最期の恋文
1945年北京監獄
「この手紙が美佐子ちゃんと僕の永遠のお別れになってしまったんだよ。」
「宜しければ読ませていただけますか?」
「いいよ。」
芳子は美蘭に手紙を渡す。
「芳子様へ
貴女がこの手紙を読む頃にはわたくしはもうこの世にはいないでしょう。
わたくしは奇跡的に一命をとりとめました。目が覚めるとベッドの脇にはお父様、お母様、執事にお医者様がいました。わたくしは1ヵ月もの間昏睡状態で生死の境をさ迷っていたと聞かされました。
お父様は落ち着いたら日本へ戻りお見合いしようと提案してくださいました。
しかしわたくしは芳子様以外の方にましてや男性になんかに嫁ぐなんて考えられません。貴女以外の誰かの者になるくらいなら清いままで死ぬことを選びます。
どうか芳子様はご自身を責めないで下さい。
できることなら今すぐ貴女の元へ帰りたい。しかしそれも叶わぬ夢でしょう。でしたらせめてわたくしは生まれ変わったら風の精になり貴女の元へ行きたい。そして貴女をずっと見守りたい。
さよなら、わたくしの最愛の人。
1932年6月3日 一ノ瀬美佐子」
美佐子は病室の窓から飛び降りた。芳子は憐羅と共に葬儀にも出席したが父親である一ノ瀬社長に門前払いされてしまった。満州でのホテル建設の話も白紙になった。
「同然だろう。娘を殺されたんだから。」
「待って下さい。美佐子さんは自殺じゃないんですか?それを芳子さんが殺したなんて。」
「自殺の原因は僕だ。僕が殺したも同然だろ。」
「芳子さん」
美蘭は芳子に手紙を返す。
「美佐子さん自分を責めないでって言ってたじゃないですか。誰が悪いかは分かりませんが芳子さんは悪くないです。」
「ありがとう美蘭ちゃん。」
芳子は美蘭の手を握る。
それから美蘭は芳子に良くしていた。
「美佐子ちゃん、いや美蘭ちゃん。」
「美佐子でかまいませんよ。芳子さんがそう呼びたいなら。」
まるで美佐子の代わりを務めるように。
裁判では芳子は苦境に立たされた。弁護士はついたが芳子を庇うような証言をする証人は1人も現れなかった。1人で戦っていた。
しかし独房の美蘭の前では笑顔を絶やさなかった。
「芳子様、お疲れでしょう。」
「僕は大丈夫だ。美佐子ちゃんおいで。」
芳子はベッドに腰かけると美蘭を隣に呼ぶと膝の上に座らせる。
「やめて下さい。こんなこと。」
美蘭は顔を真っ赤にして芳子の膝からおりる。
「そんなに顔を真っ赤にして可愛い。じゃあ隣おいで。」
美蘭は隣に腰かける。
「芳子様、漢奸は最悪死刑になるんですよ。なんで笑ってられるんですか?」
「知ってるよ。だから笑ってるんだ。」
だから笑っている。美蘭には理解できなかった。死ぬのは怖くないのだろうか?
「美佐子ちゃん、僕は今幸せなんだよ。君がこうして僕に尽くしてくれる。それだけで。」
美蘭の肩を抱き髪を撫でる。