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9/13

朝の

 その日も俺は、朝から走り込みをしていた。

「ふっ、ふっ、ふっ」

 背を伸ばし、頭の上下動を最小限に留めながらの長距離走。毎日10kmのランニングは、最初こそキツかったものの、今は慣れも出てきていた。距離を伸ばすことも考えているのだが、ルートと時間上、限界がある。速度や走り方を変えることで運動負荷を増やすしかない。

 いっそ砂を詰めたリュックでも背負いたいのだが、片腕ではリュックを保持することができない。

「義手って手もあるが……」

 自分で言って、その奇妙な語感に吹き出しそうになった。

 この交差点を左に曲がれば踏切ーー初めて速水と会った、あの場所に着く。

「速水静香、か……」

 正直、未だによくわからない女だ。先日話して、よりわからなくなったと言っていい。

 ただ無口ならまだ簡単だった。それが俺を弄り、掛け合いにまで応じるだなんて、漫画ならキャラ崩壊と揶揄されるだろう。

 たとえ灰原の入れ知恵があったとしても、それでは納得できない何かがある。普段人前では話せない何かがあるのか……。

「関西人だからって説も……」

 大阪人と京都人のハーフだったらああなるのも納得出来そうだ。よし、今度出身どこか訊いてみよ。

 踏切の向こうには誰もいない。バーが上がり、駆け出す。

 今日の朝ごはんは決まっている。プロテインヨーグルトだ。


 ***


 自重トレと食事を済ませ、汗を流して学校へ。

 今日はただの平日ではない。伊藤貞臣の授業がある日ーーつまり、決闘の日だ。

 あの喧嘩売ってくれやがったあん畜生を海の藻屑に変えるべく、俺は筋肉に最後の負荷をかけた。

 コンディションは抜群、いつでも奴を叩き潰せる。相手の実力が未知数という点もあるが、舐め腐ったその態度はそのまま隙になる。

「ん……」

 朝日が眩しい。今日はすこぶる天気が良く、予報でも一日晴れらしい。天気の変わりやすいこの辺りでは、やや信頼度に欠けるが、まぁ決闘までは持ってくれるだろう。

「おはやよー!」

 背中にドンッ、と何かがぶつかった。空を見ていた俺は危うく転けそうになり、瞬時に沸いた怒りのままに拳を後ろに向けて射出した。

「うわぁ!」

「チッ」

 空振りした感触に舌打ちしつつ、首を向ける。そこには案の定、灰原の頭があった。腕で咄嗟に庇ったのか、その白く細い前腕がよく見える。その腕で防御になるんか……?

「急に何すんだい!」

「当たってねぇだろ」

「でも怖い!」

 大袈裟に喋る灰原に、やはり違和感が先行する。小隊での彼女を知るだけに、こういう外向けの姿がやや苦手だ。

「で?今日も弟君は元気かよ」

「元気だよー?今日はズボン履き忘れて外出ちゃってさー」

「大事件じゃん」

「そうそう。玄関で気づいたからまだ軽傷で済んだけど」

 灰原との何気ない会話が続く。

「それでさー。あの子、ズボン履くのは不自然な状態だから悪くないって言うんだよ」

「哲学的だな」

「いやただの苦しい言い訳だよ?」

「そもそも哲学ってなんだっけ」

「調べりゃいいじゃん」

 俺はポケットからスマホを取り出し操作する。カバンがずり落ち、肘に引っかかった。

「哲学とは……え、そうなの?」

「なに?」

「いや、哲学って愛知らしいぞ」

「それ県じゃん」

「だよな」

 絶対違うけど。

 どうも色々調べてみたところ、知恵を愛するって意味で愛知らしい。哲学別の言い方みたいだな。

「まだ調べてるの?」

「気になっちゃってさ」

 どうも"学"とついてるにしては学問ではないらしい。真理を求めて思考を巡らすことそのものが哲学だと。思考実験や言葉遊びみたいなもんか?

「朝からそんなん調べて変なの〜」

「お前が言ったんやん」

「そうだっけ?」

 首を傾げながら並んで歩く彼女を横目に、右手を尻ポケットへ。

 その後、会話もないまま学校に着いた。灰原が喋らないのは珍しい。基本は何か喋ってることが多いだけに、少し気になった。

 だがその顔色はいつも通りで、おそらく俺の杞憂なのだろう。

「じゃ」

「うん」

 下駄箱で分かれてからも考えていた。やっぱ何かあったのだろうか。……生理か?いやそれなら聞くわけにゃいかんな。もう諦めよ。

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