになっても人は殺さないように徹底して。目をつけられると討伐されるかもしれないし」
「畏まりました」
こうして萌美の手勢が街全体に蔓延る道筋ができた。
それは期せずとも街を支配しようとする動きであったが、だいたいあっているので特に問題でもなかった。
萌美の平和のためには、誰かの迷惑など考えないのだ。
気に入らないものは全部変えてしまえ、という傲慢の極みな考えを持つ萌美は、やはりダンジョンマスターに向いている。
そんな自己中な考えを持つ萌美を、エイシェトは嬉しそうに微笑んで見つめていた。
百合なのかもしれない。




