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12話 飲み放題ってヤバくなーい?

 娼婦たちを迎え入れた次の日、全員揃って朝食を食べている時にヴェイグがひとつ咳払いをしてから口を開いた。


「えー、今日はこっちのカネダがオーナーになってから初めての営業だ。昼も夜もやるつもりだから、お前らよろしく頼むぞ」

「任せとけってんだ」


 元気良く返すのは額の一本角と恵体が特徴のオーガ族のハンナ。

 娼婦らのまとめ役のような役割をしている。


「皆が美味しそうに食べてるのを見ながら仕事するのツラそー。マリアはお腹空き過ぎて倒れちゃうんじゃない?」

「だ、大丈夫だよ~! ヴィルマも匂いに釣られてつまみ食いしちゃダメだよ」


 ウェアタイガー族のヴィルマは、膝下と肘の先が獣の混じった物になっていて、耳と尻尾を持つ半獣人の女だ。

 萌美によって毛皮以外の場所をツルツルにされ、羞恥のあまり叫び声を上げていた。

 ハンナと同じ傭兵をやっていたがケガを理由に引退している。


 マリアはオーク族の女で、とりあえず胸が1番でかい。

 性欲旺盛で食欲旺盛、のんびりとした性格で萌美曰く「バブみにあふれておる」だそうだ。

 側頭部から生えた角と青白い肌は、現代人から見れば『女悪魔』の方が近いイメージはあるだろう。

 サキュバスの可能性も微粒子レベルで存在しているかもしれない。


「しかし客は来ますかね? ヴェイグの店は寂れていたでしょう」

「痛いとこ突くな……」


 ダークエルフの美女、ジャスミンがヴェイグに容赦無いひと言を放つ。

 長い耳が揺れているのは、昨日からの癖のようだ。

 奴隷の時に貴族の横暴により、耳を半分まで切り落とされたが、昨日の萌美のエステという名のナニカにより、見事元通りになったのだ。

 ジャスミンは萌美を神と崇拝し、この先もずっと役に立つよう精進しようと決意した。


「じゃあ私がチビどもを引き連れて宣伝してこよう」

「おい、カミラ。ウチより年下でチビとか言うな」

「生意気なガキだねぇ」

「アスタ宣伝行くよ!」


 ウェアウルフのカミラは、ウェアタイガーのヴィルマと同じく半獣人だ。

 年齢は14歳だが、スタイルの良さから成人しているように見える。


 それを気に入らないのがハーフリングのアイリスと本物のドワーフのエラだ。

 ハーフリングのアイリスは、見た目はゴブリンのアスタよりも幼く、小学校あがりたての子くらいにしか見えない。

 年齢は21歳なので、他種族による子供扱いが嫌で仕方がないようだ。


 ドワーフのエラは中学生くらいの見た目だが妙な貫禄があり、睨まれたカミラは少しだけビビッていた。

 萌美のエステにより全盛期の力を取り戻したエラは、カミラの事など片手間に打ちのめすだろう。

 そしてエラは萌美の「あたし? ああ、ドワーフだよ」という言葉を信じておらず、魔に属するナニカだと思っているようだった。

 なんでも「ドワーフだから」で片付けようとするから、疑われて当然である。


 アスタは素直で良い子のゴブリンというのが、萌美も含めてここにいる全員の共通の認識であった。

 この店の唯一の癒しである。


「あー、じゃあこれ持って行きなよ。ひとりひとつね」

「おいオーナー、なんだそれは?」

「ん? 料理の写真。値段とか料理名は書いといて」


 萌美はこの世界の言葉は喋れるが文字は書けないのだ。

 なので全ての料理をひとつひとつ写真に収め、それをコルクボードに張り付けたものを用意した。

 カメラも無いのになぜ写真ができたかは、萌美が望みダンジョンが用意したからである。


「そういや値段設定してねえな。オーナー、いくらで出すんだ?」

「ん? ヴェイグに任せるけど」

「俺かよ……。えー、全部半銀貨と4分の1銀貨でどうだ?」

「だったら全部小銀貨1枚で良いんじゃない? 知らんけど」

「じゃあそうすっか。多少高くてもあの味なら人は来るだろ」


 任せると言いつつも思い切り口を出す萌美であった。

 本人としては計算が楽だろうくらいにしか考えていない。


「酒の値段も決めねえと。どれが1番高いんだ?」

「ん? 全部一緒。てかいくらで飲み放題とかにした方が楽だよ。客が自分で注げるようにあの樽用意したんだし」

「飲み放題って聞いた事ねえぞ……。ちなみにいくらだ?」

「任せるって。まあ料理みっつ分で良いんじゃない?」

「小銀貨3枚でこの酒が飲み放題かよ……繁盛間違いなしだな」


 その言葉を聞き娼婦の何人かが唾を飲みこむ。

 萌美以外にも酒好きが多くいるらしい。


「あ、でも時間制にしないと昼から居座る客が出てくるかも。酒は仕入れでやっすい穀物とか買ってくればドワーフの秘術でチャチャっと用意してやるから、赤字になる心配はすんな」

「ドワーフすげえな……」


 本物のドワーフであるエラが、その秘術は全ドワーフが生涯掛けて追い求めるもの、と認識するも藪蛇なので何も言わない。

 沈黙は金、言わぬが花、口は災いの元である。


 朝食を食べ終えた各々が自分の仕事へと取り掛かる。

 ウェアウルフのカミラはドワーフのエラ、ハーフリングのアイリス、ゴブリンのアスタを引き連れて宣伝へ。

 オークのマリア、ウェアタイガーのヴィルマは店周辺の掃除へ。

 ダークエルフのジャスミン、オーガのハンナは萌美に洗濯機や食洗機の使い方などを教わる。

 ヴェイグは石釜に薪を入れて火入れをする。


 各々がやることを的確に理解して動ければ、それは理想のチームであった。

 後は客が来て店内が賑わえば言うことなしである。




 現時刻10時半過ぎ。

 カミラたちが宣伝に出て2時間ほどが経過した頃、初めての客が店内にやってきた。

 萌美はカウンターで酒をチビチビ飲みながら客の様子をうかがう。

 娼婦にテーブルへと案内された3人の男は、革の鎧を着て腰に剣を帯びている。


「ねえ、あれって何? 兵士?」

「あん? 冒険者だろ」

「へえ、あれがね」

「ただのならず者の集団だけどな。何でも屋のスカベンジャーだ」

「嫌なことでもあったの?」

「良い噂はあんま聞かねえな」

「ふーん」


 ヴェイグの答えを聞き、そういえばダンジョンのメインの客層だと思い出す。

 どんな人間が冒険者をやっているのかを知れば、今後何かの役に立つかもしれない。

 懐事情も知りたいと思った萌美は、わざとらしく酔ったような声で「マスター、これおかわり!」と叫んだ。

 ヴェイグは突然の萌美の奇行にギョッとした顔をしたが、すぐに意図を汲み取る。


「だから言ってんだろ、小銀貨3枚で2時間飲み放題だって。あそこの樽から好きな酒を自分で注いで飲め」

「あー、そうだった! 飲み放題ってヤバくなーい?」


 萌美のわざとらし過ぎる芋演技に、ヴェイグは噴出さないように腹に力を込めた。

 しかし男たちには効果があったようで、小さい声で「おい、飲み放題だとよ、どうする」と相談を始めていた。

 萌美はそれを聞きながら今度は酒樽の棚の前で「これ全部違うお酒かー! 説明書いてあるからわかりやすいよマスター!!」と叫んでいた。

 ヴェイグは顔を横に向けて萌美の方を見ていなかった。

 オーガのハンナとウェアタイガーのヴィルマが、口を手で押さえて顔を赤くしていた。


「おい、あれ何種類あんだよ」

「今日依頼行くつもりだけどやめるか?」

「小銀貨3枚か、払えなくはないけどな」

「たくさん飲めば良いだろ。どうする?」

「よし、飲むか」

「あー、注文良いか? このオイル煮ひとつとパン」

「俺これ。赤いヤツ」

「俺はシチューを。あと飲み放題3人分」


 店内のメニューも商品の写真が載っているので文字が読めない客でも安心である。

 冒険者たちはアヒージョ、アラビアータ、牛モモシチューを頼んだ。

 注文を受けたオークのマリアは注文票に書いてある料理名の横にチェックを入れてから再確認をする。

 萌美に「必ず注文は復唱して確認するように」と言われているのだ。


「えーと、確認しますね~。『めちゃでか大エビとブラウンマッシュルームのアヒージョ』がパンセットでひとつ、『情熱のあちあちピリ辛アラビアータ』がひとつ、『2日間煮込んだゴロッと柔らか牛モモ肉のシチュー』がひとつ、あとお酒の飲み放題がみっつですね~」

「おうそれで頼むわ」

「ではお会計が、えーと、1、2、……それぞれ小銀貨4枚です」

「はいよ、大銀貨1枚」

「は~い。今お酒のジョッキ持って来ますね~」

「あ、マリア、持ってきたよー」

「ありがと~。それでは今から2時間です。あちらの樽からどうぞ。コックを捻ればお酒が出ますよ~」

「おー、楽しみだ」


 マリアのサポートをヴィルマがやっているのを見て、萌美はスムーズに事が運んでいると胸を撫で下ろした。

 内心では「メニューの名前長くて面倒くさ、誰だよあの名前考えたやつ、全部復唱しろって言ったのも誰だよ、アホか」とか考えていたが、今更やめるように言うのも恥ずかしいので黙っていた。

 壊滅的なネーミングセンスの持ち主で救いようが無いアホ女の名前が金田萌美であった。


 そんな萌美は酒樽の前で何を飲もうかとウロウロしているフリをしながら、男たちの様子を窺い見る。


「ワインだけで10種類もあんぞ」

「どれ飲めば良いんだ?」

「酒の強さと辛口と甘口が書いてあるけど、よくわからん……」


 総勢200個もの樽を前に、男たちがオロオロとしている。

 萌美は助け舟を出すことにした。


「マスター! これ味見しても良いー!?」

「ああ、かまわねえよ」

「やったー!」


 アホ女を演じているせいで、ほんのり頬に赤みが差している萌美であった。

 そのまま樽からちょっとずつ酒をジョッキに入れ、チビチビと飲んだあと「これにするー!」と大声で言ってカウンターに戻って行った。

 ヴェイグがそんな萌美を哀れなものを見る目で眺めていた。


「なあ、オーナーよ。なにもおめえが――」

「待てやめろ。皆まで言うな。あたしがどうかしてた」


 ヴェイグの発言を手で制した後、グイっとジョッキをあおる。

 そして中身が無くなった後に、まだ酒樽の前で右往左往している男たちの元へ戻らなければならないと気付き、ゲンナリとした顔をした。


「次からは娼婦らに説明させるからよ。あまり体張んなよ、オーナー」

「うるせー! もうやらんわ!」


 可愛そうなものを見る目のヴェイグの喉に手刀を突き入れ、そのままプリプリ怒りながら地下室へと帰って行く萌美。

 残されたヴェイグと娼婦たちは、なんとも言えない顔でそれを見送った。

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