13話 アヘ顔でオホ声出してるの見たくない
あれから1週間、酒場は順調に賑わいを見せている。
テーブル席は全て埋まり、萌美のいるカウンターもすし詰め状態だ。
飲み放題のせいで回転が悪いのは仕方が無いことだった。
なんなら席が無いので立ち飲みしている人間までいる始末である。
「なあマスター、予想以上に繁盛し過ぎじゃねえか?」
「俺もそう思うよ、っとポテトフライ揚がったぞ、持ってきな」
「はーい」
料理に大忙しのヴェイグは中々萌美の話し相手になってくれない。
時刻は18時を少し過ぎたところ、暗くなり仕事を終えた人で溢れるため、1番忙しい時間でもある。
「ジャスミン、今夜空いてる?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「あ、じゃあ俺はハンナさんにお願いしようかな」
「あいよ。今忙しいから後でな」
娼婦の女たちも順調に本業で稼いでいる。
最初は大銀貨2枚も払えねえとゴネた冒険者たちだが、1人の勇者がものは試しにと娼婦を買い、設備やプレイにメロメロになったことから人気に火がついた。
今では月の物が来ていない女は、ほぼ全員が毎晩買われている。
「ほんと冒険者って金払い良いよね。宵越しの金は持たない主義なのかって疑いたくなるレベル」
「ヤツらは刹那的に生きてるからな。はいよ、ジェノベーゼお待ち」
ヴェイグがカウンターにパスタを置くと「待ってました」と客の男がフォークを持った。
「やっぱ美味いよな、これ。っていうかお姉さんもよく居るけど娼婦なの? 今日俺とかどうよ」
「あたしは客だよ。次話しかけたらぶっ飛ばすからな」
「こえーこえー」
ここ1週間、特にやることもないので毎日店に入り浸っている萌美は、こうやって娼婦に間違われることが多い。
適当にあしらってはいるが、中には体を触ってくる男もいた。
胸を触られて怒り狂った萌美が思い切り殴りつけると、男が数メートルも吹っ飛んで気絶をした。
その件から萌美がドワーフの膂力をちゃんと持ち合わせていることが判明し、それを見ていた男たちの間に「あの人に絡むとヤバい」という共通認識が広がった。
たまにこうしてそのことを知らない男に絡まれるが。
「アスタちゃーん、今日私と一緒に寝ようよー」
「はい! わかりました!」
「エラちゃんはあたしー」
「あんたも好きだねぇ」
ゴブリンのアスタやドワーフのエラ、ハーフリングのアイリスは女性客のみを取らせるようにしている。
萌美がダンジョン感知で情事を盗み見たところ、明らかに不釣合いな男性器に貫かれ、苦悶の声を上げていたからだ。
入り口が裂けてはいるが、ダンジョン産のエリクシルオイル配合ローションのおかげなのかせいなのか、裂けるそばから治っていく。
さすがに見ていられなかったので、今後は女性客のみということになったのだ。
女性客たちも娼婦を買った冒険者からの話を聞いて、風呂や朝食、ケガの治るオイルなどが気になっていたらしく、すぐに大人気となった。
性的サービスも擦ったり舐めたりだけじゃなく、振動や回転をする男性器を模したバンドを萌美が作り出したことでプレイの幅が広がった。
片方は一般女性用のサイズ、片方は少女用のサイズのもので、お互いが挿入たり挿入られたりできる優れものである。
女性客の意見を聞くと「男になって少女を犯してるみたいで興奮する」とか「小さい子に犯されてるようで興奮する」と大好評のようだった。
人々の欲望が渦巻く酒場のおかげで、マナも順調に貯まっている。
既に100万を超えていて、もう眷族を召喚できてしまう。
しかし、何のために召喚するのか、萌美は目的を見失っていた。
萌美の目的は『楽をして生きる』だ。
それは既にこの酒場兼娼館を成功させた時点で叶ってしまっている。
ならば次の目的は何にするか。
萌美は何かヒントになりそうなものが無いかと店内を見回し、冒険者の会話に耳をそばだてる。
「お前今日も女買って大丈夫かよ。よく金あんな」
「借りりゃあ良いんだよ。俺のマリアちゃんは誰にも渡さねえ」
「最近東の森が活性化してきてないか。良くないことの前兆じゃなきゃいいが」
「うちのパーティーで調査に行ったが出てくる魔物もやけに強くなっていたぞ」
「そういやお前のその剣どうやって手に入れたんだ?」
「これ5年前にダンジョンで拾ったやつ。もうそのダンジョン無くなっちまったけどな」
「ここから近くて良かったのになぁ。コア壊したやつは死罪になってたっけ」
「あんた最近、髪の毛とか肌とかツヤツヤじゃない? なんで?」
「1度ここの子らを買ってみるといい。答えはそこにある」
「そんなお金無いよ……」
「俺、あのケツ洗うトイレにハマっちまってよ」
「わかる……。くすぐってえけど気持ち良いんだよな」
「だからカレーが至高にして最高なのだ。この肉の柔らかさがなぜわからんのだ」
「それを言ったらシチューだろうが」
「バカめ。お前らは何も理解しとらん。香ばしくジューシーで柔らかいハンバーグこそが1番だというのに」
「このブランデーっての、香りが良くて美味いよな」
「そんなんチビチビ飲んでねえでビールをガブ飲みだろ。せっかくの飲み放題なんだぞ?」
「品の無い飲み方だぜ」
「お前のその貧乏くせえ飲み方よりはマシだ」
「ここで毎日飲めるのは金持ちだけだろ」
冒険者たちの会話を聞き、萌美のピンク色の脳細胞が導き出した答えは「冒険者お金持ってなくね」だった。
やるべきことを思いついた萌美は、さっそく行動に移すことにする。
「マスター、ちょっと下行くわ」
「おう。戻ってくるか?」
「わかんない。片付けちゃって良いよ」
「おう」
ヴェイグに挨拶をし、厨房内で働くウェアタイガーのヴィルマに手を振ってから階段を降りて行く。
マスタールームに着いたと同時に服を全て脱ぎ捨てた萌美は、ダンジョンコアであるパソコンの前で眷族召喚のやり方を見る。
眷族の種類は複数あった。
まず初めに『穏健派』か『強硬派』かを言い、次に『魔法タイプ』か『物理タイプ』か、最後に『攻撃型』か『守備型』かを選んで『眷族召喚』と唱えれば完了である。
「よし、出て来い。『穏健派』の『魔法タイプ』で『守備型』の眷族召喚」
萌美が唱えると同時に、床に魔法陣が刻まれ光が溢れ出す。
とてもファンタジーな光景に萌美が「お~」と感心していた。
魔法陣からゆっくりと眷族らしき者の角が迫り出すと、何を思ったか萌美がその角をガシリと掴んだ。
「お前、なんか雰囲気出そうとしてゆっくり出てくんじゃねえよ。ほら、スポーンって出て来い」
「ええ~……」
萌美によって魔法陣から引っこ抜かれたのは、ヤギの角と目と足を持ち、コウモリの翼を背に生やした色白の美女。
髪の色は萌美とお揃いの黒で瞳の色は金だ。
そんな美女が萌美に角を持たれてダランと体の力を抜き、悲しそうな顔をしていた。
「ご主人様、せっかくの私の晴れ舞台なのに……」
「うるせえ、あたしはそういうのいらないの。で、名前は?」
「レオナですけど……」
「よし、まずはちゃんと立て。重いんだよ」
「はーい……。だったら角引っ張らなきゃ良いのに……」
「だってお前出てくんの遅いんだもん」
29歳全裸女が「もん」とか言うなとバッシングを受けそうだ。
「あ、レオナ、お前種族何なの? 悪魔?」
「バフォメットですけどー?」
「あ? 何? 不満なの? 何で?」
「だってご主人様全裸だし、黒ミサかサバトだって思うじゃないですか? そしたら誰もいないしー」
「全裸はあたしの趣味だからな。ていうかお前も全裸じゃん。別にそれでよくね?」
「良いですけどー」
萌美は「こいつ眷族の癖に生意気だな」と思ったが、威厳もへったくれもない全裸の野生児には誰も敬意は払わないだろう。
残念でもなく当然のことであった。
「よし、ちょっとそこ座れ、話がある」
「なんですかこの変なの。捧げものですか?」
「人をダメにするクッションだよ。あたしお気に入りの。ていうか何で眷族に捧げんだよアホ」
レオナは不満気な顔をしながらも、萌美の生成したクッションに座る。
そしてハッとした顔をして「なるほど、だからご主人様ダメなんですね」と言って、萌美に胸を思い切りビンタされて涙目になっていた。
萌美もクッションに座ると「それでな」と本題を切り出した。
「お前にやってもらいたいのはサブダンジョンの管理だ。そこのボスやれ」
「アバウト~。方向性とか無いんですか?」
「あー、じゃあみっつ。人を殺すな。金をばら撒け。感情を揺さぶりマナを集めろ」
「ん~? エロトラップダンジョン作れば良いですか?」
「お前得意そうだもんな」
「ご主人様知ってます? 召喚される眷族って少なからずご主人様に影響されるって」
「何が言いてえんだ?」
「ご主人様もエッチってことですよ」
「お前にイラつく理由がわかった。これは同属嫌悪だ」
「わかって偉いですね~……イタイっ!」
萌美に乳ビンタをされて再び涙目になる、いや、少し泣いているレオナであった。
「ダンジョンの作りはお前に任せるぞ。でもエロトラップダンジョンはダメだ」
「なんでですか?」
「娼館の売上げ減りそうだろうが」
「あ、人に金を持たせて、ご主人様の管理する娼館で欲望を発散させようって事だったんですね。なるほどー」
「男がエロトラップダンジョンにハマってアヘ顔でオホ声出してるの見たくないしな」
「あれはあれで良いんですよ~」
「お前レベル高いな」
萌美はさすがに自分はこんな面は持ち合わせていないと信じたかった。
しかし眷族とはダンジョンマスターの数ある可能性のうちのひとつの姿でもある。
つまり、萌美も男のアヘ顔とオホ声を良いと思う可能性はあるのだ。
それを今の萌美は知る由も無かった……。
この世界で萌美は何を思い何を成すのか……。
萌美の物語が今始まる……。
「じゃあお前の言うこと聞く掘削マシーン5台とサブコアな。好きなように作って良いぞ」
「わーい。ご主人様太っ腹~」
「場所はこの街からちょっと離れたところの村のそばで良いな。こないだ掘削マシーンが地下室の壁ぶち抜いてマジ焦ったわ。あ、あたしが良いぞって言うまで地上への入り口は作るなよ」
「何でです?」
「そこにもここと同じような酒場と娼館を作るんだよ。そしたら儲けまくるだろうが」
「ご主人様、ダンジョンマスターなのに儲ける事に執着し過ぎじゃないですか?」
「あたしの生きがいなんだよ。マナもお金もゴールドも、貯まってれば安心するだろ」
「なるほど~?」
萌美の願望は、減っていく一方の通帳残高に怯えていたからこそ出てくるものなのだろう。
財産の貯蓄は現代人なら誰もが願うことではあるが、ダンジョンマスターの願いとしては不相応らしく、レオナは首を傾げていた。
「まずはサブダンジョンで金や素材をばら撒いて近くの村とこの街を活性化だな。冒険者の羽振りが良くなれば需要が生まれて雇用も増えたりすんだろ。知らんけど」
「さすがご主人様。知識が少ないからめっちゃ雑~。頭悪く聞こえちゃいますねー」
「うっせえ!」
萌美に全力乳ビンタをされ涙を零すレオナ。
わざわざ言わなければビンタもされないのに、どうして言ってしまうのか。
レオナにはMの気があるのかもしれない。
それはつまり、萌美もそうである可能性があるという事だ。
人は無限の可能性を秘めている。
赤くなった乳房を抱えて涙を流すレオナがそれを教えてくれた。




