11話 ドワーフの秘術で解決さ
ヴェイグの吸収力は目を見張るものがあり、萌美が1度教えれば材料の分量や焼き時間など、全てを覚えてしまった。
さらにはアレンジも考えているようで、料理の研究がしたくて仕方がない様子だった。
でき上がった料理の数々は、娼婦の女たちへと振る舞われとても好評であった。
「じゃあヴェイグ、材料いくらでも使って良いから今日中に女たちに料理教えてやってくれ」
「任せとけ。簡単なヤツならひとりでもできるようにしてやらぁ」
現在朝の9時過ぎ。夜までひたすら料理をする気満々のヴェイグに、萌美は頼もしく思った。
この酒場の厨房にある引き出しには、全ての材料が下処理済で納められている。
なので形を揃えて切る手間もなく、使う分量を出して揚げるなり焼くなりすれば良いだけなのだ。
切られた状態で新鮮さが保たれているのは、ひとえにダンジョンのおかげである。
ヴェイグや女たちは、萌美の「ドワーフの秘術だから」という言葉を聞き、内心では「絶対に違う」とわかりつつも納得することにしている。
藪蛇は身を滅ぼすのだ。
「よし、じゃあエステやっちゃうか。ひとりずつやるから、えーと、まずは1番でかいきみから」
「あ、あたいかい?」
「そうきみ。名前は?」
「えっと、ハンナっていいます」
「オッケー、ハンナ。じゃあ付いてきて」
「はい……」
萌美に最初の生け贄として選ばれたのは、オーガのムキムキ長身女性であるハンナだ。
萌美の188センチより頭ひとつデカい205センチの身長を持つ。
今はその顔を不安げにして縮こまっているので、萌美より小さいように見える。
むしろ萌美が常に尊大不遜で大胆不敵な態度を取っているので、なんだか大きく見えてしまっているだけかもしれない。
自信満々でなにごとにも動じないといった態度は、たしかに大物に見えることだろう。
エステはマスタールームで行う。
といってもダンジョンコアのパソコンがある部屋ではなく、今は住人のいなくなった元ペット部屋でだ。
ハンナを引き連れて階段を降りながら、エステに必要な道具などを生成していく。
施術用ベット、テーブル、タオル、アロマポット、オイルなど。
部屋もオシャレの代名詞である間接照明を生成し、リラクゼーション効果のありそうな雰囲気になった。
酒場の吊りランタンもそうだが、萌美は薄暗い部屋を好みがちだ。
やはり29歳で無職だということに無意識のうちに負い目を感じていたのか、少し陰の者の気がある。
「さて、着いたよ。靴は脱いでくれたまえ」
「は、はい!」
「緊張してんね。取って食ったりしないから平気だって」
底辺だった環境から救い上げ、綺麗な服と部屋、そしてたくさんのお金と美味しいご飯、さらに割りの良い仕事までくれる。
そして明らかにドワーフではないがドワーフと名乗り理解できない技術を使う、良い匂いのする謎の美女。
そんな人物の私室に招かれて緊張しない方がどうかしているのである。
萌美は人の機微に疎い傾向があるので仕方がないことだった。
言い換えれば無神経、無配慮、無遠慮で空気の読めない女なのだ。
だから数多の男に嫌がられ振られてしまうのだ。成長のしない女が萌美である。
自分を貫き通すと言えば聞こえは良いだろうが。
「さて、せっかくお風呂入ってもらったけどまた汚れることになっちゃうね。でも綺麗な体でやりたかったからさ」
「あ、あたいとヤるんですか……?」
「ん? ヴェイグ以外は全員やるよ」
「ああ、そっちの……」
ハンナの中で、萌美はクレイジーサイコレズに認定された瞬間であった。
その勘違いに萌美は気がつかない。
悲しいすれ違いがここに発生してしまった。
「じゃあ服脱いでここに横になって、うつ伏せね」
「はい……」
覚悟を決めた顔で施術ベッドに寝そべるハンナ。
顔の位置に開いた穴は何のために使うものなのか……。
内心で恐々としているハンナの背中に、萌美の手が乗っけられた。
「これ、傷深いね。どうしたの?」
「あ、えっと昔傭兵やってて、その時にドジ踏んじまって、です」
「それで娼婦なんてやってたんだ。体格良いのになんでだろうって不思議だったんだよ」
「利き手の右手も痺れて力入らなくなっちまって……。目も毒にやられてあまり見えないんです」
「そうなんだ」
話しながら震えている様子に萌美が気が付くと同時に、ハンナがベッドからガバリと起き上がった。
「あの! あたいこんなんだけど仕事は真面目にやるんで! どうか追い出さないでください!」
「ん? なんで追い出す? ああ、怪我してるからってこと? 平気平気、そんなもんドワーフの秘術で解決さ。全部治すから安心しな」
「治るんですか……?」
「治るっしょ。あ、でもあれだよ。体治ってもウチ辞めるとか言い出さないでよ」
ダンジョンマスターがそう望んでしまったので、ダンジョンがどうにかせざるを得なかった。
遠く人里はなれた森の中の支配領域から薬草を何種類か吸収し、魔素を含んだ水と合成し回復の効能がとても強いオイルを、既に生成したものと入れ替える。
ダンジョンとは、もはやひとつの意思を持つナニカなのかもしれない。
ハンナから「辞めない」という言質を取った萌美は、再びうつぶせに寝かせて施術を開始する。
手にダンジョン製のエリクシルオイルを垂らし、それを背中へと塗りたくる。
ハンナの背中の古傷は見る見るうちに消えていき、瑞々しい肌へと変貌を遂げた。
エリクシルオイルはダンジョンの吸収機能も付いていて、萌美が「産毛とかも邪魔だな」と思えば毛穴の中から皮脂ごと吸収され、開いた毛穴がぴっちりと閉じていく。
萌美がひと撫ですれば、そこには生まれ変わった肌が現れるのだ。
できると信じきったダンジョンマスターと、それをできうるだけの力を持ったダンジョンの組み合わせは無敵と言っても良い。
萌美の超絶テクとエリクシルオイルの回復効能により、いつの間にか意識を手放していたハンナが萌美の声で目を覚ます。
「す、すみません。あたい、寝ちまってたみたいで……」
「良いんだよ。リラックスできたって事でしょ。さ、仰向けね」
「はい……」
再び萌美の施術が開始される。
独断と偏見により、全ての無駄毛を無くされるハンナは、自身のツルツルとなった下腹部を見て顔を赤らめた。
まさかそこも触られるとは思っていなかったのだ。
周りだけでなく中にまでオイルを塗りこまれ、ハンナの羞恥心は限界だった。
萌美としては、ひどい扱われ方をされていたからか、傷ついて荒れていたのを治しただけのつもりだが。
中に塗る時も「中行くよ」からノータイムで入れたせいで、ハンナの反応が「え、んんっ!?」となってしまった。
変な声を出してしまったのもあって、恥ずかしさのあまりに顔を手で覆うハンナであった。
萌美はそんなことはどこ吹く風で、ハンナの体、顔、頭の施術をしていく。
耳の中、口の中まで萌美はオイルを塗りたくっていく。
全身余すところ無くオイルを塗った萌美は、パン生地のようなものをハンナの目の周りに生成する。
「これから目をオイルに沈めるからね。パチパチ閉じたり目をキョロキョロさせてね」
「染みないんですか……?」
「うん、平気平気。じゃ、行くよー」
エリクシルオイルが眼鏡状に生成された生地の中に溜まっていく。
ハンナが萌美に言われた通りに目を動かすと、オイルの中に不純物が浮かんだ。
眼球の裏側にまで入り込んだエリクシルオイルが、汚れを吸収し、傷を再生させる。
ハンナの全身に付いたオイルごと、生地やオイルを吸収し、施術は終わった。
「はい、終わり。どう? 楽になったっしょ。目も見えるし手も動くはず」
「ほ、本当だ……」
ハンナの視界は澄み渡り世界が輝いているように見えた。
肩の上に上がらなかった右手も、背中で両手が握手できるくらいまで柔らかくなっている。
「あ、ありがとうございました……!」
「良いって良いって。でも絶対ウチ辞めないでよね」
「辞める理由が見つからないですよ」
それを聞いて安心する萌美であった。
萌美だったら娼婦をやらざるを得ない原因が排除されたら、即効で辞めるであろう。
義理や人情というもので腹は膨れないと思っている萌美からすれば、ハンナが辞めないのは不思議でしょうがなかった。
「じゃあハンナは上でヴェイグから料理教わってね。で、次の人にここ来るように言っといて」
「わかりました」
服を着たハンナが軽快な足取りで酒場まで戻るのを見届けて、萌美はある物を作っていく。
エリクシルオイル配合のローションである。
これを娼婦と同じ数の8本用意した。
客と行為をする際に使用すれば、病気は根本から治すのでうつることすらなく、更には放たれた精液や汚れも吸収する優れ物なのだ。
オイルが中に定着してしまえば、下り物や経血も吸収できてしまうので、世の女性たちが喉から手が出るほど欲しいと思える1品となった。
萌美も少しだけ手に取り中に塗り込んでおく。
ピルで経血の量が少なくなるといっても、やはり煩わしい思いはある。
裸族の萌美にとって、ナプキンやタンポンは異物でしかないのだ。
パンツなんて穿きたくないのである。
「これ、量産しまくって売りに出そう。絶対売れるっしょ」
現代日本でこれを売り出せば億万長者間違い無しであるが、ひとつだけ欠点がある。
それは、ダンジョンの支配領域下で無いと効果が発揮されない点であった。
そのことに思い至った萌美は量産を取りやめた。
いずれこの街全体を支配領域に収められたら、この街限定で流通させようと決意した。
女性特有の悩みは、萌美にすら仲間意識を生むようだ。




