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弱い

 目が覚めたとき、そこが何処で、今がいつなのかがわからなかった。意識はあるのに、死んでるような感覚。脳死状態なんて揶揄もあるが、本来の言葉により近い、空白がそこにあった。

 首を巡らせて、周りの景色を捉える。来た覚えがある。が、そこで思考は止まってしまう。連続して思考が続かない。ぶつ切りの回路。

 呆然と、ベッドに身体を預ける。意識はあるのに、思考は巡らない。まだ夢の中にいるようだ。このまま再び眠ってしまいそうな、曖昧な状態のまま、どれぐらいの時間が経ったかーー。



 ガラガラと、音がした。顔を向けると、開けられた引き戸と、そして微かに見覚えのある少女が、そこにいた。

「起きて」

 彼女は俺のベッド脇に早足で歩み寄ると、勢いそのままにグイッと、強引に肩を掴んで引き起こした。

「いっつ」

 引き攣るような痛みに顔を顰める。彼女はそんな俺を意に介さず、引っ叩くように、顔を両手で挟み込んだ。

「あなたは負けた」

 抑揚のない声で、しかし訴えかけるように繰り返す。

「あなたは負けたの」

 そして、じっと俺の目を覗き込んだ。光が揺れ、瞳に映る自分の姿も揺れる。


 ーー惚けていられるのも、ここまでだった。


「俺は負けた」

 自分の喉から出たとは思えないほど、その声に感情は無かった。悔しさはある筈なのに、それが表に出て来ない。それよりもっと重要な何かがあると、胸の内で何かが蠢いている。

 ゆっくりと、頬にあった温もりが離れていく。途端に冷たく感じた外気が心地良い反面、自分の体温で温くなった布団が、酷く煩わしい。

「俺は弱い」

 事実だった。あの試合の記憶は、今や鮮明に思い出せる。

 気合は充分だった。自分の実力は出し切れていた。

 だが俺の動きは全て読まれ、力押しでも敵わず、そしてーー為す術なく負けた。

 俺は何が足りなかった。どうすれば良かった?

 俺は……。

「どうすればいい」

 自分のことなのに、いや……自分のことだからこそ、わからなかった。今までの努力が否定され、進もうとしていた道が唐突に途絶えた感覚。

 自分だけではもう、どうしようもなかった。

「教えてあげる」

 だからこそ、それは天啓にも思えた。

 その声が何故か少しだけ震えていて、口にしたのが、同級生の少女であろうと。

 それでも俺にとっては、この上なく心強い言葉だった。

「私があなたを、強くする」

 差し出された手は震えていた。だがそれには気づかず、俺は彼女の顔を見つめる。その表情は変わらず何の感情も浮かべず、しかしよく口元を見ると、噛み締めるように力が入っていた。

 何故なのかとか、本当に強くなれるのかとか、そういう疑問は幾らでも浮かんだ。

 だが、その口元に気づいてからは、そんな言葉がナンセンスだなんて俺でもわかった。

「頼む」

 そう一言、俺はその手を掴んだ。

 これが俺にとって最大の転機になるという、確かな予感と共に。

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