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すこしふしぎな1週間:day3 花屋Märchen

day3:***の場合

***…??????

カラン、コロン、カラン、……

木とアスファルトがぶつかる音。その軽やかな下駄の音は、喧騒の中でもよく響いた。ふわりと揺れる安っぽい生地の袖は、腕を通さず、羽織るだけの黒いジャージ。そしてその下には、濃紺の浴衣に銀灰色の帯。違和感ばかりの格好だが、誰も注視しない。ゆるりと歩くその人は、人の合間を縫い、時にぶつかる。それでもなお、人々は何事もなかったかのように通り過ぎるのだ。

その人物は、ゆらりと、手にしているものを揺らす。それは、立派な竹箒だった。子供が傘を振り回すのと似た動きで、ユラユラと揺らす。

カラン、コロン、カラン、……

そうしてまた、下駄を鳴らして歩いていた。


***


……どうしよう。

少女の頭の中はそればかりだった。

もう一度、隠れていた電柱から頭を出す。道路を挟んだ向こう側の小さなお店。そこには、いろんなお花が咲いているのが見える。歌がない曲が流れていて、そこだけ時間がゆっくりになってるみたいだった。店の中には女の人が2人。楽しそうにお話をしながら、右へ左へ動いている。『Märchen』と書かれた看板をもう一度見上げた。なんて読むのかわからない文字。そうして再び、頭を引っ込めて電柱に隠れた。どうしよう……。自分の汚れた靴先を見て、はあ、とまた、溜息を吐いた。

「かくれんぼか?」

「わあ!!」

ゴチン!と、大きな音と一緒に、頭に痛みが襲った。急に覗き込まれてびっくりしてしまい、隠れていた電柱に勢いよく頭をぶつけたのだ。

「お前、ヘタクソすぎ。頭出したり、引っ込めたり。そんなんじゃすぐバレるぞ」

「……お兄さんこそ、だあれ?」

話しかけてきた大人の人。お祭りの時の服を着てるお兄さん。しゃがみ込んで、わたしに目線を合わしてくれる。

「誰だろうなあ。俺は誰だと思う?」

「声をかけられても、ついていきません」

「はは、賢いじゃん。別に連れていかねえけど」

「なにするの?」

「何もしねえよ、お前がおかしかったから」

優しい声。近い視線。不思議と、その人は怖くなかった。だからだろう。気付けば口を開いていた。

「……あのね、」

お母さんが最近元気がないこと。家に帰っても、外で遊ぶように言われるか、図書館に行かされること。お風呂を一人で入るようになったこと。

スルスルと、口からたくさん言葉が出る。寂しくて、でもちょっぴり背伸びしたくて言えないことも。学校で『知らない人と話してはいけません』って言われてるのに、なんだかその人のことは、ずっと知ってたように思ったのだ。

「だから、お母さんがすきなお花をあげたいの」

でも、おかねもってない……、と声がこぼれる。

「じゃあ残念だったな、諦めな」

その言葉に、膨らませた期待がしおしおと縮んでいく気持ちになる。泣き虫は卒業したつもりだったのに、目が熱くなる。

「っでも!お兄さん、まじょなんでしょ!?おねがい!おねがい聞いて!」

「はあ?魔女ぉ?」

「だって、だってほうき持ってる!学校みたいなのじゃくて、まじょが持つやつ!」

学校の箒はなんだかぺたんこで平べったくて、柔らかい。でもお兄さんが持っているものは、絵本で見たソレだった。チクチクしていて、木のところが大きくて、自分の背丈ほどある。困ったシンデレラにも魔女がきたのだから、きっとこの人はそうなのだ。

「……ククッ、魔女は初めて言われたな」

「おねがいおねがいおねがい!」

「あーうるせえなあ。じゃあお前は俺に何をくれる?」

「……何かいるの……?」

「当たり前だろ。何かを渡して、何かを得る。生きる基本だ」

確かに。人魚姫は声を渡してた。お母さんもお金を渡して食べ物を買ってる。あげれるもの。背中に背負っていたリュックを前に持ってきて、チャックを開けてみた。タオル、水筒、図書館の本。お菓子はさっき食べてしまって、ゴミしか残ってない。学校の算数よりむずかしい問題だ。うんうんと悩んでいると、リュックからポロリとストローが転がり落ちた。昨日のパックジュースに付いていたものだ。捨て忘れたのかな、と思ったのと同時に、良いことを思いついた。

「ある!良いこと、教えてあげられるよ!」

「いいことぉ?なんだそれ?」

「たのしくて、何回もうれしくなっちゃうこと!」

みんなが好きに決まってる。ニコニコと、力いっぱいに返事をした。

「……ふっ、いいだろう、聞いてやるよ、その『お願い』」


お兄さんは、わたしにお菓子のゴミ袋の形を見て「大丈夫そうだな」と呟いた。ついて来い、と言ってわたしの前をさっさと歩く。ついていった先はわたしが入れなくて悩んでいた、お花屋さんの裏手。土が入った大きな袋が積まれていたり、お花の鉢が重なっていたり、なんだかゴチャゴチャしていた。

「えーと……お、これがいい」

何かを見つけたのか、お兄さんはしゃがみ込んで、わたしに向かって手を振った。近付いてみると、そこには倒れた鉢。溢れてしまったのだろうか。その鉢の側に、土が小さな山になっていた。それを指差しながら、お兄さんが言う。

「これ掬って、その菓子の袋入れろ」

「ええ……?土しかないよ?」

「いーから」

よくわからないが、魔女のお兄さんがそう言うのだ。渋々とその言葉に従う。お菓子の袋は、わたし一人で食べれるサイズのおせんべいが入っていたから、すぐに土でいっぱいになった。

「いっぱいになったよ?」

「よし、貸せ」

それを渡すとお兄さんは、じいっと土を見つめる。そうして、静かに、涙を流していた。大きな声もなくて、むちゃくちゃに怒ってるわけでもない、静かな涙だった。悲しいのかも、怒ったのかもわからなくて、リュックから大慌てでタオルを出した。

「お、おにいさん、これ……!どうしたの…?おなか痛いの…?」

「あー待て待て、もうちょい、…よし」

ポロリ、と零れた涙は、ゴミ袋の中の土に入って、じんわりと溶けていった。

そして何事もなかったかのように、わたしのタオルを受け取ると、お菓子の袋と交換してくれる。

「いいか、家に帰って大きな鉢に植え替えろ。で、毎日必ず水をやれ。起きてからと寝る前に一回ずつ。一回でも忘れたらもう駄目だからな」

「お花咲く……?いつ……?」

「そうだなぁ。……お前が、母親と一緒に風呂に入る日だな」

「ええ?わかんないよぉ。それに、お花がないと、お母さん元気出ない……」

「うるせえ、お前は黙って俺の言ったこと守ればいいんだ」

そう言って、魔女のお兄さんはポイッとわたしにタオルを投げて返した。朝起きてからと、寝る前に一回ずつ。小さく呟いて、袋の開いたところをくしゃくしゃに丸めて、土が溢れないように握った。

お兄さんは持っていた箒で土の山をさっさと誤魔化して、空いた手をわたしに差し出した。

「ほら、行くぞ」

「え?どこに?」

「俺は落とし物を持ってて、お前は迷子。行くとこは決まってんだよ」

「迷子じゃない!」

「はいはい。で、俺に良いこと教えてくれんだろ?」

「あ!そうだった!あのねえ……」

差し出された手を握り、お兄さんを見上げる。あれ、となんだかふしぎに見えた。

「おにいさん、なんだか、ぼやぼやしてる……?」

「あ?……あぁ、繋がったから、ブレるのか」

子供だし、魔女だと思われてるしな、と小さな声で言った。

「…?よくわかんない」

「今だけだ。行くぞ、✳︎✳︎✳︎」

名前を呼ばれる。いつも家でも学校でも呼ばれているはずなのに、初めて聞いたような、毎日言われていたような、よくわからない音。握った手にギュッと力を込めて、声を出す。

「あのね、……」

お兄さんはわたしに合わせて歩いてくれた。ゆっくり音を鳴らしながら。


カラン、コロン、カラン、……



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