表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
畠中市シリーズ  作者: 遠海 秋
6/8

すこしふしぎな1週間:day6 純喫茶ダリア

day6:西井凛の場合

西井凛…潮崎宏樹、古谷一秋と学生時代からの腐れ縁。人間。

静かな空間が好きだった。流行りのカフェや、期間限定のデザートがある店に行くのも嫌いな訳じゃない。だが、穏やかな陽を受けながら、一人でコーヒーを啜るのも悪くない。此処はいつも緩やかに時が流れているような気がする。不躾に声を掛けてくる煩わしい男もいないし、耳につん裂く甲高い女の声もしない。

「お嬢さん、コーヒーのお代わりは?」

パリッとアイロンが掛けられたシャツに、ループタイが揺れる。手元にはコーヒーポット。細い注ぎ口からは、白い湯気が出ている。コーヒーの良い香り。

「ありがとうございます。頂きます」

お嬢さん、なんて。いつぶりだろう、優しい子供扱いは。少し照れ臭くなって、誤魔化すようにスマホを取り出した。

スマホの音をこの空間に広げるのは無粋な気がして、イヤホンを接続する。片耳を装着したところで、隣の席の会話が何となく聞こえてきた。

「この近所がニュースに……」

「ああ、女の子は無事だったみたいで……」

この畠中で、ニュース?

平和を形にしたような町で、そんな大きな出来事があったことは知らなかった。もちろん、細々とした噂や事件はあるだろうが、なんだか非日常だ。そんな面倒なことを好むだろうか?、と、のらりくらりと自由な『煙草仲間』を思い出しながら、ネットニュースを開いた。

現在地を設定してたお陰で、それはすぐに見つかる。

夫が日常的に妻を暴行していた。妻は四六時中夫に監視されていて、助けを求めることができない。そこで、ネットで見かけた『SOSのハンドサイン』を何度か使用。だが、外には滅多に出れない。しかし、小学生の娘が、たまたま警察署に迷子として預けられた際真似たことにより、一般人によって発覚。警官が向かうと現場を取り押さえられ、夫は逃走。後に現行犯逮捕に至った。

と、いうのが一連の流れの様だ。なんとも幸運な偶然が重なったものだ、と他人事の様に思う。胸ポケットに手を伸ばしかけて、やめる。此処に煙草の香りは似合わない。湯気が揺れるカップを持ち上げて、一口。ジワリと広がる苦味と香りに、いつの間にか詰めていた息を吐いた。

ピコン、とスマホがメッセージを受け取る。

腐れ縁のグループトークに『少年課の親父、相変わらずみたいだわ』『今度酒でも奢ってやるか』と会話が始まっている。3人並べて正座させられたのが懐かしい。『店なら予約してあげる』と返事をして、トークを閉じた。もう一口。美味しい。

再び、ピコン、とメッセージを受け取る。

届いたメッセージに、自分の行動が読まれているような気持ち悪さを感じる。しかし、そういうものと思い、その『お願い』を叶えるべく、コーヒーを一気に飲み干して、立ち上がった。


「マスター、お会計お願いします」

「はいよ。もう帰るのかい?」

「ええ、ちょっと『お使い』を頼まれてしまって」

今度またゆっくりさせていただきますね、と苦笑いをする。壮年のマスターの柔らかい笑顔は、心が緩む。釣られるように、素直な笑みを返した。

「……あ、あと空のカップとストロー二つ、頂くことってできます?お金なら払います」

「それくらいでお金貰えないよ。でも、何するんだい?」

「良いこと、ですって」

素気ないメッセージ。『良いことするから、其処で空のカップとストロー2つずつ貰って来てくれ』と、煙草仲間から送られてきた。腐れ縁の一人から、それとなくこの人の本来の姿を聞いていなければ、ストーカーを疑われるだろうメッセージに笑いが漏れる。それとも、そういうことすらも分かった上でのメッセージなのか。計り知れない気味悪さを感じる。人間の方がよほど分かりやすくて、可愛いものだと思うのだ。

マスターは丁寧に、テイクアウト用の袋に纏めて入れてくれたようだった。中を覗くと、空のカップとストロー、それに、小さなクッキーが入った透明の袋。

「……これ」

「なんだか楽しそうだから、お得意さんだけに、ね」

シー、と人差し指を口元に当てる、子供っぽい仕草がよく似合う。お茶目な人だ。

「ありがとうございます。マスターに会いに、また近いうちに来ますね」

「おや、こんな美人さんにそんなこと言ってもらえるとは。男名利に尽きる」

「お上手」

これはマスターも随分女を泣かせているな、なんて思いながら、軽口を交わす。コーヒーも美味しいが、マスターを理由に通う人も多いだろう。

マスターから貰った袋を潰さないように、ハンドバッグに仕舞う。そっと先回りして、扉を開けてくれる紳士っぷりに完敗だった。

喫茶店を出る時、扉を押さえてくれるマスターに軽く礼をしてから通り過ぎる。目指すのは神社だ。

ヒールの音を鳴らして、背筋を伸ばす。美しく歩く自分の姿をイメージして、一歩ずつ踏み出した。


「……あれ、この会話、前にもしたような……?」

そんなことを小さく呟いたマスターの声は、届かなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ