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決闘

 座学を終え、午前中最後の授業。それは今日この日、最大のイベントと言っても過言ではない時間だった。

 民を守るべく日々訓練に明け暮れる彼らも、血気盛んなお年頃。いつも以上に会話が賑わい、どちらが勝つかと賭けまでしている奴らもいた。

「何を浮かれている?」

 だが、それを見過ごしてくれる程、彼は学生想いではない。

 静かな、しかし重みのあるその声が、一瞬で静寂を作る。この覇気に逆らい騒げる程の脳天気は、もうここにはいない。

「覚悟はできたか」

 眼光が射抜くは、二人。俺と、あの八代とかいう男だけだ。

 合わせた目からは、ただ圧だけが感じられる。年齢を考えりゃ、俺らの方が体力も瞬発力もある。なのに勝てる気がしない。

 ……つくづく化け物だ。

「これから一対一の模擬戦を行う。勝敗は頭部への十分な打撃、それだけだ。五分経ったら終了とする。ーー全員、殺す気でやれ」

 頭部への攻撃ーーグール相手と同じだが、今回の相手は人間だ。打ち所が悪けりゃ、冗談でなく死ぬ。ゲームのように、死なない設定にはできない。魔法もない。死にたくなけりゃ……相手を倒すだけ。

「四組ずつ行う。審判は全て私が務めよう。……質問は?」

 挙手は……なし。頷き、伊藤教官は名簿に目を落とす。

「呼ばれたら来いーー浅田!志摩!」

 呼ばれた生徒が彼のもとに集まる。まだ呼ばれない。うずうずと身体が痒み出す。落ち着かない。

 闘争心だけではない。恐怖もある。だがそれこそが、命を賭けるということではないか。ならば俺は、それを愉しむべきだろう。

 そして第一巡最後の四組目。

「片瀬!八代!」

「「はいっ!!」」

 返事は同時だった。俺は横目に、その顔を睨みつける。防火ヘルメットで隠れた横顔からは、何も読み取れない。

 伊藤の指示に従い、向かい合って離れる。完全に間合いが切れた状態。対人戦では、ここからどう踏み込むか、そして相手がどうするのかを読むのが勝つ秘訣だ。構え、目線、息遣い、重心。それらを自分の経験値と瞬時に照らし合わせ、最適解を探る。

 正面に立つ奴ーー八代は下を向き、地面をならしている。余裕な素振りだが、それが相手の誘いの可能性もある。

「すぅ…………ふぅー…………」

 感情的になるな。勝機を探れ。

 深呼吸で気を整え、再び奴を見る。得物は自分と同じ木刀。背格好もほぼ同じ。つまり単純な実力差で勝負が決まる。

 俺は脇構えで刃先を隠し、相手の出方を誘う形を取った。相手は構えない。いや、やや変則な下段ともとれる。やる気がないことはあり得ないので、何か狙いがあるのか。

「始め!!」

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 まずは初動で流れを作る。地面を蹴り出し、誘うと見せかけての突貫。気勢そのままに、脇構えから上段に。そして力任せに振り下ろす。片手でも体重と遠心力が乗り、威力は十分だ。

 八代はセオリー通り、それを木刀の腹で受ける。

 ガンッッッ!

 反動が腕にくるが、それは相手も同じ。このまま押し込み、押し潰す!!

「セイッッ!」

 そう力をこめた途端、不意に噛み合っていた刀身がズレる。そしてーー

「ぐっ!」

 脇腹に軽い衝撃。

 八代は木刀の柄部分を前に押し出し、梃子の原理で殴打したのだ。棒術のような使い方。上手い。が、その程度じゃ防火服を貫けない。

「ラァッ!!」

 さらに踏み込み、短い助走に体重を乗せたタックルをぶちかます。相手の足が浮く。勢いそのままに倒れ込む……が。

「ッシ!」

 伸ばした左手で肩を掴まれ、引き寄せると同時に体を返される。闘牛士のような身のこなしで、華麗にチャージを避けれた。小癪な!

「ラァァァ!!」

 逃すものかと、力任せに殴りかかる。斬るなんて技術的な所作は微塵もない、獣のようなぶん回し。そんな脅威とも言える一撃を、しかし八代は難なく弾いてくる。

 何故だ。届かない。どうしてだ。

 全力で動き続ける身体が悲鳴を上げ始めた。体力を異常に消耗している。明らかに尋常ではない。

 そんな闘う小隊長を、速水はじっと見ていた。その目には、何の感情も見えない。まるで興味がないとばかりの表情だが、微動だにせず見入っている。

 やはり気になるのだろう。

「……どう?あれ」

 そんな彼女に、雨森は勇気を出して話しかけた。彼女なりに自分から喋ろうと頑張っているのだ。その成果かどうかはわからないが、速水も言葉を返した。

「下手です。あしらわれてます」

「……うわぁ」

 バッサリと切り捨てるような物言いは、直接言われたら絶対に心折れるやつだ。本人にはどうか言わないでくれと祈るが、多分この願いは届かない。彼は自ら聞きに来るだろう。

 ーー何がいけないのかと。

「対グールならあれでもいいのよ」

 と、そこへ灰原がやってきた。前触れもなく現れたことにドキッとするが、すぐさま別の疑問が浮かぶ。

「えっ、千鳥って今……」

「うん。抜けてきた」

 後衛の授業が別である筈が、何故かここに来ていた。時間割には厳しいので、サボリなんてよっぽどじゃないと許されないのだが……。

「前もって言ってたの。それより見て、そろそろ」

 決闘に目を戻す。そこでは遂にバテた賢一に、木刀を容赦なく振り下ろす八代の姿があった。

 受けきれずに木刀を弾かれ、返す刀で脳天に一撃。

 その瞬間、伊藤教官の「やめぃ!!」の声がかかった。ドサリと倒れる隻腕の少年。そんな彼に駆け寄る学内医院の看護師たち。すぐさま処置が施され、学内戦までには元気になるだろう。

「でも……」

 肝心なのは身体より心だ。

 折れてしまっているかもしれない。自信は無くしているだろう。でも、それでもーー。

 ぐったりと看護師たちにもたれかかる彼の顔を見て、エールを送るしかなかった。

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