01話 あー、楽してお金稼ぎたい
金田萌美という女をひと言で表すとするのならば、『彼氏の影響を受け過ぎる女』だろうか。
付き合った男の趣味が音楽やバイクなら、自分も同じものを買いそれを極めようとする。
それ自体は良いことかもしれないが、この女の救えないところはどの恋人とも1ヶ月以上続いたことがないというところだ。
おかげで萌美の趣味は多種多様になり、維持費もそれなりに掛かっていた。
もしくは『ずぼらで酒カスのアラサー無職女』だろうか。
こちらはとても聞こえが悪いので、人に紹介する際には使えないだろう。
そんな萌美は平日の昼間からストロングゼロをあおり、銀行通帳の減って行く一方の数字を見ながら酒くさいため息を吐いていた。
「あー、楽して金稼ぎたい。誰かに養って欲しい……」
それは心の底からこぼれ出た萌美の魂からの願いだった。
楽して生きたい、面倒なことをせずに金持ちになりたい、というのが萌美の小さい頃からの願いだった。
そういった性根が垣間見えてしまうために、取り繕って猫をかぶって付き合った男とも長く続かないのだ。
「宝くじ当たんないかな、FXにかけてみるか?」
買ってもいない宝くじが当たることはなく、迂闊にFX取引へと手を出せば人生終了タイムアタック待ったなしである。
萌美も別に死にたくはない。ただ楽をして生きたいだけなのだ。
ひとり寂しく安酒を飲み、通帳を見てため息を吐く無職女。来年にはついに三十路になる。
そんな女ではあるが、ひとつだけ良いところはあった。
「あ、餌あげ忘れてた。皆、ちょっと待っててね~」
冷凍庫から冷凍マウスを取り出しお湯で解凍を始める。
元彼の影響で飼い始めた爬虫類と熱帯魚用の餌だ。
爬虫類はヘビ、トカゲ、カエル、ワニにカメを10数種類ずつ雌雄で飼い、繁殖にも成功している。
熱帯魚も大型小型あわせて数百種類を飼っていて、餌やりだけで1時間以上は平気でかかる。
掃除で1日つぶれることもザラだが、苦もなくこなしていた。
水槽やケージに設置されたサーモスタットやライト、ポンプなどの電気代だけで月に4万以上必要だが、萌美は必要経費と割り切って受け入れている。
萌美が以前こぼした「文句があっても何も言わないし、檻から逃げられないから恋人飼うよりは気楽」という言葉が全てを物語っているのかもしれない。
「あ~、君たちは可愛いね~。あたしがいないと生きていけないもんね~。ふふふ」
庇護下に入った生物を大事に守ると言えば聞こえは良いのだろう。実際がどうなのかは不明であるが。
物言わぬ動物や植物は、付き合って行く上で気楽で良いのだろう。
本当の自分を見せたせいで振られることを繰り返せば誰だってそうなるのかもしれない。
「あー、お酒飲んでるだけでお金入る仕事ないかなー」
萌美は今日もひとり寂しく酒を飲む。
見目は決して悪くは無いのだから、そういった仕事に就けば良いのだが、やはり接客やコミュニケーションが嫌いらしく萌美の中で選択肢にすら上がっていない。
このまま緩やかに死んでいく前に、何かしらをしなくてはと思うが重い腰は上がらない。
お金がなくなればペット共々死ぬことは理解しているが、どうしても働きたくない思いが勝ってしまうのだ。
働きたくないわけではない、楽に働いて大金を得たいのだ。
世の中そんなうまい話があるはず無いのも理解しているのに、僅かな希望に賭けているのがこの萌美である。
「ま、なるようになるでしょ」
現実逃避をするべく、本日5本目のストロングゼロへと手を伸ばした。
あくる日、萌美がパソコンで何か金稼ぎに使えるアイデアは無いものかと探していると、ひとつの文章が目に入った。
『ダンジョンマスターになって楽にお金を稼ぎませんか?』
『楽に』と『稼ぐ』の文字だけで反射的にそれをクリックしていた。
そのうちワンクリック詐欺にあうことは間違いないであろう。
「ダンジョンマスターってなんぞや。ん、ゲーム? テスターってこと?」
何かのゲームであろう公式ウェブページが開き、そこにダンジョンマスターについての説明が書かれてあった。
萌美がざっと流し読みをして理解したのは、ダンジョンを作りマナを集める、マナは金銭などへと変換可能、のふたつだった。
「リアルマネーに変換できるゲームか。家から出なくていいし誰にも会わなくて良いし楽じゃね? 流行の在宅ワークってやつ?」
そういった職に就いたことが無いので、いざ自分がそういった立場になると途端にインテリになった気がする萌美であった。
ただの在宅ワークにインテリもクソもないのだが、気分はエリート会社員の仲間入りである。
ひとり暮らしが長すぎてひとり言マスターとなっている萌美の口は止まらない。
たしかに声に出せば記憶しやすいなどの暗記術はあるにはあるが、萌美のこれは全くの別物である。
「えーと、あ、ここでゲームスタートなんだ。ポチっとな」
スタートボタンを押すと、画面いっぱいに精巧な地図が広がった。
チュートリアルのような画面には『候補地を選択してください』と書かれている。
「えーっと、人多い方がマナの取得率が高いのか。じゃあ都会の街だな。都会どこー、検索っと。あった。人口20万人かー、少ないな。他がいいな」
萌美の住んでいる埼玉県練馬区と揶揄される地域でさえ人口70万人はいるのだ。
しかし地図は今表示されているもの以上に大きくもならず、萌美は諦めてこの街を選んだ。
ちなみに埼玉県練馬区は萌美が自己紹介のときに良く使う言葉だが、あまり受けはよくない。
受けたのは、東京都市川市の人間と、千葉県江戸川区の人間だけだった。
「ん? 人里近いと初期ダンジョンの規模が小さくなる? 別にいいでしょ。えーと次は、ダンジョンマスターの種族特性かー」
ヒューマン、デーモン、エルフ、ドワーフ、オーガなど、多種にわたる種族から選ばなければいけない。
それぞれの種族特性をよく読み、萌美は候補をふたつへと絞った。
「見た目でエルフか、能力でドワーフか、悩むなぁ」
種族特性とは、と問いたくなる選択であった。
エルフは見目麗しくスタイルも良く華やかな姿をしているが、ドワーフはヒゲのタルである。
ゲームでは自分が使うキャラクターは美人がいいと思っている萌美は、特性や能力よりも見た目で決める傾向が強かった。
しかしドワーフの種族特性のひとつ『鉱脈の在り処がわかる(金・銀・錫・銅・その他)』という文字の『金』のせいで悩んでいた。
ゲームでも楽をして金稼ぎがしたいのだ。
「んー、見た目がヒゲダルマじゃなければドワーフなんだけどなぁ。ん? 自分の全身写真を使うとアバターとして使える? なにこれ、おもしろそう。じゃあドワーフでもまあ良いかな」
ネットリテラシーなんてなんのその。萌美は全身を写した写真を、パソコンのファイル参照から選択し、設定を終えた。
今日日SNSでも顔や裸を晒す時代である。失うものが少ない萌美もまたそういった強者の仲間であった。
彼らと違うのは承認欲求の低さだろうか。
面倒くさいことと人と関わることが嫌いな萌美が、SNSなぞに手を出しているわけが無かったのである。
「あ、マナと現金の交換レートいくらか気になるけど、まあいっか。ゲームが合わなきゃ調べても意味ないし」
楽して金を稼ぎたいのであって、つまらないゲームをやる苦行をして金稼ぎはしたくないのだ。
どこまでも自分勝手だが、それは本人の自由である。
しかし自由には責任が伴うので、萌美の金が無くなっていく一方なのも仕方のないことだといえよう。
「じゃあゲームスタート、ポチっとな。ん……?」
スタートの文字をクリックした瞬間、萌美は眩暈のようなものを感じた。
気のせいかとマウスを動かそうとするも手に力が入らない。
何か自分の身にヤバいことが起きているんじゃないかと立ち上がろうとした萌美だが、足腰も言うことを聞かなかった。
混乱に陥る萌美の上半身がゆっくりと前に傾き、やがて机へと突っ伏す。
意識が遠くなりつつある萌美は、まさか自分の終わりがこんなにあっけないものだとはと驚愕していた。
それが萌美がこの世で最後に思ったことだった。
この日、世界から金田萌美という人物が消えた。