すみれの花
「美佐子ちゃんへ
お手紙ありがとう。憐羅と同じ級だなんて驚いたよ。あの娘は少しひねくれているところはあるが根は良い娘だ。仲良くしてやってくれ。
実は今度君の家にお邪魔することになった。君のお父様の経営するホテル新築を軍が支援することになって。きっと満州国の発展に役立ってくれるだろう。その時にまた君と会えたら嬉しい。
1932年4月8日 川島芳子」
「芳子様が来る!!わたくしの家に。」
「もう、落ちついて。それにひねくれてるってお兄様のが変わってるわよ。」
憐羅は手紙を覗き込む。
「ちょっと憐羅さん。見ないでくださる?わたくしと芳子様の恋文を。」
「恋文って。美佐子さん、お兄様が美佐子さんのご自宅に行くのは商談が目的よ。何も貴女に会いにくるわけではないわ。」
そんなことは分かっている。だけど芳子が家に来ることは変わりない。
4月も終わりに差し掛かった頃美佐子は振り袖を着てお花を生けていた。日本にいた頃は自宅に先生を招いてお稽古してもらっていた。しかし満州に来てからはお花を習う機会はなくなっていた。
振り袖を身に纏うのも鋏を握るのもいつ以来だろうか?美佐子は庭に咲いていたすみれの花を一輪切りとり剣山へと刺す。
すみれの花の紫色は高貴さと気高さを醸し出している。その姿は王族として生まれた芳子そのものだ。
その日は芳子が来ることになっていた。芳子に見てもらおうと今日のために用意したのだ。
美佐子は自分が生けたすみれの花を玄関へと飾る。
芳子が軍の関係者と美佐子の邸宅を訪れたのは午後だった。
芳子の他には田中中佐もいらしていた。美佐子もメイド達と一緒に2人を出迎えた。
「やあ、美佐子ちゃん。振り袖姿も可愛らしいね。」
美佐子は芳子の甘い言葉に頬を染める。
「芳子様もようこそいらっしゃいました。」
胸の鼓動を抑えなんとか挨拶をする美佐子。
「なかなか風情だ。見事な物だ。」
その時田中中佐は美佐子が生けたすみれの花に目をやる。
「お嬢さん、こちらはどなたが生けたのですか?」
「わたくしが生けました。」
「美佐子ちゃんがか?」
「はい、芳子様に見ていただく。」
「ありがとう。」
美佐子は髪を撫でられる。
(良かったわ。芳子様に喜んでもらえて。)
「川島、行くぞ。社長もお待ちだ。」
田中中佐は芳子の肩を抱きメイドに案内されるまま客間へと向かう。
芳子達が客間で商談をしてる間、美佐子は庭で暇をもて余していた。
「せっかく芳子様がいらしたというのにお父様とお話ばかり。わたくしつまらないわ。」
「お嬢様、いた仕方ありません。お仕事の話でいらしたのですから。」
メイドにそう言われ仕方なく庭の花壇の手入れをして時間潰すことにした。
商談は一時間ほどで終わった。
「美佐子ちゃん、お待たせ。」
「芳子様」
庭園まで芳子が来てくれた。
「君の姿がないから探してしまったよ。」
「芳子様、わたくし退屈していてよ。せっかくいらっしゃったのに。お話もできないなんて。」
「ごめんね。こっちも大事な話だから。」
「川島、こんなところにいたのか。」
田中中佐が芳子を呼びに来た。
「すまない、今行く。」
「長居は良くない。戻ろう。」
芳子が田中の元へ行くと田中は芳子の腰に手を回す。
(何よあの人、芳子様の体に馴れ馴れしく触って。感じ悪いわ。)
「芳子様、」
美佐子は芳子に抱き付く。
「どうしたんだ?僕が帰るのそんなに寂しいか?また来るから。」
「いえ、そうじゃないです。これから2人で出かけませんか?わたくしもっと芳子様のこと知りたいです。」