日本から来た令嬢
昭和7年1932年3月。
中国大陸に新たな国が誕生した。その名は満州国。日本、朝鮮民族、漢民族、満州族、そして蒙古族のアジアの5つの民族が共存できる「五族共和」をスローガンにした国を日本軍が建国した。芳子の従兄弟にあたる愛新覚羅溥儀が皇帝に即位。芳子の夢である王朝復活が叶った。その時はまだそう思っていた。
溥儀の住む宮中では夜通し宴が行われた。
芳子も当然軍の関係者として出席していた。
「川島さん、本日はお招き頂きありがとうございます。」
芳子に挨拶をしてきたのは日本人の実業家一ノ瀬が彼は日本各地でいくつものホテルや宿泊施設を経営しているホテル王だ。
その傍らには淡い水色のドレスを着た長い黒髪を下ろした少女がいた。
「こちらは娘さんですか?」
「一ノ瀬美佐子と申します。」
少女はドレスをつまみ挨拶をする。しかしどこか表情が強ばっている。
こういう場所には不慣れで緊張しているのか?
その時オーケストラが音楽を奏で、紳士淑女が互いに組み踊り出す。
「美佐子、川島さんにお相手をしてもらいなさい。」
「宜しいのですか?」
「僕で良ければ。君のような可愛い少女が壁の花では勿体ないでしょう。」
芳子の一言で美佐子の顔に笑顔が見える。
「さあ、行こう。」
芳子に手を取られホールへと向かう。
美佐子は名家の令嬢だけあってダンスのステップは軽やかだ。身のこなしも美しい。
しかし顔はうつ向いている。
「美佐子ちゃん」
美佐子は名前を呼ばれ顔を上げる。
「僕を見てそれから」
芳子は美佐子の耳元に顔を近づける。
「君は笑っていた方が可愛いよ。」
芳子に囁かれ美佐子は顔を赤く染める。芳子のおかげで美佐子は場の雰囲気になんとか溶け込むことができた。
ダンスが終わると美佐子は自分の近況を芳子に話す。満州に新ホテル建設の仕事のため、家族で大陸に移り住んだこと、4月から北京の女学校に編入すること、そして自分が人見知りな上中国には馴染めずに緊張していたこと。
「ははは、人見知りの割にはさっき出会った相手によくここまで喋るな。」
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか。それに川島さんは別です。一瞬でわたくしを虜にしてしまった。」
美佐子は真っ直ぐに芳子を見つめる。
「僕は君のこと他人とは思えないんだ。」
芳子は自分の生い立ちを話してくれた。元々は中国の王族に生まれ6才で日本人の養女になったと。
「不安ではなかったですか?」
「不安もあったさ。だけど王朝を復活させるには日本人の力も必要だった。だから不安よりも期待のが大きかったかな。王朝の復活。それが僕、いや僕達一族の夢」
「そして今日その夢が叶ったのですね。」
「ああ、そして美佐子ちゃんにも会えた。だから僕は君の力になりたい。だから困ったことがあれば遠慮なく僕を頼ってほしい。」
芳子は自分の名刺を渡す。
「お嬢様」
その時一ノ瀬家の執事兼運転手がやってきた。
「川島さん、わたくしもう行かなくては。ごきげんよう」
美佐子は優雅にドレスを摘まんで挨拶をすると執事に連れられて去っていった。
芳子は彼女を微笑ましそうに見送りと煙草を吸い始める。
「川島」
そこに美佐子と入れ替わるように来客がやってきた。






