初ランデヴゥー
2日後週が明けた月曜日のこと。
「美佐子さん」
登校してきた美佐子に憐羅が声をかける。
「憐羅さんごきげんよう。」
「ごきげんよう。それからはい。お兄様から。」
憐羅が美佐子に手紙を手渡す。芳子からだ。
「お兄様と出かけたいなんてよく言ったわね。」
土曜日に芳子が田中中佐と美佐子の家を訪れたときの話は憐羅も耳にしていた。しかし芳子は先約があると断ったのだ。
美佐子は持っている挟で手紙の封を切る。
「美佐子ちゃんへ
こないだはごめんね。せっかく誘ってくれたのに。軍の仕事が早々に帰らせてもらったよ。突然だが今週の水曜日学校終わってから会えないか?非番だから時間はとれる。
もし都合が会えばだが。
1932年5月2日 川島芳子」
芳子からのお誘いであった。
5月2日が今日だから約束の日は明日だ。
「憐羅さん、ちょっと待ってて。今すぐに返事書くから。それにしても嬉しいわ。芳子様の方からお誘いくださるなんて。」
「昨日貴女が誘ったんでしょ。」
「だって許せなかったんですもの。田中とかいう将校が。」
田中は芳子の上官だ。あまりにも芳子の体を必要以上に触っていたから芳子から引き離そうと美佐子は芳子に出かけたいと申し出たのだ。
「男なんてこの世からいなくなってしまえばいいのだわ。そして芳子様が男の役割を果たせばいいのだわ。」
「ばらんす合わないわよ。それに男がいなかったら人類滅亡するわよ。」
翌日学校が終わると美佐子は街中で芳子と待ち合わせをしていた。
芳子はいつもの軍服とは違い黒スーツだった。
美佐子も一度学校から帰り白いレースのワンピースに着替えてきた。
「芳子様お待たせしました。」
芳子は煙草を吸って待っていた。
「今来たところだよ。」
芳子は吸ってい煙草の吸殻を地面に捨て足で踏み火を消す。
「さあ、どこ行きたい。」
「わたくし、芳子様に一緒に来てほしいところがあるんです。」
美佐子が芳子を連れてやってきたのは写真館であった。
美佐子の家族は記念日にはいつも写真館で撮影していた。美佐子の誕生日や小学校の卒業、女学校の入学まで。天津に移り住んだときもこの写真館で家族写真を撮影した。
「それで今日は何の記念日だ?」
「今日はわたくしと芳子様の初ランデブーの日です。」
1945年北京監獄
「これがその時に撮った写真だ。」
芳子は美蘭に写真を見せる。写真には芳子の隣で自分と瓜二つの少女が満面の笑みを見せていた。
「僕の前ではいつも笑っていた。素直な娘でね僕への想いは包み隠さず話してくれる。突然僕のお嫁さんになりたいなんて言われた時は驚いたよ。」
(きっと芳子さんもその娘のことが好きだったのだろう。)
「だけどね、僕が美佐子ちゃんを裏切ってしまったんだ。」