すこしふしぎな1週間:day1 畠中商店街
2022/02/21〜2022/02/27で毎日投稿企画で書いたもの。畠中市の様々な場所が舞台。
day1:山内の場合
山内(38)…古谷家のお手伝いさん。ディンゴの半獣人。元ヤの一家で『番犬』と呼ばれていた。
現代において、過疎化が進んでいる日本の商店街はかなり増加している。それらは人が消えると寂れたシャッター街になり、冷たい風が吹き抜ける。音がするのは壊れた自転車の車輪くらいで、5時を知らせる鐘も、福引なんかの鐘の音ひとつ消えるのだ。きっと、この畠中商店街も、いつかはそういった時代の流れに逆らえなくなるだろう。シャッターが閉まったままの店や、看板が外れた店頭。それらも見慣れたものだ。
だがしかし、今の山内にとって、そんなことは些細なことだった。
「親父、牛スネ肉頼む。そうだな、1キロほどでいい」
「あいよ。今日は良いヒレが入ったんだが、どうする?」
「ヒレか…。ヒレカツも長らくしてないしな。それも包んでくれ」
「毎度あり」
馴染みの肉屋は話が早い。それは、夕食作りに追われている山内にとって有難い。家事というものはタイムスケジュールが大切なのだ。だが店主はお喋りが好きだった。いつもゴソゴソと包丁を動かしながら、同時に口も動かすのだ。
「でも山内さん、毎日ホント大量だね。一体何人子供がいるんだ?」
「2人だっつってんだろ。毎日聞くな」
「いやぁだってねえ…どんな大きい子か知らないけど、あんま食わせすぎんなよ?筋肉ならまだしも、横に大きくなっちまうぞ」
「大きくねえし、筋肉もねえよ」
うそだぁ、と、慣れた手付きで店主は肉を包む。はあ、と溜息を吐き、山内はスマホを開いた。
2人、と言っても、一秋さんは海外。まあ最近千春坊ちゃんの友達の分も仕込むし、2人なのは間違い無いか、と細かな訂正はしなかった。
「ほいコレ、3万ピッタリでいいよ」
「ああ。あと、これがうちの坊ちゃん達だ」
横にデカくなんかねえ、と袋を受け取りつつ、スマホを手渡した。それは一枚の写真。ソファに凭れる一秋さんと、その足元でこの店のコロッケに齧り付く制服姿の千春坊ちゃんだ。
肉を切っていた手袋を外し、スマホを前後に調節しながら写真を見る店主は「ええ!?」と、ここ1番の大きな声を出した。
「えっ山内さん、この子たちが!?」
「デカくねえだろ、ほら、金。受け取れ」
「拾ってきた画像じゃないのか……!?」
「馬鹿野郎、お前んとこのコロッケ食ってるだろ」
「わ!俺んとこのだわ……」
店主は手元のスマホを見つめたまま、受け取った金を、枚数すら数えずに乱雑にレジスターに突っ込んだ。それでいいのか、と思ったが、山内は何も言わずに財布を仕舞った。
「いやあ……嬉しいねえ……俺のとこのコロッケ食ってくれてるよ」
「当たり前だろ、俺が買いに来てんだから」
「……ん?てことは、その量食べるの……」
「この2人だな、まあ俺も食べるが」
「……山内さん、この子らの分まで食ってんのか?」
「……ジジイ、なに想像してんのか予想は付くが、俺はもう良い大人だぞ。若いモンほど食わねえ」
「……人は見た目によらないんだねえ……」
何故か感心した様な声を出す店主をジロリと睨み、無言で手を差し出した。
ほい、と乗せられる角底の茶色い袋。じんわりと温かいそれは、山内が思っていたスマホの重量ではなかった。
「……なんだコレ」
「コロッケだよ。坊ちゃん達に食わせてやんな」
袋を開けると、油を吸う様に入れられた白い紙に包まれた、6つの茶色の塊が見えた。ふわりと香る揚げた油の匂いは、食欲をそそる。
「坊ちゃん達が喜ぶ。ちょうど上の坊ちゃんが帰国したところでな、寝て腹も減る頃だ。いくらだ?」
「いいって、山内さんには世話になってる。持ってけ」
「……礼を言う」
ありがとうって素直に言えや、とカラカラと笑う店主。この柔らかい会話には、まだ慣れない。それでも嫌いではないから、山内はここに脚繁く通うのだ。
そうして店主は接客が終わったという様子で、棚の中の肉を整理し始めた。だが、山内は立ち去らない。立ち去れないのだ。
「……オイ、ジジイ」
「ん?どうしたんだ?買い忘れか?明日でもいいだろ?」
「分かってんだよ、スマホ返せ」
「……」
わざとらしく視線を逸らされる。過去に鍛えたメンチ切りなら相手になるぞ、と意気込みながら、山内は睨み続けた。それに折れたのか、店主はスマホを高く掲げて叫ぶ。
「……っこの写真くれよお!孫に、引き伸ばして現像してもらって、店内に飾って俺が喜ぶだけだからよお!」
「肖像権侵害だゴラァ!」
とっとと寄越せ!と、声を張った。
この肉屋の店舗の奥。肉を加工するスペースにそれらはある。写っている年代も大きさも人物もバラバラの写真たち。共通点は、ここのコロッケを食べていること。店主は貰ったそれらを店の奥で眺めながら、大切にコロッケを作るそうだ。獣人である山内にとって、店の奥の距離は大したことない。不思議な写真たちについて尋ねると、店主はそう応えてくれたのだった。
「俺が集めてるの知ってるだろお!くれ!」
「……はあー!クソ、わかったっつの。坊ちゃん達に聞いてみるから、返せジジイ」
かなり確率として低いが、もしかすると千春坊ちゃんから迎えが必要だと連絡がくるかもしれない。そのためにスマホの通知には気付きたかった。
「おお!やったぜ、オマケにコロッケもう一つ入れといてやるよ」
「ったく、現金な親父だな……」
帰りにお前が食え、とスマホを渡された後、袋には入れず、紙に包まれたコロッケを店主が寄越そうとした時。
バサッと、黒い何かが横切った。
「……あ!」
「……早かったな」
ふわふわと真っ黒な羽を散らして、目に見えぬスピードでコロッケを引ったくっていった影。写真交渉は自分でさせるか、とカラスが飛んでいった青い空を見上げたのだった。




