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 グールについてわかっていることは少ない。

 四十年前に存在が確認されて以降、各国が幾度となく研究を続けているが、その全容は依然として知れない。その最たる要因として、サンプルの入手の困難さが挙げられる。

 グールの正体が、脳を植物に侵食された元人間であることは、レーダー等の観測機器により早期から判明していた。

 だが肝心の寄生植物については、その危険性から捕獲(又は植物片の確保)が難しく、制圧には熱や火が有効であったことからも、戦闘後の回収で得られるものが少なかったのだ。

 過去には危険を押し、ある大学の研究チームがグールの捕獲を計画し、見事成功したものの、後に研究メンバー全員がグール化するという大事件に発展した。

 その事件から、グールと一定期間同じ空間にいることは、グール化の危険を伴うとの見解が出された。

「だからこそ、君達は七分以上の連続戦闘が禁止されている。今後の研究でグール化を防ぐ術が見つかれば、その枷も無くなるのだがな」

 白衣姿の、いかにも研究職ですという出立ちの男は、そう締めくくった。

 待っていたかのようにチャイムが鳴る。今日も時間ちょうど。手早く資料を籠に詰め、チャイムが鳴り終わるよりも早く帰っていく。残されたのは、眠気に抗う学生と、構造的に書かれたチョークの文字だけ。

「ふぁ……」

 隣の席からも欠伸の声が聞こえる。俺はようやく書き終えたノートを閉じ、ぐっと伸びをした。

 寄生植物学ーーここ特殊消防官を育成する学校では必須ともいえる科目。

 これが他の座学と比べても段違いに過酷なのだ。

 一般教養は国語・数学・英語の三教科のみと、普通科高校に比べて明らかに少ない。授業内容も特筆すべきところはなく、進学校に比べたらかなり易しいものだ。

 対して寄生植物学は、まず授業時間が通常授業の倍である九十分。内容は今までに判明したグールの生態や特徴、そして最新研究によって判明したことまで。グールについての知識をとにかく叩き込まれる。

 敵を知れば君子危うきに近寄らず。

 より多くを救うため、そして自身が死なないために。

「んっ」

 一息ついたところで、尻ポケットに入れていた携帯が震えた。取り出して通知を確認すると、鬼灯からのメッセージだった。

『あとでのーとみせてくれわからん』

 全部ひらがなとか小学生かよ。

 彼の方を見ると、既に机に突っ伏して、寝息を立てていた。気持ちはわかるが、もう昼休憩だぞ?食いっぱぐれても知らんぞ。

 俺は一応、ノートの写真を撮り、送っておいた。これで充分だろう。

 席を立ち、教室を出る。今日は弁当を作る精神的余裕が無かったので、少し割高だが学食を使うことにする。

 俺の懐事情はあまり良くない。だから節約のために大体自炊しているのだが、たまに今日のように作らない日がある。まぁ、ここの学食は値段も量も良心的で、贅沢と呼ぶほど高くはないのだが。

 身体が資本の特殊消防官。それを育てる学校の食事が、不味いわけがない。いや、不味くあってはいけないと言えばいいか。栄養バランスも考えられた料理の数々に、どの学生も満足そうに食事をしている。

 歴史上の戦場エピソードを聞いても、食事が唯一の楽しみという兵士は多かったそうだ。

「日替わり一つ」

「あいよ」

 食券を渡すと、ちぎった半券が渡される。中学までは学食はもちろん、近所に食券の店はあまり無かったから、こうして食券を渡すのが少しだけ楽しかったりする。

「ありがとです」

 受け取ったお盆には、ほかほか大盛りのご飯に味噌汁、そしてこちらも大盛りの回鍋肉。デザートに小玉アイスもついて、これでたったの500円というんだからコスパがやばい。

「中華なんて特に自分じゃ作りにくいしなぁ」

 ボソボソと独り言を呟くぐらいにはご機嫌だ。

 早速とばかりに手を合わせ、箸を割る。

 まずはご飯。口に入れた途端に広がるふわりとした熱さが、鼻腔を広げる。すかさず回鍋肉をかき込めば、油がご飯で馴染み、旨味だけがダイレクトに味覚を刺激する。中華料理には、やはりご飯が必須だ。本場中国ではどうか知らないが、日本人の俺にとっては、やはり米がないとこの旨さは得られない。

「美味そうに食うねぇ」

 ガチャっとお盆が置かれる音に顔を上げる。正面の彼ーー鬼灯も、同じ日替わり定食のようだ。

「……そんなにニヤついてた?」

「いや?単に箸が絶えず動いてたからな」

「ならいいや」

 目を逸らし、再び食事に取りかかる。食事中、俺は基本喋らない。目の前の料理に没頭し、他所の会話にも耳を向けない。

 思想とか躾でこうなったわけじゃなく、何故か不思議と、こうするのが自然だっただけだ。

 鬼灯も手を合わせ、食べ始める。

 こいつは食については穏やかだ。箸遣いも上手いし、滅多に音も立てない。職人気質だからだろうか。いつだったか、どうしてそんな綺麗に食べるんだと聞いたことがあったが、本人は事もなげに、「当たり前のことを聞かれてもな」と頭を掻くだけだった。意外と育ちがいいのか?

「ご馳走様」

 しばらく静かな時間が続き、どちらともなく完食した。さっさと盆を片付けたところで、鬼灯が「おい」と声をかけてきた。

「あの女、ホントに信用できんのか?」

 前振りも無しのあの女だが、ここ最近話題に上る女性といえば彼女しかいない。

「……正直わからん。速水について知ってるのは経歴だけだ」

「腹ン中は見えねぇってか?」

「掻っ捌くわけにも行くまいて」

 出来るのは歩み寄るぐらい。まぁそれも灰原に任せっきりだが。

「来週は小隊演習だろ?そん時に見極めるでも遅くねぇさ」

 肩をポンと叩く。こいつなりに小隊のことを考えてはいるのだ。いいことだ。

「何だその顔。きっしょ」

「言い過ぎじゃね?」

 俺達はいつものように、小突き合いながら教室に戻った。

鋼の錬金術師が好きです

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