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 まず感じたのは、人に触れられたとき特有のこそばゆさ。そして、冷たくなった身体をじんわりとほぐすような、人肌の温もり。久しく感じていなかったそれに、懐かしさに似た感慨を抱きながら、肩から力が抜けていくのを感じた。

「ふぅ……っ」

 肌の上を指が滑る。思わず呻きのような息が洩れた。気恥ずかしさと、そんな自分への驚きからまたも強張る身体を、しかしその手つきは解していく。

 そうして暫く、忘れたかのようにうっとりと微睡んでいるとーー。

「っっっ!!」

 不意打ちだった。身体の中でゴキリと音が鳴り、痛みとも不快感ともつかない感覚と衝撃が、脳を突き抜ける。それに一瞬遅れて、鼻の奥がツンとするような、また痛みとも言えない感覚に襲われた。

 痛みにはある程度慣れた気でいたが、これは正直辛い。

 肉体が異常だと反応するほどの痛みと圧力を受けながらも、しかし逃げることは叶わず、それを受け入れなければならない状況。

 正直、逃げれるなら逃げたい。だがそれを許すほど、彼女は不義理ではない。

「ゔぇっ」

 これを地獄と言わず何と言おう。いっそのこと泣いてしまおうかと思うが、これでも男子たるものという、この国の伝統的な痩せ我慢精神が染み付いている。涙など、人前で流せようか。

「まるでこの世の終わりみたいな顔ね」

「被害者面するにはあまりに厚顔無恥」

「普通こんなボキボキいうか?」

「いえ、だいぶ酷いです」

 ふんっ!という気合と共に、またも体内で骨が弾けた。喉まで出かける悲鳴を必死で噛み殺す。人間は適応力が高く、つまりは慣れる生き物だというが、こんなの慣れるわけがない。前触れもほぼ無く、不規則に来るのだ。どう慣れろというのか。……ドMだったらこれも快感になったんだろうか。今だけは尊敬する。

「さっきからぶつぶつなんか言ってる」

「なんか気色悪りぃな」

 鬼灯と雨森が同時に俺の脇腹を突いた。こそばゆさにビクリと背が跳ねるが、叱るように抑えつけられる。今の俺悪くないじゃん。

「ねぇ賢一。お金が無いからって義手も買わないのは、流石にどうなのよ」

 俺の視界にぬっと入ってきたそいつは、呆れたような目で覗き込んできた。

「いらないと思って……。動かせんし」

 戦後から今日まで、技術の進歩は日々目紛しいままだが、未だ筋電義肢(神経伝達の電気信号で動く義肢)は実験段階の域を出ない。ましてや戦闘用などもってのほかで、自在に動かせる義肢などというのは、どこか遠いところの話で、未だファンタジーの域を出ない。

「でも結果、その歪みまくった身体でしょ?」

 ぴとり。と、その先のない肩をつつかれる。

 無いものを嘆いても仕方ないと思っていたが……そう言い聞かせていただけで、意固地になってたのかもしれない。腕の一本無くても!だなんて。

 人体ってのは当然、五体が揃った状態がデフォで設計されている。筋肉や重量バランスも含めて。腕一本無いってのは、常にそのバランスが崩れてる状態ってことだ。骨格が歪んでくのは、当然の結果と言える。

「終わりましたよ」

 俯き、自虐に耽っていた俺を、その涼やかな声が呼び覚ます。灰原もとっくに後ろに下がっていた。

「あ、あぁ……ありがとう」

 ぐっと右腕で身体を起こし、ベッドに横座りになる。この動作だけでも、片腕というだけで強い負荷がかかる。生きていくだけでも辛いことなんて、慣れたつもりでいたが。

「今日だけじゃなく、定期的にメンテナンスを受けて下さい。じゃないとーー」

「強くなる以前の問題、ってことか」

 軽く肩や首を回したりしてみるが、施術前とは比べ物にならない程に軽い。

「すげぇな……」

「今は調子が良いと思いますが、あくまで一時的です」

「まぁ、原因はそのままだしな」

 腕をなくした事実は今更どうにも出来ない。いっそもう片方も捥げばバランスは良くなるか?なんて馬鹿なことを考えたりするが、こんなこと口に出したら空気がとんでもないことになる。コミュ強の灰原でも匙を投げるだろう。

「じゃ、あとは静香ちゃんに任せたから。存分に鍛えてあげてね」

「はい」

 灰原がそう言い残し、鬼灯と雨森を連れて出て行った。正直この女と二人きりになるのは、未だ慣れない。だが今後のことを考えれば、今ここで話しておくことはある。

 俺は背を向けながら、その希薄な気配に話しかける。

「やっぱ義手は必要かな」

「はい」

 ノータイムで返事が返ってくる。素っ気ない対応だが、まぁ返事があるだけよしとしよう。

「神経と繋いで、こう、自在に操れるようなのがあればいいんだけど」

「ありません」

「義手って補助が出るわけでもないじゃん?」

「はい」

「金ないからなぁ……」

「そうですか」

 ………………。

「パンツ何色?」

「覚えてません」

 ……………………。

 俺今最低なこと訊いたな。

「あのさーー」

「明日の朝5時に、校門前に来てください」

「え?」

 振り返ると、既にそこにはいなくなっていた。言い捨てられた内容を反芻してみる。……見捨てられてはない、ようだ。

「朝5時か……」

 いつもより早く起きなきゃならんのは、正直めちゃくちゃキツいが、文句も言ってられない。

 相手だってそうなのだから。

「楽しみ……だ!」

 ぐっと背伸びして、息を吐く。身体の軽さがそうさせるのか、心の置き所が、ふわふわと揺れ動いていた。

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