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交流

 副官にケツを張り飛ばされた翌日。

 どっちにしろ話さないわけにはいかないと結論を出した俺は、改めて速水との面談をすることにした。

 だが直接呼び出す勇気は出なかったため、SMSでメッセージを送ることにした。

『話があるから放課後のこっててほしい』

 家を出る前にスマホを操作し、勢いのままに送る。送信完了を確認し、ポケットにスマホを入れ直した。これから1日が始まるという麗かな朝に、しかし緊張で胸を冷たくしながら玄関を出る。

 冷たい空気が肌を擦る。もうそろそろ冬だ。出しっぱなしの扇風機を片付けようかと、とりとめもないことを思う。

 通学路の並木は、昨日の中庭と同じ銀杏で、足元を銀杏がじゅくりと汚す。これだから嫌なんだと、無意味な悪態を口の中だけで呟いた。


 ***


「待たせて悪かったな」

「はい」

「そこは”いいえ”じゃない?」

 授業が終わって一時間。

 ようやく人がいなくなり、教室には二人だけが残った。夕暮れの光が教室を鮮やかに照らしている。

 この時間でも、いつもは帰りたがらず駄弁っている同級生達はもういない。他の生徒を人払いしてくれたのは、他でもない灰原だ。彼女がよく教室に残る、活発な奴らを引き連れていってくれたから、こうして静かな時間を作れた。頼んだわけでもないのに、こうして気遣われるとすんごい恥ずかしい。

「それで、用とは」

 速水が、その感情の見えない目こちらを見てくる。この目が苦手なんよね……。表情を隠そうとするところは雨森と同じだが、その質と練度が段違いだ。

 彼女のそれは、感情ではなく思考を悟らせないもの。視線は常に朧げで、身体も程良く弛緩している。

「用って程じゃないが……まぁあれだ。新入りのことを、詳しく知ろうとな」

「詳しく、とは」

「うぇ?そう言われるとなんか困るな」

 深い考えがあってのものではないため、答えに窮する。目的は明らかなのだ。

 小隊としての練度を上げたい。勝ち上がれるように。

「そもそも俺は、君をデータでしか知らない。どこの中学出身とか、そういう結果だけ」

「他にも知りたいのですか?」

「そうそう。……ってちょっと、なんで身体を隠そうとしてるの?なんか変な勘違いしてない?」

「今日はパンツ履いてません」

「何でノーパンCOしたん!?」

 というか、この距離の取りようと、パンツの話題。

 いや、もしかしてとは思ってたが……。

 俺はある日の夕方ーー丁度今ぐらいの時間帯のことを思い出した。

「あのさ。この間……二週間ぐらい前にさ。俺踏切で女子のパンツ見ちゃったんだけどさ」

「変態ですね」

「それは否定しないけど、まぁそういう事故があってさ。……もしかしてだけど、それって……」

「私です」

「やっぱかーーっ!」

 あの時、あまりの衝撃に顔まではよく覚えてなかったのだが、そうか……。なんか既視感あるなと思ったんだがそれか……。

「そりゃ第一印象悪いわけだわ。全然喋んないのも頷ける」

 俺でもそうするもん。いや、自分が女の子だったらね?

「いえ、それは違います」

 勝手に納得して対話を諦めようとしていたところ、慮外の否定に思考がストップさせられた。

「え、ちゃうん?」

「はい。私は怒ってません」

 えぇ……変態だのなんだ言っといて、怒ってないの……?あーもうこの子がわからん!

「いやでもほら。さっき変態って……」

「そういうべきと思いました」

「まぁ流れ的には大正解だったけどさ」

 実際こうして会話が続くようになったし。直前にノーパンCOしたそっちのが変態じゃね?とか、思っても言えなかった俺の方が会話下手かもしれん。

「あとノーパンじゃないです」

「これ以上俺を揺さぶるのやめて?」

「今日は違うパンツです」

「あ、そっち?」

 言葉足らずだっただけね。ふぅ……安心した。だから俺の息子よ、今はステイだ。

 ポケットに突っ込んだ手でゴソッとポジションを整えつつ、頭の中を整理していく。

「えーっと、つまり何だ?俺は今すっげぇ弄られてんの?」

「こうした方がいいとのことだったので」

「おい。それぜってー灰原から聞いたろ」

 コクリと頷く速水。おそらく新入り発表の打ち合わせ後に話していたやつだろう。多分あそこで仕込まれたんだ。

「俺の方が色々聞くつもりだったんだがな……」

 結局彼女から聞き出せたのは、あの美しき下半身の持ち主だということだけ。今後はあれを思い出す度に罪悪感で胸が痛くなる。

 同時に息子はより元気になるだろうが。

「でも意外だった。こんなに喋るなんて」

 かなり寡黙だと思っていたので、こうして会話が成立することがそもそも予想外だ。それが逆に弄られるとは。

「お喋りは好きです」

「でも苦手と?」

「いえ、習慣なんです」

 苦手ではなく習慣……?またちょっとわからなくなったな。習慣ってのは幼い頃から続いたものってことだろうけど……うん。なんか聞き辛そうだ。

「じゃあ、これからはもっと積極的に話しかけていいんだな?」

「はい。いつでもお待ちしています」

「あ、そっちからは来てくれないのね」

「はい」

 はっきりしてんなぁ!まぁわかりやすくていいの……か?

 窓の外をふと見ると、空の色は鮮やかなオレンジから、夜らしい紫、黒へと変わりつつある。

「時間だな……今日は楽しかったよ。ありがと」

「いえ、こちらこそ」

 ペコリとお辞儀する速水。その同級生らしからぬ礼儀正しさに、たじろいでしまう。こういう態度も、距離を感じる要素だよなぁ……。まぁその辺は灰原に任せよう。雨森も頑張ってほしいが、あいつ自分から喋れんしなぁ。

 結局副官におんぶにだっこなことを内心で嘆きつつ、鞄を持ち上げた。

「送ってくわ」

「いえ、大丈夫です」

 自分も準備を終えた速水が、ペコリと一礼して去っていった。止める暇もない素早さだった。

「はっや」

 やっぱ嫌われてんじゃねぇかとまたも不安が鎌首をもたげたが、明言されてないことでうじうじしてても仕方ないと、グッと拳を天に突き出して追い出した。

「隊長として……」

 ま、やるべきことをやろう。

 陽が落ちかけの通学路を歩く。世界はこんなにも色彩豊かなんだと、無駄に感傷的なことを思ってしまった。

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