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殺意

 どこの学校でも、生徒指導の先生というのは恐ろしい存在だ。

 ここ頸城高校も例に漏れず、生徒指導の先生は恐い。

「集合」

 低く響くその声に倣い、一斉に整列する生徒達。大きく張り上げず、ただ一言で従えるその姿は、鬼軍曹と呼ぶに相応しかった。

 伊藤貞臣ーー元特殊消防官であり、現在は後任育成のために指導教官として教鞭を振るう、歴戦の猛者である。

 彼は揃った生徒を一望し、ただ問うた。

「諸君は何故、武器を振るうのだ」

 応える声はなかった。考える気配はあるものの、そこから言葉にはならない。

 だがそれは不正解だ。

「武器を振るう理由がないのなら、これ以上訓練を続けても無駄だ。今すぐ荷物をまとめて帰るといい」

 切り捨て、見限る言葉に慌てて数人の手が上がる。

 無意味な問いではない。何か答えなければ、という必至さからくるものだった。

「あるなら何故言わなかった。本当に諸君らは、わかっているのか?」

 問い直すその声は静かだ。だがそれ故に、逃げ場がない。挙げた手も下がっていく。

 伊藤は歩行の支えである筈のその杖で、一度だけ地面をドンッと突いた。前列の数人がビクリと動く。

「諸君らは武器を握り、何を為す。ーー人々を守ると、そう言うつもりなら他の仕事を探すといい。武器では、人を守ることはできない」

 その言葉に、多くの生徒の顔が歪んだのがわかった。それはそうだろう。特殊消防官は国民を守るための仕事だと、それを目指してここに来たんだと、生徒たちの信念に刻まれている。

 教官とはいえ、それを否定されれば怒りも湧く。

 一人の真面目そうな少年が前に出た。

「違います。僕たちは、人々を守るためにーー」

「その武器を振るう先は、同じ人間だ」

「っ!」

「グールと名付けられたそれは、植物に寄生された、ただの人間だ。それを斬り、潰し、焼き、殺す。それが、特殊消防官の仕事だ」

「…………」

 反論した少年も、口籠るしかなかった。手に握った木刀が、ポトリと落ちた。その手にのしかかる重圧に、耐えられなかったのだろう。

「だから訓練するのだ。人に、武器を振るう訓練を」

 そう締めくくり、踵を返す。まだ授業時間は残っているが、引き止めようとする生徒はいない。

 ーーいや、いた。

「つーことはだ」

 そいつは棍棒を担ぎ直し、地面を踏み締めた。ザッ……と土を削る踵。制止する間も無く、その巨体は砲弾のように飛び込んだ。

「殺す気でやれってこった!!」

 防火服をものともしない速度で突っ込む。その先には、杖をつき歩く伊藤教官。その後頭部へ向かって躊躇なく、棍棒を振り下ろした。

 ゴッーー

 一瞬だった。

 振り向いたと思ったその瞬間に、大柄なそいつーー鬼灯は宙を舞っていた。

「それでいい」

 ドッ……と鬼灯が崩れ落ちる。同時に伊藤も、ふらついた足元を戻しているところだった。地についていた筈の杖が浮いている。もしかしてあの一瞬で迎撃したのか?鬼灯の攻撃も食らった様子がない。避けた?いや、違う。攻撃させなかったんだ。

 彼は、伊藤は笑っていた。さっきまでの硬い顔が嘘のように、楽しそうに。

「久々に死を見たぞ。お前はどうだ?」

「っぐ……ぺっ……ふひゅ」

 蹲る鬼灯は、脇腹を押さえている。剣道でいうところの抜き胴を食らったのか。防火服を着ててもこの威力……。鬼軍曹の異名は伊達じゃない。

「呼吸がままならんか。まぁいい」

 再び踵を返す。そして背中を向けたまま、こう言った。

「今見た通りだ。ーー殺す気でやれ」

 そしてそのまま去っていく。無防備な筈のその背中が、どんな城壁よりも高く感じた。

法月のおっさん……

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